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あの道と、この道のあいだで  作者: あんばたみや
運命を引き寄せる手
13/19

4

 次のランチは、なかった。入社時研修を担当するようになって、一気に忙しくなり、タイミングが合わなくなったから。本社に来る時間帯もばらばらで、昼に余裕がある日も少ない。


 まあ、そんなものだよね。


 忙しい日々の中で、水瀬さんにお借りした本を少しずつ読んでいるが、とても参考になっている。これも、返さなくてはいけないのに、次はいつ会えるかな。そんなことを考えていたら、水瀬さんからのメールを受信した。


『明日、本社にいらっしゃいますか?ご都合よろしければ、お昼をご一緒にいかがですか。』


 ちょうど水瀬さんのことを考えていたときだったので、思わず心臓が跳ねる。また、誘ってくれた。でも、残念ながら明日は店舗を巡回した後、15時に会議があるため14時くらいに本社に来る予定だ。ああ、残念だな。でも仕方ない。


 『明日は14時に本社に行く予定で、お昼の時間帯は不在でして。せっかくお誘いいただきましたのに、申し訳ございません。』

 『承知しました。』

 それだけ。あ、終わりか。本と、あの素敵なカバーだけでも、どうにか返さなくては。何か手立てはあるだろうか。そう考えて、一度スマートフォンを伏せた。その直後、もう一度スマートフォンが震える。


 『では、明日の夕食はいかがですか。この間、同僚に美味しい店を教えてもらったのですが、まだあまり周りに知り合いも多くなくて。』

 いつもこういうことを言っているけれど、絶対そんなことないのに。そう思って思わず笑ってしまう。そして、少しだけ考えて、返信する。

 『夕食でしたら、ご一緒できます。お誘いいただきありがとうございます』

 『良かった。では店を予約しましたら、またご連絡いたします。』

 それだけの返信。なのに、なぜか少しだけ、胸が落ち着かない。理由はわからないけれど。



 木のカウンターに、やわらかい灯りが落ちている。仕事終わりの金曜の夜。店の中は静かで、外の喧騒が強く感じられた。

 一貫、また一貫と寿司が置かれていく。静かな時間が流れる。


 「あの、先日お借りした本なんですけど、読み終わりました。」

 「そうですか。いかがでしたか。」

 「すごく、よかったです。自分の選択に自身を持てなくなる瞬間って、あるじゃないですか。でも、それも含めてその人の人生なんだって。そういうことを改めて考えさせられて。」

 「特にどのあたりが一番印象に残りましたか。」

 「主人公が、「あの時、違う選択をしていたら」って思い続けていたところ、ですかね。すごく共感してしまって。」

 「そうでしょうね。藤宮さんは、そういう方だと思っていました。」

 「それは、どういう、意味でしょうか。」

 「今の選択を大切にされながらも、別の可能性もきちんと見ている。だからこそ、迷うことがある。」

 「そんなふうに、見えますか。」

 「ええ、ですが。それは弱さではありません。むしろ、数多の選択しにしっかりと向き合っている証だと思います。その本は、判断に迷ったときに、必要になる本だと思います。」

 「水瀬さんでも迷うことが、あるんですね。」

 「もちろん、あります。」

 「水瀬さんの、判断の基準はどこにあるんですか。」

 「そうですね、自分にどれだけ必要か。その選択を、今しないと、後で取り返しがつかなくなるかどうか。」

 「取り返しがつかない、ですか。」

 「ええ。そういうものは、絶対に逃がさないようにしています。」


 視線が双葉へまっすぐに向けられる。一瞬、言葉の意味を考える。けれど、どこかでそれ以上踏み込んではいけない気がして。

 「すごいですね。」

 「いえ、ただの性分です。」

 その言葉に、少しだけ笑ってしまう。それ以上は何も言わない、けれど、その視線だけが、妙に離れなかった。


  温かいお茶が出されて、食事がひと段落する。静かな時間が、少しだけ流れる。


 「少し、お願いがありまして。」

 「お願い、ですか。」

 「はい。来週、パーティーがありまして。身内が主催者なので呼ばれていまして。ただ、同伴者が必要なのです。私、こう見えて人見知りなので、お誘いできる方が、あまりいなくて。ご迷惑は承知の上なのですが。」

 淡々とした声のまま、そんなことを言う。また、そんなことを。思わず、少しだけ笑いそうになる。絶対、そんなことない。水瀬さんがパーティーに行く同伴者を募ったら、その辺の道端でも行列ができるに違いない。

 「もし、ご都合がよければ。」


 言葉が、柔らかい。押していないのに、逃げ場もない。一瞬、考える、仕事関係、というわけでもない。でも、完全にプライベートとも言い切れない。断る理由も思いつかないし。

 「私でよろしければ。」


 気づけば、そう答えていた。

 

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