2
百貨店の会議室は、いつもより少しだけ華やいでいた。立食形式の簡単なパーティ。毎年年末に百貨店内のスタッフの労をねぎらうために、こじんまりと開かれる忘年会。百貨店の閉店後に時間だけ行われる。店を閉め終わったスタッフたちがぱらぱらと顔を出しては、去っていく。アルコールはないが、年末特有の浮ついた空気が漂っている。
双葉も毎年店長という立場上、少しだけ顔を出して挨拶だけしていた。仲良くしてくれた他店舗の店長へ挨拶回りを終えて、ようやく一息つき、そろそろ帰ろうかなと思いながら、マカロンだけ、食べて帰ろうかな、などと考えていた。
「藤宮さん、お疲れ様です。」
「水瀬マネージャー、お疲れ様です。」
振り返るとフロアマネージャーの彼が、いつもと変わらない落ち着いた表情で立っていた。
「売り上げ達成、おめでとうございます」
唐突な言葉に、少しだけ目を瞬かせる。今月の売り上げ目標、かなり高かったが、スタッフと一致団結して達成したのだった。
「あなたの店舗は、スタッフの方もいきいきしていて、チーム力がある。」
「ありがとうございます」
認めてもらえたような気がして、うれしくなり、思わず背筋が伸びる。
「トレーナーになると伺いました。」
「はい。来月から本社でスタッフ教育を担当いたします。以前から目指しておりましたので、今からとても楽しみです。水瀬マネージャーには、短い間でしたが、大変お世話になりました。」
水瀬マネージャーが来てから、フロアの販促イベントや様々な流れがガラッと変わり、フロアの売り上げは鰻登りだ。そして、難顧客の対応もすごくストレスが軽減されたように思う。すごい人だ。
「水瀬さんも、本社へ異動になると伺いました」
「ああ、はい。しばらくは本社の方に」
「そうですか。また更にお忙しくなりそうですね。ご活躍されることを遠くからお祈りしていますね!」
遠くから、の部分で何となく冷たい空気が流れた気がするが、気のせいだろう。
「フロアマネージャーもなかなか忙しかったので、そんなに変わらないとは思っているのですが。まあ、頑張ります。ありがとうございます。」
そのまま離れようとした彼が、ふと足を止めた。
「……本社、同じエリアですよね」
「はい、そうですね。御社の大きいビルとは比べ物にもならないのですが、近くです。」
「でしたら、たまにランチをお誘いしてもよろしいですか」
予想していなかった言葉に、思考が一瞬止まる。
「私、こう見えて人見知りでして。」
水瀬は真面目な顔をして、淡々とした声のまま、そんなことを言う。思わず、少しだけ笑ってしまった。
「そうなんですか」
「ええ。あまり知り合いもいないですし。」
そんなふうには見えないのに。そう思いながらも、
「それでしたら、ぜひ」
と、自然に答えていた。
「ありがとうございます」
水瀬マネージャーは、表情は変えずに短くそれだけ言ってから、高そうな名刺入れから、大層な肩書きの名刺をいただく。気のせいかな、一ノ瀬ホールディングス 取締役って書いてあるよね?
「こちら私の本社での名刺です。お手数ですが、こちらのメールアドレスへ、藤宮さんのご連絡先を送って下さい。」
何でもないように、さらっと渡したあと、軽く会釈をして、彼は離れていく。その背中を見送りながら、胸の奥がわずかにざわついた。理由は、まだわからない。きっと他の人にも言ってるんだろう、と自分を納得させ、狙っていたマカロンを食べに、スイーツが並ぶテーブルへと向かった。




