50枚目 怪しい商人④
煌爛華とシュノハでいっぱいになった籠を大事に持ち、洞窟を出れば太陽の眩しさに目を細める。
チカチカとする視界に何度か瞬きをし目を慣らす。
日差しは先程となんら変わらずこの無人島に降り注いでいる。
相変わらずの快晴だ。
早速商人とパンの取り引き交渉に行くため、ここに来る前に居た場所へと引き返す。
道筋は至ってシンプルかつ、ちゃーんと覚えていたので心配する間もなく元来た道を辿る。
「あ、」
歩いて行けば、少し前に商人と別れた場所に一人の人影があるのを見つける。
日に当てられ少し赤みがかった赤銅色の髪色は、先程の商人だと確信づけた。
「商人さーん戻りました!」
「おぉ、えらい早いなぁ」
その場に駆け寄ると、近くの芝生に腰を掛け遠くを見ていた商人はスクッと立ち上がりこちらを振り返った。
「商人さんも早かったですね。商品集まったんですか?」
「三分の二ぐらいやなぁ。一旦休憩思てここに帰ってきたんよ」
そう言い、右手を項にやり首をコキコキと鳴らす。
相変わらずの飄々とした商人の態度に、感情の分かりにくい人だなぁと漠然と思う。
単純に感情が常に表に出続けるオレとは全くの正反対すぎて不思議な人種と出会った様な心持ちだ。
「それで、煌爛華は取ってこれたんですか?」
目を瞬かせる商人の前で大きく頷き、自身の手に持っていた籠を見せつける。
その中には仄かに温かく輝く煌爛華が鎮座している。
それを見た商人は、目を細め薄く笑う。
「ふふ。素晴らしいです。確かにこれは常人には触れることすら拒まれる毒華の象徴、煌爛華ですね」
キラキラと煌めくゴールデンイエローは、炎のように燃え滾るファイヤーレッドに勝るとも劣らない輝きだ。
これを他の植物に見まがう事など無いだろう。
早速取引に移ろうと、籠に入った煌爛華を商人は懐から徐ろに手袋を取り出し装着すると、優しく掬うように摘みだす。
先程本人が言っていたように商人も煌爛華への防御耐性を持ち合わせ、その毒華に意図も容易く触れることが出来ていた。
「一、二、三………おぉ結構ありますね、凄いですよ。掌は大丈夫でしたか?」
「はい!この通り何の変哲もないです」
一つ一つ煌爛華を手に取り状態を確認すれば、煌爛華を摘んできたオレの掌を商人は心配する。
オレはこの通り、焼け爛れた跡など一つもなくツルツルピカピカの掌のままだった。
ニッと笑みを浮かべた商人は最後の一輪以外を狭間収納空間にしまい込み、この空間に手を突っ込んだままこちらを見る。
「では、折角なので取引の前に一つ、煌爛華。食べてみますか?」
その言葉にオレは目を輝かせ、元気よく「はい!!」と返事をした。
この言葉を聞いた商人は手を突っ込んだままの空間から次々と小型魔道コンロ、鍋、水の入ったポットを取り出す。
あっという間にこの場が簡易的に調理できる空間が完成した。
「え、でもオレ食べれるんですか?」
確かに先程までの道中は、この煌爛華の味は如何程か想像しながら帰ってきていた。
しかし実際の所、普通に触れるのが難しい花をこのオレが食べられるのかという単純な疑問が浮かぶ。
すると目の前の商人はコンロにセットした鍋に水を入れながらこちらに視線を向けた。
商人の赤黒い瞳の中央に存在する瞳孔が、目の奥の何かを探る様にジッと見つめられる。
「あぁ、君なら大丈夫や」
「どうしてそれが分かるんです?」
「ふふ。商人の勘、だね」
「おぉ………かっけぇ………」
自身の下まぶた付近をトントンと指さし、やはり商人は物を見る目がある分人を見る目もあるのかとオレは勝手に一人納得する。
魔道コンロに火をつけ、ブクブクと水が湧き上がるまでの間、商人は煌爛華の花弁を一枚一枚千切取る。
その様子を眺めながらふと、先程商人がこの無人島に商品を集めに来たという発言に興味を持ち、束の間の話題に良いかもと思い問いかける。
「そう言えば商人さんはこんな無人島に何の素材を取りに来たんですか?」
「ん?あぁ……ここはな魔力濃度の高い無人島やからねぇレアな素材が多く自生しとるんよ」
「煌爛華もその一つですか?」
「そうや」
商人が煌爛華の花弁を千切終わると、魔道コンロにかけられた水が段々と泡立ってきていた。
「安寿椀は知ってる?」
商人のその言葉にコクリと頷く。
安寿椀とは、この世界の健康と長寿を祝う儀式を行う際によく食べられる甘いデザートのことだ。
オレはまだ食べたことは無いが、聞いた話によればどうやら杏仁と餡子、各地域名産の果物を一つの椀に盛り合わせた物だ。
意外にも杏仁と餡子の食べ合わせが良いらしく、実は少し食べてみたいと思っていたりする。
「その安寿椀に使われる杏仁は、こういう魔力濃度の高い地域で栽培や自生している物を取り扱うことが多くてね」
「じゃあ今回はそういう依頼だったんですか?」
「うん。…………あ、そうだ」
少し考え込んだと思った瞬間、思い付いたように商人は今一度自身が持つ狭間収納空間に手を突っ込む。
何か探るように手を上下させれば、その手には紫色の少し大きめの巾着袋が鷲掴みにされていた。
閉められた紐を解くとその中には目を惹く様な瑞々しい橙色をもつ杏が入っていた。
「予想以上に自生していてね、いくつか分けてあげよう」
「えぇ!?良いんですか!?そんな貴重な物!!」
「………ふふ。君が言うようにここに来ている皆に分けるも良いが、実はねこの杏にはあまり知られていないもう一つの用途があるんだよ」
「??」
商人から手渡しされる杏を受け取りながら脳内に疑問符を浮かべる。
「杏の種の中にある杏仁は生で食べると毒だ。しかしある種の生き物にとっては好物でね。是非ともそんな生き物に襲われた時に手懐ける意図であげるといいよ」
「へぇ〜そんな生き物いるんですねぇ不思議……」
「毒は薬にもなる。であれば毒をそのまま食べれる種と言うのもいるんだよ」
コポコポと魔道コンロにかけられていた水が沸騰し始める。
「じゃあ、この三つの杏は非常用に君の狭間収納空間に入れておくね」
そう言って商人はクルリと指を回せば、巾着の中に入っていた三つの杏が宙を舞ったと思えば目の前でパッと消えた。
「え゛っ!?商人さん、オレ魔法使えないんで取り出せないですよ!?」
「ん?大丈夫。君の危急存亡の際に出るよう"呪い"を掛けておいたからね」
「よ、用意周到!?!?」
「商人、だからね」
商人ってすげぇ〜……………
あまり実感がなく杏が消えた場所に視線を移し凝らしてみるも、最早そこに景色が広がっているだけで狭間空間など目視出来ない。
「なんでこんなにサービスしてくれるんですか?」
「ふふ。単純な話、…………君にはここで潰れて欲しくないから、だよ」
伏し目がちにされた商人の赤黒い瞳は真っ直ぐとこちらの視線を絡め取り、口の端をクッと上げ不敵に笑う。
「や、優しい!!!!」
無人島と言う自給自足で皆と共に過ごさなければならないという状況で、まさか初めて会った商人にこんなにも心配されパンを取り引きとは言え譲ってくれるだけでなく!!
貴重なレア素材もくれるだなんて!!!!!
最初は怪しい商人だとか言って本当にごめんなさい。心の中で謝っておこう。
「よし」という商人さんの声と同時に、いつの間にか取り出されていた箸に掴まれた煌爛華の花弁を沸騰したお湯の中に潜らせた。
クルクルと五秒ほどでお湯から上げられた煌爛華は、お湯に付けられしなっていた。
「ほれ、口開けてみぃ」
商人さんに言われるがままに口を開けると舌の上に煌爛華の花弁が落とされる。
そのまま口に含み、転がし噛み締める。
「!?! 甘……辛い!? え、何これ食べた事ない味覚………だけど何か舌馴染みある〜何これ〜懐かし気がする〜」
花の蜜的なほのかな甘さとピリッと舌を刺激する辛さがふわっと口の中を支配する。
もぐもぐと不思議な風味が面白く特に違和感無くその味覚を楽しむ。
本当にこれを食べたら何か能力が開放されるのかなぁと呑気に考えを浮かべていれば、同じく煌爛華を口に含んだ商人が表情を歪め唸る。
「い゛ッ………あ゛ぁ゛……」
「え!?大丈夫ですか!?!」
「おぇ゛………あぁ、堪忍ね。どうやら僕は適性が無かったみたいだね」
「焼け爛れちゃっ……た??」
「何もなんも。治療薬あるから大丈夫や」
べっと舌を出し外の空気に触れさせ取り出した治療薬を塗る姿をチラリと盗みみれば、確かにその舌は軽く焼き爛れていた。
大丈夫かと心配していれば、何やら視界にチラチラと映る。
横に視線を流せば、そこには全体的に紫色にキラキラと輝く幸がオレの頭の周りを円を描く様に舞っていた。




