表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの道と、この道のあいだで  作者: あんばたみや
運命を引き寄せる手
10/19

1

「夜だけが知っている」の二人

 夕方の化粧品売り場は、何年経っても慣れない。来客がピークになり、スタッフの注意も散漫になりやすい時間。決して、気は抜けない。

 「藤宮さん、少しよろしいですか」

 控えめな声で呼ばれて振り返ると、スタッフの表情がわずかに強ばっていた。視線の先には、常連の外商の上原様だ。

 ——あぁ、また。

 「代わりますね」

 穏やかな声でそう言って、一歩前に出る。

 「上原様、いらっしゃいませ。本日は何をお探しですか?」

 にこやかに対応するが、男の視線は商品ではなく、こちらに向いている。

 「藤宮ちゃんが選んで。こういうの、似合いそうだよね」

 距離が近い。にたにたと笑い、口元を見ながらそんなことを言う。気持ち悪い。そう思いながらも、表情は崩さない。双葉の勤務する化粧品ブランドは、男性用のスキンケアなども取り扱っているため、男性客の来店もある。しかし、この上原様という外商顧客は、スタッフに必要以上に触れたり、ハラスメントに抵触しそうな言葉を使ってきたりする。

 「ありがとうございます。ただ、私は上原様ご自身がお求めのものを、ご提案させていただきたく存じます」

 柔らかく、けれど一歩引かせる。何度か同じやり取りを繰り返したあと、ようやく会計へ進んだ。

 「じゃあ、また藤宮ちゃんがいるときに来るよ」

 そう言った上原様は、ポンポンと肩をたたき、そのまま肩から手首まですっと撫でられる。もう、本当に気持ち悪い!店舗スタッフにこんな思いはさせられない。接客を変わって良かった。と自分を納得させる。

 少し身を引いて、さりげなく手を避けると、笑顔でお辞儀をする。

 「ありがとうございます。また、お待ちしております」

 

 姿が見えなくなった瞬間、息を吐いた。まだ、触られたところがぞわぞわしている。笑顔でスタッフに「ちょっとお水飲んできますね。」と言ってバックヤードに戻ると、手がわずかに震えているのに気づく。大丈夫、大丈夫。そう思いながらも、心臓の音がやけに大きい。


 「……お疲れさまです」

 視界の端に、綺麗に磨かれた革靴が見えた。顔を上げると、フロアマネージャーの水瀬が立っていた。

いつから見ていたのか、わからない。気のせいか、肩のあたりを見られているような気がする。

 「大丈夫です」

 「そうは見えませんでしたけれど。でも、藤宮さんの対応は完璧でした」

 水瀬マネージャーの温かい言葉に気持ちが救われる。

 「ありがとうございます」

 笑顔でそう返したけれど、視線は合わせられなかった。

 「ただ、次に上原様がご来店された際は、まず、私を呼んでください。」

 気のせいか、語尾に怒りが滲んでいるような気がする。

 「え…。あ、はい。承知しました。」

 双葉がそう答えると、軽く頷いて、水瀬は去っていく。それだけだった。それなのに。なんで、あんなにわかってくれるんだろう。小さく息を吐いて、もう一度気持ちを整える。

 売り場に戻るときには、双葉はいつもの顔に戻っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ