48枚目 怪しい商人②
「だっ、誰ですか!?」
赤銅色の髪を持ち、赤黒く渦巻く瞳で此方をのぞき込む正体不明の人物に恐る恐る問いかける。
木々の間から差し込む木漏れ日に当てられたせいか、少し眩しそうに目を細めながらにこやかに笑ったその人物の瞳が赤く煌めいた。
「僕は、商人さ」
「しょ、商人………??」
商人と名乗るには、あまりにも手ぶらすぎる。
来た方向である崖淵の方へ視線を向けても荷物らしきものを持ち合わせては居ないようだった。
「そんな訳ない、とでも言いたげな目やね」
「………正直、そうですね」
どこからどう見ても怪しすぎる人物。油断しないようにと商人と名乗る人物から目を離さず、意識はどのようにして切り抜けようか考える。
少し考えるような素振りをした自称商人と名乗る人物は、右手人差し指を宙に滑らせる。
「せや、今君が欲しいと思っているものを出せたら商人と認めてくれるかいな」
「……ちょっと何言ってるか分かんないす」
「僕はな、アイテムボックスに商品を入れて旅する系の商人やからね」
そう言ってくるりと空中に円を一つ描くように動かせば、そこから空間が歪み一段階彩度が下がった空間が作り出される。
確かにこれは、狭間結界術の応用である"簡易的狭間収納空間術"だった。
正直怪しさが全く拭えないままであるが、仮に商人だと言うのが真実だと言うのならそっちの方がオレ達にとってメリットが大きい。
どうやって取引するかどうかというのは一旦置いておいても、だ。
「…………じゃあ、パンって出せますか」
咄嗟に脳内に思いついたのは、食事で主となる主食であるパン。
今現在、オレ達には食事の"主食"が無く栄養の偏りと単純な恋しさにより、過剰に米類や小麦から作られるパン、麺類を渇望している。
もし、この商人らしき人物からパンが手に入れば、オレも、皆も咽び泣くほど喜ぶ事だろう。
「パンか。何パンがええ?」
「え、種類とかあるんですか」
「商人やからね」
パンが出せるかもしれないという状況で更にパンの種類まで選べると来た。
となれば、普段の食事ではフワフワとした消化にいい白パンなのだが、今は体力と気力を限界まで使い尽くす無人島生活中。
少しでも体内の栄養素を整え体の調子を安定させなければならない。
その点を軸に考えれば、食物繊維や、ビタミンなどが豊富に含まれている黒パンが適切だろう。
そのままでも食べれるし、拠点に帰れば、氷室の洞窟で保存されているジャイアントディアの香草焼きやベリーなどでアレンジも出来る。
元々の起源として保存食用に作られた黒パンは、なんなら白パンより腹持ちがいい。これ程までに今の状況にピッタリな主食は存在しない。
「じゃあ、黒パンで」
「黒パンね」
要望を許諾した目の前の人物が先程作り出した空間に手を突っ込めば、何かを探すようにゴソゴソと手を動かす。
空間から引き抜かれたその手には包装紙に包まれた一切れの黒パンが握られていた。
「!!」
「はい、どうぞ」
そのままこちらへと差し出されたが、オレはまだ完全に信じることが出来ず受け取るのを躊躇っていれば、それに気が付いたのか、手に持っていた黒パンを一欠片千切り自らの口に運び咀嚼した。
「もぐもぐ……ほら。この様にちゃんと食べれる何の変哲もない黒パンや」
「お、おぉ…………本物……?」
目の前で取り出された黒パンを目の前でその張本人が食べた。
ここまでされれば、少なくともこの黒パンに変なものが入っているとはもう疑えない。
素直に差し出された黒パンを受け取り、促されるままに一齧りする。
「………………うっ………」
「…………うっまぁああああ………………」
主食を食さず過ごした期間たったの五日。それなのにこの圧倒的な口馴染み感。
お肉や魚、野草だけでは得られないこの満腹中枢を刺激する胃に溜まる感覚。
勿論肉や魚でもお腹には溜まる。しかしなんと言うか、この肉や魚とは違う優しい感じの溜まり方。
これからこの満身創痍な体に足りない栄養素が体に蓄積され満たしてくれると感じるこの幸福感。
食事のありがたみを感じた瞬間だった。
「これで僕が商人だと信じてくれるかいな?」
「……はい、はい!信じます………うぅ……美味しい…………」
どうやらこの怪しい商人と名乗る人物は本当に商人だったのだ。
もぐもぐと黒パンを咀嚼しながら回答すれば、良かった良かったと安心した商人が首を少し傾げながらにこやかに笑った。
「所で、君はなんでこんな辺鄙な場所に来ててん?」
正直それはこっちが聞きたい、と上がってきた質問をすんでのところで飲み込む。
そもそもこんな無人の島に一人で居る時点で十分怪しいというレッテルは着き回る。
聞きたいは聞きたいが、本能的にこれは何か聞いちゃいけない気がすると感じここは一旦何も知らない無垢な学生を演じることに徹する。
うむ。時には勘が鈍いフリをすることも大切だ。世の中知らなくてもいいことは山ほどある。
「実は学校の行事でクラスの皆と……サバイバル合宿してるんです」
「サバイバル合宿?」
「まぁ、簡単に言えば自給自足ですかね」
「なるほど。確かに自給自足となればパンや米は手に入れるんは中々無理やね……」
理解の早い商人は、サバイバル合宿という単語とオレが黒パンを神の食べ物かの様に食していた姿を見て、この無人島で主食に該当する米類などを入手する事の難しさを察したようだった。
本当に、この無人島に小麦や米がなっていたとしても、食べるまでに行う工程を手作業及び、魔法でやるにしても手間がかかりすぎて辿り着くことが出来ない。
まずそもそも、こんな所では生息して居らず、確実に主食と巡り合うのは到底無理な話なのだ。
「そうなんです〜だから少しでもご飯の質をあげたくて辛味料の素材を探したりダメ元で主食となり得る素材を探してたりしてて………」
「………せや、そんなら僕と取引せぇへん?」
「と、取引?そんなこと言ってもオレ差し出せる対価とか何も持ってないですよ!?しかもなんか勝手に商品の黒パン貰っちゃいましたし」
先程商人から貰ったその黒パンは返せと言われても、既に全てはオレの腹の中。取り出すことはもう二度と不可能だ。
どうしてもと言うなら腹パンして出す………いや、吐くの嫌だしそれ見せるのも無理なのでやっぱ無理。
今更ながら、相手が商人と言うのに、何の対価もなく商品を頂いた事に、焦りを感じてきた。
「そんな怯えんでも取って食わんよ。黒パンは僕が商人やと信じてもらう為の証明やから気にせんで」
「じゃ、じゃあオレと取引、と言うのは……?」
どんな条件を課されるのかと怯えながらおずおずと聞けば、長く伸びた前髪を少し整え目尻が下がった垂れ目を晒す。
赤黒い瞳を揺らしながらこちらを真っ直ぐに見てくる目を慎重に見返す。
「実は、この無人島のとある洞窟に煌爛華の群生地があると聞き及んでね」
「こっ、煌爛華の!?」
久々に聞いたその名前は、入学式の際に水晶宮の探検中にお目にかかった、ゴールデンイエローとファイヤーレッドのグラデーションが特徴の炎のように光り輝く美しくも危険な毒華。
まさかそんな美しさと危険さを兼ね揃えたかの煌爛華の、しかも群生地が存在しているとは!!!
驚きに声を荒げれば、冷静そうに頷いた商人が再び口を開き言葉を繋ぐ。
「実は、その煌爛華はね極小数の者が食せる華なんだよ」
「た、食べれ………る!?」
「うん。だけど知っての通り煌爛華は耐性がない人が触れば、触れたその箇所から肌が焼き爛れる。昔こそ科学も魔法も発展していない中では無理をしてでも暖房付きの明かりとして使用していたが、何せ魔力濃度の低い地域では正常に育たない」
「だからこそ生息地以外で育てる事が難しく、年を追うごとに生息数が減少し絶対数が激減した」
暖房付きのランタンとして使われていた時代があった煌爛華。
幸い、オレの時代には光石電灯や魔導式電灯が主流になり実際に日常生活で取り扱った事は無い。
「しかし同時に希少価値が高く、適性のある者がそれを食せばとあるものが目覚める、と言われているんだ」
「とある、もの??」
商人の言っている意味がわからず、聞いた話をそのまま聞き返せば、一度頷き再度こちらへ視線を投げかけてくる。
「何が目覚めるかと言うのは明確には分かっていない。恐らくだが何らかの超常的な能力だったり己自身が認識していなかった能力、或いは……自身が知らないまま何かが芽生えて育つ、とかやね」
「それは………凄いですね」
毒華と呼ばれる煌爛華がまさかこのような性質を持つ花だとは思いもしていなかった。
隠された衝撃的な効果を齎す煌爛華。しかしそれを入手するのは早々簡単には行かない。
まさに美しいものには刺があるの代名詞とされているだけあり、その特徴を十二分に表している様だった。
(………ん?待てよ。今、超常的な能力の目覚め……って言ったよな)
先程の商人の言葉を今一度脳内に思い浮かべれば、確かにそう言っていたと確信する。
もし仮にこの説が本当だとして、それが狭間の守り人としての新たな能力や、魔法技術を扱う為の新しい魔力回路の目覚めならば。
この学年の次席でありながら、ラファやローズ、菫の三人の中で一番劣るオレが皆に見合う実力を持てれば。
皆の余計な憂いを無くすことが出来、逆に次席という称号に相応しく皆を守る立場に回れるかもしれない。
そんな、人間的欲望が心の中に渦巻く感覚がした。
「その話をした、という事は煌爛華を取ってくることが取引の条件、という事ですか?」
「そうやね。僕も採取出来るけど、沢山のパンと交換となれば相応な条件が必須や。一応商売人、やからね」
そう言って商人が森の外に向かいゆっくりと歩き出した為、追いかけるようにその後をついていく。
「勿論、無理であればもう少し簡単な条件で交換するパンの量を減らす事に」
「やります、やらせてください!!!」
こちらを振り返りながら妥協案を出してくれていた商人の言葉を遮るように、承諾の返事を返した。
それを聞いた商人は、にっと口の端を持ち上げ不敵な笑みを浮かべた。
目尻が下がった瞳も相まって少し不気味に映った笑みだったが、それは一瞬で解かれ元の表情へと戻った。
「それじゃあ……取り引き成立や」
「よろしくお願いしますっ!!!!!」
商人の背後から照らされる太陽の光が逆光となり、目の前に見える商人の全てが影に飲まれ、背後からの光が眩く己の瞳に差し込まれた。
影に呑まれたその瞳は怪しげに紅く揺らめいていた。




