表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの道と、この道のあいだで  作者: あんばたみや
運命を引き寄せる手
14/19

5

 翌日の朝。 今日は休みだと気を抜いて、ベッドの中でだらだらと過ごしていると、スマートフォンが震えた。差出人は、水瀬蒼真。思わず飛び起きて、なぜか正座する。


『お疲れさまです。 先日の件でご相談がありまして』


 ——そうだった。パーティに誘われたんだった。どんなパーティなんだろう。 “身内の”とは言っていたけれど。深く考えずに了承してしまったことを、今さら思い出す。


『ドレスコードがありまして。こちらがお誘いしている立場でもありますので、 差し支えなければ、ドレスを用意させていただけないかと。』


 ドレスコードがある“身内のパーティ”って、何?画面を見たまま、思考が固まる。——ドレス?

慌てて文字を打つ。


 『そんな、大丈夫です。自分で用意します』

 『そう仰ると思っていました。ですが、今回は私の都合でお付き合いいただく形になりますので。

せっかくですから、きちんとしたものをご用意したいと思っています。 ご負担をかけるつもりはありません。 ご一緒に、選ばせていただくお時間をいただけませんか。』


 “買う”ではなく“選ぶ”。その言い方が、妙に自然で。選んでくれる、ってこと?戸惑いながらも、もう断る理由が見つからない。


 『では、お手数ですが、よろしくお願いします』

 送信して、小さく息を吐く。ドレスなんて、いつぶりだろう。少しだけ嬉しくて、 でも——無意識に、お腹に手を当てる。……ちょっと、おやつ控えよう。


 待ち合わせ場所に指定されたのは、丸の内の静かな通りだった。休日の昼間。 人通りはあるのに、どこか落ち着いている。


 「こちらです」

 案内されたのは、表からは目立たないブティック。ガラス越しに見えるドレスに、思わず息を呑む。

 「……こんな素敵なところ、私、場違いではないでしょうか」

 「いいえ、全く」

 水瀬は、何でもないように答える。その迷いのなさが、かえって現実味を薄くする。店内に入ると、わずかに甘い香りが広がった。暖かなクリーム色の壁。 中央には、大きなシャンデリア。色とりどりのドレスが、静かに並んでいる。まるで選ばれる瞬間を待っているみたいに。


 「わぁ……すごい」


 思わず、息が漏れる。そして、双葉は気づいてしまった。——値札が、ない。どうしよう、絶対高い……。


 「藤宮さんなら、どれでも似合いますよ」

 背後から、穏やかな声。振り返ると、蒼真が壁にもたれてこちらを見ていた。

 「そんなこと、ないです。どれも素敵すぎて、私にはもったいない」

 即座に否定すると、彼は小さく笑う。

 「それなら、私が選びます」


 そう言って水瀬さんは少し考えたあと、迷いなく、一着を引き抜く。深い青。夜の底みたいな色。肩にはパールの細いストラップ。 胸元と裾には縁取る様に、シルバーとゴールドの繊細な刺繍。マーメイドラインが、静かに体の曲線をなぞる。触れた瞬間、わかる。……これ、すごくいい。だけど。


 「……私に、似合うでしょうか」

 思わず、弱気な声がこぼれる。スタッフに促され、試着室へ。カーテンを閉めると、外の気配が遠ざかる。心臓の音だけが、やけに大きい。——ただのドレスなのに。でも。袖を通した瞬間、息が止まる。鏡の中にいたのは、知らない自分だった。


 「……どうですか」

 カーテン越しの声。少しだけ迷ってから、そっと開ける。蒼真が、一歩近づいた。

 「思ったとおりだ。とても似合っています。……綺麗だ」


 思わず、顔が赤くなってしまい、視線を背けてしまう。褒められたはずなのに、浮かれている自分まで見透かされたような気がして。


 「では、……こちらで、お願いします。」


 結局、「お支払いします!」と食い下がった双葉を、彼は静かに制した。

 「私が、あなたに着て欲しいものを、選んだだけですので」

 そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。

 「それと。こちらも、ドレスに合わせてつけていただきたいのですが。」

 何でもないように、差し出された小さな箱。戸惑いながら開けると、ネックレスとピアスが収められていた。繊細な輝きが、静かに光を返す。これは……。思わず、息を呑む。とても素敵だけど、さすがに。

 「そんな……。こちらは、さすがにいただけません」

 今度は、はっきりと断る。水瀬さんは、少しだけこちらを見て、それから、静かに言った。

 「パーティで身につけていただく前提で、あなたに似合うと思って、誂えました。」

 逃げ道を塞ぐように、しかし穏やかに。その言い方が、あまりにも自然で。強く否定することができない。

 「……でも」

 「こちらも、私があなたにつけて欲しくて、お渡しするのです。むしろ、つけていただいた方が私としては安心できます」

 何で水瀬さんが安心するんだろう。よくわからないけれど、もう、郷に入っては郷に従えということなのだろうか。

 「では、ありがたく、お借りします。」

 小さく、そう言ってしまう。受け取った箱が、やけに重く感じた。まだ少しだけ現実感が追いつかないまま、店を出る。


 「本当に……ありがとうございます」

 何度目かわからない言葉を、もう一度口にする。

 「いえ、私の都合に付き合っていただき、ありがとうございます。それと、当日ですが、車を手配しておりますので。」

 「……車、ですか?」

 「ええ。ご自宅までお迎えに伺います」

 「え……そこまでしていただくのは、申し訳ないです。自分で行けます!」

 思わず言う。けれど、水瀬はわずかに首を振る。

 「ドレスとヒールですと、歩きにくいですし。それに、お一人で向かわれるのも、心配ですので。来週の土曜日の午後5時に、ご自宅までお迎えに伺います」

 提案の形をしているのに、選択肢は最初から用意されていない気がした。少しだけ迷って、それでも。

 「では、……よろしくお願いします。」

 「はい。」

 短く、それだけ。まるで最初から決まっていたことのように。


 手元の紙袋と、小さな箱が、やけに重く感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ