煌という離人、下(櫻)
しばらく走っていたが、そのうちにつかれてしまった。
煌はまだまだ余裕そうだったが、あたしが付いていけなくなって休憩を申し出た。
「体力ないな?!そんなんで今までどうやって生きてきたんだ?」
「あたしはそこそこ体力がある方だが……」
離人とはここから違うのか。
「櫻、人買いを殺すこともできただろ?なんでしなかったんだ?」
煌はちらちらとあたりを見回してから声のトーンを落として聞いてきた。
そして、それは事実だ。
「……怖かった。触ったら殺してしまうとわかっていたから、あたしはどうしても殺したくはなかった」
煌はふーんと言ってリンゴを渡してきた。
「でも、玉の姫なんだからこれからも狙われるだろ?そんなこと言ってられんのか?」
「……わかってる」
きっと近いうちに手を汚すことになってしまう。
それが、とても怖い。
きっとあのとき、少しでもあたしの方から触れていたら全員が死んでいた。
「殺したくないって思うのは、いけないこと?」
煌は考える時間も取らずにうなずいた。
「むしろなんで罪悪感を持ってるんだ?」
わからないと言われてしまった。
「……殺すのは、よくないことだろう。許されざることだ」
煌はますますわからないという顔をした。
「殺したのが離人で寿命が残っているのなら、死んでも生き返るぜ?」
「……え?」
いま、煌は何と言った?
「生き返る?」
「そうだよ。離人にとって殺されるっていうのは大幅な時間稼ぎでしかない。だから、ほら」
煌はおもむろにナイフを取り出して腕を切りつけた。
傷口から血があふれる。
「煌!?なにをしている!」
あわてて血を止めるものを探しに行こうと立ち上がると、止められた。
「ほら。傷ってのはこういうもんだ」
差し出された腕にはすでに何ものこってはいなかった。
血も、傷跡さえ。
「だから、殺すのをためらうのがなぜかわからねぇ」
「……そういうこと」
ここまで違いがあるなんて……
常識の違いにめまいがしそうだ。しばらくは余計な発言を控えた方がいいだろう。
「櫻、これからどうやって帰るるんだ?」
しばらく息を整えていると、煌が話しかけてきた。
「あたしは帰らない。
片割れの姫を探すんだ。もう一人の玉の姫に出会いたい」
片割れの姫を探すというのは、目が覚めた時から奥深くにある願望だった。
それが玉の姫の使命というやつなのだろう。
故郷に帰りたい思いもある。
けれど、それよりももっと、探したいという思いがある。
「帰らなくてもいいのか?家族が心配するだろ?」
家族……
家族の顔を思い出そうとして、やめた。
会いたい友達はいる。
幼馴染でずっと仲が良かった彼女にもう一度会いたい。
でも、きっと彼女はあたしを必要としてはいないのだろう。
「いいんだ。どうせ帰り方もわからないしな。ここは、地球ではないだろう?」
流石に、離人だの能力だの言われていては、本当に地球かと疑う。
「ああ。その、ちきゅう?は青くて人間が住んでるところだろ?ここでは穢界って呼ばれてるぜ。
人間は穢界からやってきて、向こうには帰れないんだって」
やはり帰れないのか。
「煌の家はどこだ?帰るだろう?」
煌は少しの間を置かずに首を振った。
「俺は帰らない。
櫻と一緒に行ってもいいか?」
「正気?」
煌はしっかりとうなずいた。
「昨日から考えてたんだ。俺は、櫻と一緒に旅をしたい。
あんな風に、戦うのが楽しかったのは初めてだ。櫻と、行ってもいいか?」
煌はしっかりとこちらを見つめている。
その目にあるのは憧れと、恐怖だ。
「……煌がいいのなら」
「お、口調が変わってる!よろしくな、櫻」
すっと差し伸べられる煌の手。
あたしは迷いなくその手を取った。
小さな男の子。きっとあたしよりいくつも年下だろう。
そんな子が、あたしがいいと選んでくれた。なら、できる限り大切にしよう。
「行こう」
煌の後について、再び先のわからない道を走り始めた。
煌と櫻の話はあとからじっくり書くのでしばらくお別れです。わたしはこの二人大好きです




