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日和という少女

日和(ひより)、お母さん今日は帰らないから、よろしくね」


「うん」


出かけ際、母にそう言われた。


わたしにとってそれはなんら特別なことではない。

シングルマザーの母はわたしがある程度大きくなってからは夜に仕事に出かけることが多く、夜の留守番はよくあることだった。


「おはよ」


近くに住む京香(きょうか)とともに学校に向かう。


「京香、放課後どっか行く?」


並んで歩くと少し背の高い京香を見上げている格好になる。


「あたしは帰る。また今度行こう」


断られたことを残念には思いつつ、今度といえば絶対にかなえてくれる京香のことだ。

そのほんの少しわかりずらいやさしさのくすぐったさに笑ってうなずいた。


「うん」


学校はもうすぐそこだ。



授業を受けて、すぐに昼休み。


今日はお弁当がないので学食に食べに行かなければならない。


「学食行ってくるね」


「はーい」


いつもお弁当を食べているメンバーに一言声をかけてから一人で学食に向かう。

お昼時の学食は学生でとても混んでいるが、あらかじめ食券を買っておかなかったのはわたしなので仕方がない。


適当な定食を手に取って食べ始めると、正面に京香がやってきた。


「お弁当は?」


「ある」


教室で食べてもいいのにわざわざ食堂まで来てくれたことにうれしさをかみしめつつ、手早く食べる。


「次のテスト、どんな感じなの?」


「過去問解けば問題ない」


ならよかった。


わたしは食べるのが比較的早い方で京香はのんびり食べる方なので、わたしが食べ終わっても京香はまだ半分は残っている。


先に帰るのも嫌で購買でアイスを購入して食べる。


「そのアイス初めて見た」


「ん~、微妙。癖が強いから人によって好みが分かれるね」


食べ終わったタイミングがそろったので、並んで教室まで帰る。


「一緒に帰る?」


「4限が空きコマだから、さっさと帰る」


クラスが違うと空きコマが合わなくてこういうときに残念だ。


「わかった。じゃあまたね」


教室の前で別れて、そのまま放課後になった。



行こうと思っていた場所に行く気もなくして、晩御飯だけを買って家に帰った。


やることをやってしまったやる気の冷めないうちにそのまま宿題に取り掛かる。


しばらく集中していたらしい。


気が付くとすでに月が高くて、やけに大きくて明るいその明かりで今日が満月なのだと気が付いた。


「きれい」


ふと窓を開けて夜の空気を中に取り込む。


ふわりとカーテンが舞う。


「こんばんは」


ふと、窓の外からきれいな声が聞こえた。

外を見ると、これまた息をのむほどにきれいな女の人が浮いている。


「……ここ、二階だけど」


「え?ああ、そうよ。細かいことは気にしないの」


全く細かくないとは思う。

けれど、その人のまとう気配が冷たくて優しくてそうかと納得してしまう。

どこか人間でないような、あきらめをまとった冷たい雰囲気。


女の人はくすくすと笑って手を差し出した。


「わたくしは慶鈴といいます。あなた、双の玉を知っているかしら?」


双の玉?


「いいえ」


彼女は冷たい手をわたしの額にすこしあてた。


『世にも美しい双の玉。

それを手にした少女の運命は変わり、世は玉を巡り割れる。


誰を味方にし、誰を利用するか。

それはその後の世界を変える。少女の運命を変える。


人であったころの記憶に惑わされるな。

惑わされてはもう戻れぬ。


知識をつけよ。知恵を使え。

さすれば道は開けるであろう。』


声が二重になって頭の中で響く。


終わったと同時に手が離れていった。


「あなたにこの玉を託します」


彼女は手にした玉を一度頂くように握りしめて手を開いた。


色のない小さな玉がひとりでにこちらに向かってくる。


それに手を触れて受け取ると、途端に光り輝く美しい赤に変化した。

ほんのずこしピンクみがかっていて、深い深いきれいな赤。


驚いて手の中で転がして、月夜にかざしてじっくりと見る。

玉は手の中に小さく収まっていて、見つめると吸い込まれそうなほどに美しい。


わたしの反応を見た彼女は満足げにほほ笑んだ。


「あなたの名前は椿。もう一人の玉の姫を探しなさい」


椿?


わたしの名前は日和であって、椿ではない。


そう言い返したくても、頭がふわふわしていて言葉が出ない。


彼女が頬に手を触れてきた。


驚くほどに冷たい手だ。


「ごめんなさい。わたくしはあなたのこれから何年を奪ってしまう」


どういうことかと聞き返す前に、わたしは意識を手放した。

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