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 無機質な音を立てて閉まったドアの前で、神谷青斗は立ち尽くしていた。

 ふいに彼女に触れられた左手が、焼けるように熱い。やわらかい手のひらの感触が、まだ、残っている。世界が、一瞬止まった気がした。触れられて、思わず嬉しくて泣きそうになるなんて、どうかしてる。

 どうして。あんなに弱っている彼女を置いて、俺は帰らなくてはいけないんだ。どうして。こんな、たった一枚のドアに、遮られなきゃいけない。そんなことを考えている自分に驚く。初めて知る感情に驚いて、思わず立ち尽くしていた。


 ドサッ。


 ふいに、思考が途切れる。ドアの向こうで”何か”が倒れる音がしたような気がする。いや、絶対に聞こえた。……嫌な予感しかしない。

 ガンガンと、ドアを叩く。迷いはなかった。本当なら帰るべきだ。ここから先は、踏み込むべきじゃない。分かっている。でも。

 「……逢坂さん?」声が、わずかに上擦る。返事はない。

 ——躊躇せずにドアを開けると、そこで見たのは、床に倒れ込んだまま、動かない逢坂さん。一瞬で、血の気が引く。吸い寄せられるように近づく。縋るみたいに膝をつく。

 慌てて呼吸を確認する。腹部が小さく上下しているのを確認して、深く、息を吐く。そのとき初めて、自分が息を止めていたことに気いた。


 バタン。と音を立てて、背後でドアが閉まる。……もう、戻れない。放って帰れるわけがない。俺が、回復するまで、見ていないと。また無理をするかもしれない。

 恐る恐る彼女を抱き上げると、部屋に入る。こんなに、無理をしていたのか。

 部屋に足を踏み入れた瞬間、驚いた。逢坂さんの雰囲気とはまるで違う、白とピンクの可愛らしい部屋だった。テーブルの上には可愛いウサギの花瓶にピンクと黄色のガーベラ。白いふわふわしたソファには、ウサギの大きいぬいぐるみが座ってこちらを見ていた。

 更に奥のベッドルームへ、足を踏み入れると、ほのかに甘い匂いがした。

 この部屋、心臓に悪い。ピンクのカバーがかけられたベッドへ逢坂さんをゆっくり下すと、彼女は柔らかい表情を浮かべて、ほう、と息を吐いた。


 ——やっと、安心できたのだろうか。

 「……無理、しないでください。」誰に聞かせるでもなく、呟いて、彼女の顔にかかった髪の毛を耳にかけてあげる。憔悴した顔を見つめて、なんとも言えない気持ちになる。

 

 ベッドルームのドアをゆっくり閉め、自分とはあまりにも不釣り合いな、可愛いリビングに戻る。ソファに鎮座する大きなウサギのぬいぐるみがぎろりと睨んだ気がした。そんなはずないのに。

 「大丈夫、ここで見守るだけだ」

 柄にもなく、ウサギのぬいぐるみに話しかけ、頭を撫でた。

 ウサギのぬいぐるみの真っ黒な瞳がほのかに優しくなった気がした。


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