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今日も、完璧な一日だった。
そう思うことで、何とかバランスを保っている。仕事は順調だ。任されることも増えたし、評価も悪くない。収入だって、あの頃思い描いていたくらいには、手に入れている。不自由はない。困っていることも、特にない。
———それなのに。
夜、部屋に帰ると、思い知る。私しか帰ってこない、あの、冷たくて真っ暗な空間。勇気を出して買ったバッグをソファに置いた音だけが、やけに大きく響いた。
今日、誰かとちゃんと話したっけ。そんなことを考えてしまう自分に、少し戸惑う。満たされているはずなのに、なにかが、欠けている。
駅の改札で、誰かとすれ違った。一瞬、風が通り抜けたその時に。視界の端に映ったその人を、私は知らないはずなのに、なぜか、目が離せなかった。
可愛らしい女の子が、怒りながら彼女を呼んでいる。それを見て、少し困ったように笑っていた人。髪を一つにまとめて、慌てたように走り出す後ろ姿。
———ああ、そうだった。
私、大きくなったらお母さんになりたかったんだった。子供の頃の夢を、ふと思い出す。胸の奥が、ほんの少し揺れる。それでも。
ヒールの音が、規則正しく響く。立ち止まってはいられない。帰らなくては。冷たくて暗い、けれども私の唯一の居場所へ。
この道と、あの道のあいだで、ほんの少しだけ立ち止まりかけて、
————それでも、私は歩き続けている。




