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「お疲れさまです。」
背後からかけられた声に、手を止める。もう、気分よく帰ろうと思ったのに。
「今日のプレゼン、すごく良かったです。」
振り返ると、いつも通りの、感情の読めない顔。
仕事は正確で、無駄がなくて、周りにも必要以上に踏み込まない。そんな彼が親しげに話しかけてくる。
なによ、イヤミですか。
「ありがとう」
気持ちとは裏腹に、先輩ぶった言葉が自然と出る。こっちだって、社会人経験は長いんだから。
「この後、少し時間ありますか。夕食、ご一緒にどうですか。」
一瞬、空気が凍ったのは気のせいだろうか。
————試されている気がする。
私は、あなたの周りにいるような、軽い女じゃない。っていうか、綺麗どころも可愛いどころもみんなあなたとご飯行きたがってるんだから、なんであえて私に声かけるのよ。あとあと面倒なんだから、やめてほしい。
「ごめん、今日は予定があって。また、時間があるときにね。」
———ひとりで祝杯をあげる、という予定がある。今日のプレゼンが成功しても失敗しても、朝から決めていた。
「そうですか。では、また時間があるときに。」
———あれ。
なんか今、”約束”にされた気がするけど・・・。まあ、いいか、今日は気分がいい。余計なことは考えない。コンビニで、チキンとビールとチョコを買って、一人で祝杯をあげよう。
あの、私しか帰ってこない部屋で。
コンビニのレジに並びながら、さっきの言葉が頭の中で繰り返される。「また、時間があるときに。」って言っていた。不敵な笑みを浮かべていたような気がする。
なんなの、あれ。ビールの入った袋を片手に、歩き出す。心なしか地面を踏み締める足に力が入る。だいたいイケメンだからって誘ったらすぐに着いて来ると思ったら大間違いなんだからっ!
コンビニの自動ドアが閉まる音と同時に、一瞬、風が吹き抜けた。ふと、あの光景がよぎる。
改札の向こう側。小さな手にひかれて、少し困ったように笑っていた、あの人。
———なんで、あんな顔するの。あんなふうに、誰かに必要とされている顔。胸の奥が、チクっとする。
「——大丈夫。」
誰もいない夜道で、小さくつぶやく。うん、大丈夫。私はちゃんと選んできた。今の仕事も、今の生活も。全部、自分で選んだもの。後悔なんて、ない。
———ない、はずなのに。
ヒールの音が、やけに大きく響いた。規則正しく、迷いなく。そうやって私は今日も、選ばなかった”あの道”を見ないふりをする。




