表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの道と、この道のあいだで  作者: あんばたみや
宝石の煌めきの傍で
1/19

1




 その日、私は——“もう一人の自分”とすれ違った。


 一瞬、風が吹き抜けて、ふと、気配に目を向けた。その時、私は彼女とすれ違った。

 ヒールの音が、一定のリズムで遠ざかっていく。視界の端で捉えたその姿を、私は知らないけれど、知っている。


——私が、選ばなかった方の人生。

 それを、そのまま歩いてきたみたいな顔をしていた。


 すらりと伸びた背筋。無駄のないシルエットの服に、さりげなく光るブランドバッグ。丁寧に施されたメイクと、キラキラのネイル。迷いのない足取り。


 毎日が充実している人の顔をしていた。

 

 ぞわり、と背中をなぞられたような感覚が走る。心臓が大きく跳ねて、立ち尽くす。


 その瞬間、「ママ!」と後ろから声がした。振り返ると不満げな顔で私を呼ぶ、娘。


「もー!ママ!はやくきて!」

 短い腕を一人前に組んで見せて頬をふくらませている。私にそっくりだ。


 子どもを追いかけて走る私は、髪は朝慌てて後ろで一つに纏めたままで。何色のシュシュだったかな、いや、シュシュだったっけ?もしかしたら、ただの黒いゴムで纏めているだけかも。朝したはずのメイクは、おそらくほとんど残っていないだろう。鏡を見ていないからわからないけれど。


 コンタクトを入れる余裕もなくて、今日もメガネのまま。仕事を必死に定時に終わらせて、職場から飛び出してきた。


———さっきすれ違った彼女とは、まるで別人だった。


 別に、不幸なわけじゃない。夫は最近忙しくて、世界を飛び回ってはいるけれど、何かと気遣ってくれるし、娘は可愛いし、毎日はちゃんと回っている。


 それでも。


 ふとした瞬間に思ってしまう。この人生ではなかった可能性を。あの時、違う選択をしていたら———。


 ヒールの音が、遠ざかっていく。


 どちらの道が正しかったのかは、わからない。ただ私は、この道と、あの道のあいだで、

 ほんの少しだけ、立ち尽くしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ