第66話 伝説の杖は今日もうるさい
翌朝。
俺は。
冒険者ギルドへ向かっていた。
「…………」
昨日。
ようやく。
ヴァルドさんたちの。
仲間になれた。
「…………」
……よかったな。
本当に。
『……随分と嬉しそうだな』
……まあね。
『……我のおかげでもあるのだぞ』
……そうだね。
『……何だ、その軽い返事は』
……感謝してるよ。
『……もっと心を込めぬか!』
……朝からうるさいな。
『……何だと!?』
「…………」
……今日も元気だ。
◇
ギルドに着くと。
ヴァルドさんたちは。
すでに集まっていた。
「……おはようございます!」
「おう、ノア」
ヴァルドさんが。
軽く手を上げた。
「早いな。まだ約束の時間まで余裕があるぞ」
「……はい。少し楽しみで」
「そうか」
ヴァルドさんが。
小さく笑った。
「俺たちも、新しい仲間との初仕事だからな」
「…………」
……あ。
なんか。
嬉しいな。
「……おはよう」
セレナさんが。
こちらを見た。
その隣では。
リゼさんが。
椅子にもたれている。
「……遅かったじゃない」
「……え?」
……まだ。
約束の時間前だけど。
「……冗談よ」
「…………」
……朝から。
やめてください。
「リゼ」
ヴァルドさんが。
呆れたように。
笑った。
「新人をからかうのはほどほどにしろよ」
「……ちょっと言ってみただけじゃない」
「ノアが真面目に受け取るからな」
「…………」
……そうなんですか。
ダリオさんが。
にこりと笑った。
「おはよう、ノア」
「……おはようございます!」
……ああ。
安心する。
この人だけは。
本当に。
優しい。
『……お主、また顔に出ておるぞ』
……何が?
『……分かりやすい男だ』
……放っといてくれ。
◇
「……そういえば」
セレナさんが。
俺の方を見た。
「……はい?」
「昨日から気になっていたのだけれど」
「……何ですか?」
「その杖、少し見せてもらえるかしら?」
「……これですか?」
俺は。
アストラを持ち上げた。
「ええ」
セレナさんが。
近づいてきた。
そして。
アストラを。
じっと見つめる。
「…………」
……あれ?
「……随分と、見事な杖ね」
「……ありがとうございます」
『……ふむ』
……ん?
『……なかなか見る目のある娘ではないか』
……珍しく。
機嫌がいいな。
セレナさんは。
杖の装飾を見ていた。
「……この金属細工。それに、先端の青い魔石……」
「…………」
「……普通の魔杖ではなさそうね」
……おお。
分かるんだ。
ヴァルドさんも。
興味深そうに。
こちらを見た。
「そういえば、ノアがその杖を手に入れた経緯は、まだ聞いてなかったな」
「……ああ、そうですね」
「随分と頑丈そうだとは思っていたが」
「……はい。絶対に壊れないんです」
「……絶対に?」
「……はい」
ヴァルドさんが。
少し驚いた顔をした。
「それは、ただの魔杖じゃなさそうだな」
……やっぱり。
そう思いますよね。
『……ようやく我の価値に気づき始めたか』
……まだ名前も言ってないだろ。
◇
「……ちなみに」
セレナさんが。
アストラを見つめたまま。
聞いてきた。
「……その杖に、名前はあるの?」
「……はい」
「何という名前なの?」
「……アストラです」
「…………」
「…………」
……あれ?
セレナさんが。
動かなくなった。
「……今、何て言ったの?」
「……アストラですけど」
「…………」
セレナさんが。
ゆっくりと。
俺を見た。
「……まさか」
「……はい?」
「……あの、伝説の魔杖?」
「……えっと」
……そうですけど。
「……はい」
「…………」
「…………」
……あ。
何だろう。
すごく。
驚いてる。
ヴァルドさんも。
少し目を見開いた。
「……アストラ?」
「……はい」
「確か、大賢者が使っていたという……」
「……そうらしいです」
「…………」
ヴァルドさんが。
俺の杖を見た。
「……お前、そんな大層なものを持っていたのか」
「……えっと」
……大層?
「……壊れないので、便利ですよ」
「…………」
ヴァルドさんが。
小さく笑った。
「……お前らしい答えだな」
『……笑い事ではないぞ!』
……お前、褒められて嬉しいんだな。
『……当然であろう! ようやく我の価値を理解する者が現れたのだ!』
……はいはい。
◇
「……信じられない」
セレナさんが。
小さく呟いた。
「……そんなにすごい杖なんですか?」
「……そんなに?」
「……はい」
「……あなた、本気で言っているの?」
「…………」
……あ。
怒られそう。
「魔法史にも名が残る、伝説の魔杖なのよ!」
「……はい」
「かつて大賢者が所有していたと伝えられている、あのアストラよ!」
「……そうらしいですね」
「……そうらしいですねって……!」
……あ。
やっぱり。
怒られた。
『……ふむふむ』
……ん?
アストラが。
妙に。
嬉しそうだ。
セレナさんは。
興奮した様子で。
アストラを見つめていた。
「……現存しているかどうかさえ分からなかった魔杖を、こんなところで見られるなんて……」
『……ほう』
「魔法使いなら、一度は憧れる存在なのよ」
『……うむうむ』
……おい。
お前。
完全に。
調子に乗ってるだろ。
そのとき。
『ふはははは! 分かっておるではないか!!』
「…………」
「…………」
……あ。
こいつ。
普通に喋りやがった。
◇
「……え?」
セレナさんが。
辺りを見回した。
「……今、誰か喋った?」
「…………」
……ああ。
面倒なことに。
なったな。
ヴァルドさんも。
周囲を見回していた。
「……今の声、どこから聞こえた?」
「……あの」
俺は。
アストラを持ち上げた。
「……こいつです」
「…………」
ヴァルドさんが。
杖を見た。
「……なるほど」
「…………」
……あれ?
意外と。
落ち着いてる。
「……いや、待て」
「……はい?」
「……杖が喋ったのか?」
「……はい」
「…………」
少し。
間があった。
「……俺も、長いこと冒険者をやっているが」
「……はい」
「……喋る杖は初めてだな」
……ですよね。
『……ようやく我の偉大さを理解する者が現れたか!』
「…………」
セレナさんが。
ゆっくりと。
アストラを見た。
「……まさか、本当に……」
「……はい」
俺は。
小さく頷いた。
「……今の、アストラです」
「…………」
「……はい?」
『うむ! 我こそが伝説の魔杖アストラである!』
「…………」
「…………」
……おい。
自己紹介するなら。
先に言ってくれよ。
『何を言う! 我の存在を理解する者が現れたのだぞ!』
……分かったから。
普通に喋るなって!
◇
「……ちょっと待って!」
リゼさんが。
勢いよく立ち上がった。
「……その杖が喋ってるの!?」
「……はい」
「……本当に!?」
「……はい」
『……何度も言わせるでない。我は喋れる』
「…………」
リゼさんが。
アストラを見た。
そして。
俺を見た。
「……あんた」
「……はい?」
「……こんなのと、ずっと一緒にいたの?」
「…………」
……こんなの。
『……おい、小娘! こんなのとは何だ!』
「……小娘!?」
……あ。
始まった。
「誰が小娘よ!」
『……お主以外に誰がおる!』
「……この杖、喧嘩売ってる!?」
『……先に我をこんなの呼ばわりしたのはお主だ!』
「……何よ!」
『……何だ!』
「…………」
……ああ。
どうしよう。
ヴァルドさんが。
小さく息を吐いた。
「……リゼ」
「……何よ?」
「……初日から仲間の杖と喧嘩するな」
「……だって、こいつが!」
「……アストラもだ」
『……む?』
「リゼをからかうのは、そのくらいにしてやってくれ」
『……ふむ』
少し。
間があった。
『……まあ、よかろう』
「…………」
……おお。
すごい。
あのアストラが。
素直に言うことを聞いた。
『……お主とは違い、話の分かる男だからな』
……何だよ、それ。
リゼさんが。
不満そうに。
腕を組んだ。
「……あたしは悪くないんだけど」
「……分かってる。だから、そのくらいにしておけ」
「…………」
……ヴァルドさん。
すごいな。
◇
「……それにしても」
セレナさんが。
アストラを見つめた。
「意思を持つ魔杖だなんて……」
「……珍しいんですか?」
「珍しいどころの話ではないわ」
「…………」
「少なくとも、私は実物を見たことがないもの」
……なるほど。
『……もっと褒めてもよいぞ』
……お前。
本当に。
嬉しそうだな。
セレナさんは。
少し考えてから。
俺を見た。
「……ノア」
「……はい?」
「あなた、この杖で魔物を殴っているのよね?」
「……はい」
「…………」
「…………」
……あれ?
「……伝説の魔杖を?」
「……はい」
「……鈍器として?」
「……はい」
「…………」
セレナさんが。
ゆっくりと。
額に手を当てた。
「……頭が痛くなってきたわ」
「…………」
……何でですか。
『……我も同感だ』
……お前まで!?
リゼさんが。
吹き出した。
「……あははは!」
「……何ですか?」
「いや、伝説の杖を持ってるのに、やることが殴るって!」
「…………」
……仕方ないだろ。
魔法。
飛ばないんだから。
『……我の価値をもっと理解せぬか!』
……壊れないところは。
かなり評価してるよ。
『……そこだけではない!!』
……うるさいな。
ヴァルドさんも。
少し笑った。
「……まあ、ノアにとっては、壊れないことが何より大切なんだろう」
「……はい!」
「実際、お前の戦い方には合っている」
「……そうなんです」
……おお。
分かってくれる。
『……なぜ、殴ることを前提に話を進めるのだ!』
……今さらだろ。
◇
そのとき。
ダリオさんが。
口を開いた。
「……でも、すごいことだよね」
「……え?」
「ノアには、そんな相棒がいるんだ」
「…………」
……相棒。
俺は。
アストラを見た。
『…………』
……あれ?
珍しく。
静かだ。
「……そうですね」
俺は。
少し笑った。
「……うるさいですけど」
『……余計な一言を付けるな!!』
……やっぱり。
うるさい。
ダリオさんが。
にこりと笑った。
「アストラも、これからよろしくね」
『……うむ! この男は礼儀を知っておるな!』
「……喜んでます」
「それはよかった」
……あれ?
何だろう。
ダリオさんと。
アストラ。
意外と。
仲良くなれそうだ。
ヴァルドさんが。
ダリオさんを見た。
「……お前は、あまり驚かないんだな」
「……驚いてるよ」
「……そうは見えないが」
「……でも、ノアの大切な相棒なんでしょ?」
「…………」
「だったら、仲良くしたいじゃない」
「…………」
……ああ。
やっぱり。
ダリオさん。
いい人だ。
『……うむ。実に立派な心がけだ』
……気に入ったな。
完全に。
◇
「……ところで」
ヴァルドさんが。
口を開いた。
「ノア。前から、その杖と話していたのか?」
「……はい」
「……なるほどな」
「……何がですか?」
「時々、杖を見て黙り込んでいただろう」
「…………」
……あ。
そういえば。
「……あれは、アストラと話してました」
「そうか」
ヴァルドさんが。
少し笑った。
「なら、納得だ」
……よかった。
変な人だと。
思われてなかったみたいだ。
『……すでに十分変だと思われておるだろう』
……黙ってろ。
セレナさんが。
首を傾げた。
「……でも、今まで声は聞こえなかったわ」
「……ああ、それなんですけど」
俺は。
アストラを持ち直した。
「……こいつ、念話もできるんです」
「…………」
「…………」
……あれ?
また。
止まった。
「……念話?」
セレナさんが。
聞き返した。
……あ。
また。
驚かせちゃった。
『……ふむ。やはり我は偉大だな!』
……お前は。
少し黙っててくれ。
『……なぜだ!?』
……話が。
終わらないからだよ。




