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「宝石の煌めきの傍で」の私のお話し
家に帰って、急いで唐揚げを揚げた。娘の大好物だから、今日はきっと喜んでくれると思って。
気のせいかもしれないけれど、お迎えに行ったときの娘の顔が、少しこわばっていたような気がするから。保育園で何かあったのかもしれない。
「いただきます」と同時に、期待していた顔を見たくて、少しだけ手を止めた。
——けれど。一口食べて、
「からあげ、あついからもういらな~い」
慌てて作ったから揚げたてで。そうだった、温度を確認していなかった。失敗した。そう思いながら、胸の奥で、何かが少しずつ崩れていく音がする。
それでも、白米とお味噌汁と切り干し大根の煮物はぴかぴかに食べて、「ぴっかり~んだよ!」と、得意げに笑う娘。
「すごいね、えらいね。」そう言いながらも、心のどこかで思ってしまう。唐揚げ、がんばって作ったのにな。
「今、ママ食べてみたけど、もう熱くなかったよ。
もうちょっと、食べてみない?」
できるだけ優しく言ったつもりだけれど、娘は首を横に振る。食卓から離れて、本棚へ向かった娘は、
「ごほん、よんで!プリンセスの!」とニコニコ顔でお気に入りの本を持ってくる。
読んであげたいけれど、食卓には食器やカトラリーが残っているし、夫のために余分に作っておいた夕食をラップして冷蔵庫に入れておきたい。洗い物も今やらないと、明日の朝までそのままになってしまいそうだし、そうすると結局朝の時間がなくなる。
「ちょっと待ってね。片づけが終わったらね。」そう答えた自分の声は、思ったより冷たかった。
気づけば娘はひとりで絵本を開いていた。文字は少ししか読めないから、何回も私が読んだのをきっと覚えているのだろう。ところどころ違う、すこし愉快な物語になっている。楽しそうに、歌うように大きな声で。
——気づいている。本当は、今すぐ隣に座って欲しいことも。私の膝の上に座って、一緒に読んでほしいことも。
でも。手は止められない。お風呂をためて、洗濯機を回して、明日の朝の準備をして。やることは、次から次へとある。
「そろそろお風呂に入ろうか」声をかけても、娘はまだ本の中。
「まだよむの!」絵本から目を離さない。
「でももう、お風呂の時間だよ」少しだけ、声が固くなる。
「やだ」
その瞬間、私の中で何かがぷつんと切れた。
「もう、早くして!」
思ったより強い声が出てしまった。娘の顔が一瞬でゆがんで、涙がぷつっとあふれる。
——あぁ、やってしまった。小さな体が震えている。
「ごめんね」そう言いながらも、どうしていいかわからない。娘の涙は止まらなくて、床にぽたりと透明な雫が落ちて、黒く滲む。
——どうして、あんな言い方をしてしまったんだろう。
娘をお風呂に入れて、本人はラプンツェルになるんだと大切にしている、細くて柔らかい髪を乾かして、なんとか寝る準備を整える。脳裏に娘の涙がちらついて、胸がずっと痛かった。
「ママ、ぎゅってして」
胸が、ぎゅっとなる。今にも眠りそうな娘が小さい声でそう言う。そっと抱きしめると、耳元で愛しいぬくもりを感じた。
「ママだいすき」
——その一言で、私は救われてしまう。
今日の自分の言葉を、怒った顔をしてしまったことを、全部思い出して、どうしようもなく後悔する。なんで、あんな言い方したんだろう。なんで、あんなことでイライラしてしまったんだろう。
小さな寝息が聞こえ始める。その顔をみながら、静かに後悔する。
——もっと、ちゃんと向き合えばよかった。お皿なんて洗わなくても良かった。お風呂なんて、ちょっと遅れたっていい。洗濯だって、1日回さなくたって別にいいのに。
それよりも、私の大切な宝物との、奇跡のようなこの時間を、なぜいつも大切にできないんだろう。
せめて幸せな夢を見てほしい。私の怒った顔なんか思い出さないで欲しい。娘の歩む道が、光輝いて、幸せなことであふれていてほしい。
そう願った。
完璧とはほど遠い、日常に埋もれた、主人公にはなれなかった、私の選んだ道。




