椿という麗離人(椿)
目が覚めると、知らない森だった。
見たこともないきらきらした実が実っていて、飛んでいく虫らしき生き物も水晶のように光り輝いている。
おとぎ話の森。絵本に出てくる夢の世界。
そんな形容詞がとてもよく似合う森だ。
「……どこ?」
明らかに日本にはない場所だ。
もしかしたら知らないだけでアトラクションなどの中にあるのかもしれないが、目が覚めたらいきなりその中に突っ込まれているということも考えずらい。
左右どちらに行くにしてもほとんど景色が変わらず迷いそうではあり、かといってもう遅い時間なのでこのままここにいても危険だ。
どうすればいいのかと悩みながらあたりを右往左往していると、ふと草が生えていない部分を見つけた。
しっかりと土が踏み固められているので、誰かが日常的に行き来している痕跡だ。
ここをたどればなんとかなるかもしれないと思い、藁にも縋る思いでその道に沿って歩き始めた。
しばらく歩いていると景色が変わり、針葉樹が多くなった。
より寒さが増して不気味な鳥も鳴いていて、このまま本格的な夜になるのが少し怖いと思えるほどだ。
「誰か……」
誰でもいい。
とにかく、夜を安全に明かすことのできるところを見つけたい。
そして、早く帰りたい。
そう祈って、怖くて足が止まりそうになった時。
「……麗離人?」
後ろからいきなり声をかけられた。
「え?」
振り向くと、とても清楚な女の子が立っている。
年はわたしと同じぐらいだろうか。
長い黒髪に一筋淡い青が入っていて、きっちりとしたメイド服を着ていて、手には籠を下げている。
こんな森の中にいるにしてはおかしい格好だ。
「おばあさまが言ってた。麗離人は玉の姫なんだって。
その目と爪、麗離人でしょう?」
目と爪?
わたしの目と爪は一般的な黒とピンクのはずだ。
そう思って手を見てみると、爪はマネキュアをしているわけではないのにありえないほどにきれいな赤だった。
まるで、あの玉のような。
ふと思い出してポケットを見てみると、小さな赤い玉がきちんと入っていた。
「とりあえず、おいで。
おばあさまは人間だけど、平気?」
人間でもいいかと聞いてくるということは、彼女は人間ではないのだろうか。
道中彼女に聞いても的を得ない回答しか返ってこないだろうと思って、黙ってついていくことにした。
案内されたのは、絵にかいたような森の中の小屋だった。
「おばあさま、途中で見つけた」
わたしに対して物のような言い方だが、そういう性格なのだろうか。
「おかえり、明華……おや」
おばあさんは二度見ならぬ三度見をして、大きく目を見開いた。
「玉の、姫」
それだけつぶやいて絶句してしまった。
「ええっと、椿といいます」
日和と名乗るつもりだったのに、口から出たのは椿だった。
日和と名乗りなおそうとしても、うまく言葉が出ない。
そのことに混乱していると、おばあさんがしゃべりだした。
「生きているうちに玉の姫にお会いできるとは。わたしは美和といいます。どうぞ椿様、お座りください」
おとなしく勧められた椅子に座ると、さっきの女の子がお茶を出してくれた。
「孫の明華です。
ようこそお越しくださいました」
それほどかしこまる要素がどこかにあっただろうか。わたしは普通の女子高生で、制服だって着たまま。
なのに、おばあさんの態度は明らかに女子高生に対するものではない。
「あの、ここはどこですか?わたし、家に帰らないといけなくて。
敬語もやめてください」
あの出来事が夜で、もう夕方なのですでにほぼ一日は経過しているだろう。
母も帰っているだろうし、学校もあるし、京香にも会いたい。
けれどおばあさんは首を振った。
「出来かねます。わたしも元は日本出身ですが、もうここにきて50年は経ちました。
その間、戻れたことはありません。
敬語も、玉の姫に対して崩すわけにはいきませんのでご容赦ください」
そんな……
50年もあったなら、きっと思いつく限りの方法は試しただろう。
そんな人の告げる戻れないという言葉には何にも代えがたい説得力があった。
「ここは、日本ではないのですね」
美和さんの話からそう理解した。
「はい。正確には異世界でしょう。
常識はほとんど通用しないと思ってくださいませ」
美和さんはうそをついているようには見えないので、そのまま話を聞くことにした。
「先ほど明華さんから麗離人と呼ばれたり人間でも構わないかということを聞かれたのですが、どういうことですか?」
「ここには人間が少なく、差別の対象になっているのです。
主に離人と呼ばれる人々が生活しております」
離人は人間とは違う生き物だが、人の見た目とほとんど変わらないらしい。
「爪と目がそれぞれピンクと黒でなければ、ほとんどが離人です。
離人と人間の間の子を半人と呼びます。明華は半人と離人の間の子供ですね」
だから明華は少し髪の色が薄いのかと納得した。
明華は隣ですました顔でずっとお茶を飲んでいる。
「玉の姫とはなんですか」
「ご存じないのですか?」
さっき単語や伝説を知ったばかりで、玉の姫に関してはほとんど知らない。
「玉の姫とは、数百年に一度あらわれるまれな存在です。
双の玉を2名が持ち、それぞれを追い求めて旅を続け、やがて出会うことで望みをかなえると聞いております。
玉を持つものは玉の姫と呼ばれ、麗離人として扱われます。
玉の姫はもともとは人間だった人が玉に選ばれることによって目と爪の色の二つともが人とは違う色になってしまうのだとも聞いております
玉をお持ちですよね」
玉はしっかりと持っている。
ただ、わたしがそんなふうに扱われる存在になったのだという自覚があまりにも薄い。というより、ない。
「しばらくはここでお過ごしください。いろいろと知る必要があることもございますし」
「ありがとうございます」
わたしは警戒心を解いたわけではなかったが、ほかに行く当てもないのでこの小屋への滞在を決めた。




