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タクシーの中で、神谷くんは本当にずっと喋っていた。喋っていると言うか、説教のようなことをずっと。静かな声で、途切れずに。残念ながら、私の脳には2割程度しか届いていないけれど。
「朝から体調が悪いと分かっていたなら、万全の対策を取るべきです。早退という選択肢もあったはずだ。あなたなら、誰にも迷惑をかけずに、それを成立させることも容易なはずだ。」
……ネチネチしてる。おかしいな、こんな人じゃないはず。
「どうしてそこまでして自分を痛めつけるんですか」
「命を削って仕事をしても、意味なんてないですよ」
「ワーカホリックが素晴らしいなんて、もうそんな時代じゃないです。」
「あなたは毎日、命を削るように仕事をしている。会社としてはありがたいかもしれないけれど、あなたの体をもっと大切にするべきだ。」
「だいたい、昨日のプレゼンが物凄く良かったからって、翌日から商品会議を設定する会社の判断もおかしい。確かに、すごく良かったですよ。売り上げが伸びる事は明白ですし、1日も早く実施するべきだとは思いました。ですが、今日は金曜ですよ。通常は、週明けの定例会議でスタートさせるべきでしょう」
……誰、この人。ぼんやりした頭の中で、神谷くんの印象がぐらぐらと揺れる。だいたい、こんなに喋る人だっけ。こんなに…、踏み込んでくる人だっけ。
タクシーを降りて、なんとかマンションの前まで辿り着いて、部屋のドアの前まで来たところで、神谷くんが立ち止まる。
「じゃあ、俺はここで」
その言葉を聞いて、ああ、帰っちゃうんだ。と残念になってしまう自分がいて驚く。なんだろう、お母さんみたいだからかな。なんて考えていたら、気づいたら、神谷君の手を掴んでいた。
「あ、ごめん……!なんか……その……。神谷くんが、お母さんみたいで安心しちゃって。つい。もうここで帰っちゃうんだって思ったら、思わず。ごめんね。」
本当に何をやっているんだろう。今日はもう、判断力や決断力も落ちている。
「ごめん、変なこと言ってるよね。気をつけて帰ってね」
泣きそうな声が出た。恥ずかしくて、逃げるみたいにドアを閉める。来週会社で何言われるかわからないな、なんて冷静な自分が嘲る。でも、今日はもう、さすがに限界だった。
緊張の糸が切れたのか、私の世界はそこで暗転した。
良かった。ここなら、もう、戦わなくて良い。そんなことを思いながら。




