51枚目 怪しい商人⑤
「!」
「幸ぃ!!お前どこに居たのぉ!?洞窟一人で怖かったんだからな!?」
呑気にパタパタと羽根を動かし宙を飛び回る幸を目で追いながら、主張する。
全く。オレが大変な時に傍に居なかったんだ。
言葉が通じているとは思っていないが、少し恨み言を言っても罰は当たらないだろう。
自由気ままな蝶々としての人生を全うしているのならば結構だ。オレに幸の行動を制限する程の権利も無いし、しようとも思わない。
まぁ、ただ肝心な時に居ないのはちょっとやめて欲しいけどね??
「…………そうだ瞳君。本題の取引をしていなかったね」
「あ、そうでしたね!」
痛みのせいなのか、商人は眉間に皺を寄せ少し汗をかきながら話を切り出す。
「話を聞く限り君と居る人数はそれなりなんだろうね」
再び狭間収納空間に手を突っ込んだかと思えば、その腕を引き出した瞬間数個の籠が取り出された。
しかもその籠の中全てに沢山の黒パンがギッシリと詰まっていた!!!!
「えっ!?え!!えぇ!?こんなに貰っていいんですか!?」
「えぇ。良い収穫になりましたから気持ちですよ」
「わぁ!!やったぁああああ主食ぅう!!!!」
瞳に映る黒パンの量の多さはまるで、夢でも見ているかの様に幸せな気分に陥らせる。
主食なく何とか肉や魚中心で生活してきたこの五日間の体には、限りなく栄養のオアシスになること間違いないだろう。
この量であれば二日に一回全員で黒パンを食べれるぐらいある!!!とても最高だ!!!!
「あぁ、そや。瞳君。最後に一つ」
「はい?」
不自然に笑った商人が、ずいっと顔を近づけオレの瞳を覗き込む。
「この詳細は誰にも言ってはいけない。勿論、煌爛華を食した事も」
「な、なん、ング」
なんでと言う言葉を紡ぐ前に、商人から伸ばされてきた左手に口を覆われ言葉を遮られる。
「……僕は…………君が帰ってくるのを待っているよ」
スルリと腕が離れ、距離を取る商人を見れば、その表情は何処か薄気味悪く背筋がゾッと泡立った。
不自然に細められたその瞳は純黒に染まり、オレの目の中に焼き付けられた。
「よみ!!!!」
すると、突然背後から切羽詰ったような声で己の名前を呼ばれ肩を震わせる。
慌てて振り返れば、こちらに向かってくるラファの姿が目に入った。
「あ、ラファ……」
急いでいたのか、荒ぶった呼吸を整えながらこちらへと駆けてくる。
「…………こんな所で何を?もう皆集まっちゃったから心配して……」
「あ、それはね!!…………ん?えっと………何だっけ?」
自分が今まで何をしていたのか思い出す為、思考を働かせていればオレの背後にある籠の存在に気がついたラファがギョッと目を丸くさせる。
「え、それどうしたの?」
「………あぁ!そうだ。通りすがりの商人さんがいてね!黒パンを物々交換してくれたんだ!しかも杏まで貰っちゃった!」
ラファはそれぞれの籠いっぱいに入った黒パンを訝しげに見つめていたので、勿論オレが食べて毒味はしたと報告すればこれまた驚いた様に目を見開き、やがてため息をついた。
「物好きな商人も居たもんだね……」
「ね〜!そーだよね〜!」
どうしても信じられないのか、何度も籠の中の黒パンと杏を交互に見やる。
そしてオレの顔色を伺いラファの両手掌により頬が包まれ揉みくちゃにし、ラファの輝くロイヤルブルーの瞳が自身の眼球にくっつきそうなほど近くにやって来る。
「わっ!?ラファの目ぇ眩しい!!」
キラキラと陽の光を吸収した鮮やかな青色がチカチカと目の奥で輝く。
「…………黒い…」
ラファが何かを呟けば目の前にパチンッと星が飛び、霧がかった様な思考が途端に晴れやかになった。
そのままされるがままに放置していれば、気が済んだのかラファが一息つき、顔を離す。
付近に置かれていた黒パンが入っている籠を持ち上げ、幾つかこちらに差し出す。
「ほら帰るよ。皆よみとはぐれちゃった〜って心配してるんだから」
「え!?やっぱり!?」
急いで籠を受け取り数歩先を歩き始めたラファの元へ駆け寄る。
やっぱり皆の進行方向とは逆方面に入っていった為、この広い森の中では遭難したと思われても仕方がないか。
少し大きな声を出して皆を呼んで引き返した方が良かったかもなと思いつつも、結果としてはオレが体を張って何かを取ってきた甲斐あってパンを入手出来たのだ。
結果は上々だろう。
「今日はパーティだね」
「はしゃぎ過ぎたら体力持ってかれるよ?」
確かに、不足している栄養素を補う為の主食が必要で頑張ったのに要らない所で体力を使ってしまえばそれこそ本末転倒だ。
危ない危ない。
「と言うかラファ、さっきなんであんなに目見つめてきたの?あ、さてはオレの事好きなんでしょ!」
「ん?うん。勿論好きだよ」
「………このイケメンめ。サラッと認めやがった」
本日も発動したラファの正直人たらしムーブ。
人に伝える好意ほど真正面から受けて恥ずかしいものは無い。流石はラファと言う名のイケメン。格が違うぜ。
クスクスと隣で笑いながら歩くラファを横目に頬を膨らませる。
「…………悪い虫が、付いてたんだよ」
「虫?」
「うん。黒い羽虫、がね」
流し目に見下ろしてくるそのロイヤルブルーの瞳は太陽の光を取り入れることない深い藍色に変化し長い下まつ毛の上にコロンと乗っかっていた。
「なぁんだ虫か!それなら口で言ってくれたら手で追い払ったのに!」
「大きかったからね。それにまた来るかも」
「え、キモイ見た目だった?」
「全然、好ましくないかな」
「ふ〜ん、そっか。ありがとラファ」
腕に抱えた籠の中に収まる黒パンに心躍らせながら森を下る。
この時オレは、皆にやっと貢献する事が出来たという高揚感から少し感じた違和感を見逃している事に気がついていなかった。
♦◆♦
遠ざかって行く二つの影を遠くから薄めに見る一人の男が居た。
男は手につけていた手袋を外し手をプラプラと揺らす。
「は゛ぁ………痛い、ですねぇ」
若干の痛みにダミ声混じりに溜息をつきながら自らの掌に目を見遣れば、その素肌はぐちゃぐちゃに焼き爛れていた。
痛みに眉を顰めつつも、男は何処か楽しそうに薄ら笑いを浮かべ、再び楽しく談笑しながら歩く二人を見下ろす。
「ふぅん………宛ら護衛とでも言いましょうか。これまた厄介で………」
サワサワと吹かれる風に赤銅色の髪を揺らし、純黒に染まったその瞳をクッと細める。
右手を項にやり首をカクンと傾げ、じっと一点を見つめ表情のなかった口元は綺麗な弧を描く。
「厄介でいて、実に……好ましい状況です」
自らが発した言葉に愉悦を感じ、恍惚とした表情で空を見上げ何かを思うように静かに目を閉じる。
焼け爛れた手など気にする事無いと言う様に、その両手のひらを頬に添えうっとりと閉じられた瞳を開く。
「あぁ………本当に、貴方が帰ってくるのを心待ちにしていますよ。ヨミ」
澄んだ青空を眺めるその瞳には既に赤黒い色は無くなり、元の草原と同じ若草色の瞳に戻っていた。
憑き物が落ちた様にその場に崩れ落ちたその男は何度か瞬きをした直後、激痛に顔を歪める。
「いったいなぁ!?えぇ!?なんで俺の手ぇこんなんになっとんの!?キモっ!グロぉ!?」
自らの掌が悲惨な状態になっていることに悲鳴を上げ、意味の分からない状況に困惑する。
男は何が起こったのか頭で考えても事前の記憶がすっぽりと抜け落ち、全く何も分からなかった。
「え、てかここ、何処やぁ!!!??」




