第61話 待ち人来たる
『……たまにで済めばよいがな』
……不吉なこと言うなよ!
俺は。
アストラを膝に置いたまま。
馬車に揺られていた。
がたん。
ごとん。
「…………」
……平和だ。
さっきまで。
あんな巨大な魔物と戦っていたのが。
嘘みたいだ。
右腕は。
まだ少し痛む。
でも。
回復魔法を使ったおかげで。
だいぶ楽になっていた。
……それにしても。
馬車って。
こんなに快適だったんだな。
『……お主、護衛として雇われたのではなかったか?』
……そうだよ。
『……随分とくつろいでおるな』
……怪我人だからね。
『……開き直ったか』
……仕方ないだろ。
休めって言われたんだから。
俺は。
荷台の端から。
外を眺めた。
森は。
少しずつ。
まばらになってきている。
……もうすぐかな。
◇
「……ノア!」
馬車の外から。
ボルグさんの声が聞こえた。
「……はい?」
「そろそろ街が見えてくるぞ!」
「……本当ですか!」
俺は。
思わず。
立ち上がろうとした。
がたん!
「……うわっ!」
馬車が揺れた。
俺は。
慌てて荷物に手をついた。
「……いっ!」
……痛っ!
右腕!
『……落ち着きのない男だ』
……うるさいな。
俺は。
今度こそ慎重に。
荷台の端へ移動した。
そして。
前方を見る。
「…………」
……おお。
遠くに。
大きな壁が見えた。
その向こうには。
いくつもの屋根。
高い塔。
そして。
門へ続く街道には。
何台もの馬車が並んでいた。
……街だ。
ようやく。
次の街に着いたんだ。
「……結構、大きいですね」
俺がそう言うと。
ボルグさんが笑った。
「おう! この辺りじゃ大きな街だぞ!」
「……へえ」
「冒険者ギルドもでけえし、依頼も多い!」
……ギルド。
「…………」
……そうだ。
俺。
ここに来たかった理由が。
あったんだった。
『……忘れておったのか』
……忘れてないよ。
ちょっと。
魔物が大変だっただけだ。
『……そういうことにしておこう』
……本当だって。
俺は。
遠くの街を見つめた。
……ヴァルドさん。
この街に。
いるかな。
◇
しばらくして。
馬車は。
街の門へ到着した。
門の前には。
商人や旅人が列を作っている。
衛兵が。
荷物や通行証を確認していた。
……結構。
時間かかりそうだな。
そう思っていると。
ディランさんが。
馬車の横へ来た。
「……ノア」
「……はい?」
「腕はどうだ?」
「……だいぶ良くなりました」
「そうか。ならよかった」
ディランさんは。
少し安心したように頷いた。
「ここまで来れば、護衛依頼もほぼ終わりだ」
「……そうですね」
……あ。
もう終わりなのか。
思い返せば。
短い間だったけど。
結構。
いろいろあったな。
魔物と戦って。
根っこに追いかけ回されて。
一人で残って。
幹を吹き飛ばして。
燃やして。
「…………」
……いろいろありすぎじゃないか?
『……ほとんどお主が原因ではないか』
……俺のせいじゃないだろ!
魔物が。
襲ってきたんだから!
ディランさんは。
そんな俺を見て。
少し笑った。
「……どうした?」
「……いえ。何でもないです」
「そうか」
……危ない。
また。
一人で変なこと言うところだった。
◇
門での確認を終え。
俺たちは。
街の中へ入った。
「…………」
……おお。
広い。
街道から続く大通りには。
たくさんの店が並んでいる。
武器屋。
防具屋。
食堂。
宿屋。
そして。
冒険者らしい人たちも。
かなり多い。
「……すごいですね」
「だろ?」
ボルグさんが。
得意そうに笑った。
「東へ向かう連中が集まる街だからな!」
……東へ向かう冒険者。
だったら。
ヴァルドさんも。
立ち寄っているかもしれない。
……いや。
待てよ。
あの人。
結構前に出発してるんだよな。
もう。
次の街へ行ってる可能性もある。
「…………」
……頼む。
いてくれ。
『……随分と必死だな』
……当たり前だろ。
ここまで。
追いかけてきたんだから。
◇
馬車は。
大通りを進み。
商人たちが集まる広場へ入った。
マルクさんが。
馬車を止める。
「皆さん! お疲れさまでした!」
「おう!」
ボルグさんが。
元気よく返事をした。
ディランさんも。
頷く。
俺は。
荷台から。
ゆっくり降りた。
……よいしょ。
「…………」
……よし。
今度は。
腕を痛めなかった。
『……それくらいで喜ぶな』
……いいだろ。
小さな成長だよ。
マルクさんが。
俺たちの前へやってきた。
「今回の護衛、本当にありがとうございました」
そう言って。
深く頭を下げた。
「途中で大変なこともありましたが、皆さんのおかげで無事に到着できました」
「……いえ」
ディランさんが。
首を横に振った。
「こちらこそ、全員無事に着けてよかったです」
「本当にそうですね」
マルクさんは。
俺を見た。
「……特に、ノアさん」
「……はい?」
「あなたには、大変な危険を負わせてしまいました」
「……いえ。そんな」
「それでも、馬車を守ってくださった。本当に感謝しています」
「…………」
……何だろう。
改めて言われると。
照れるな。
「……俺も、無事に帰ってこられたので」
「ええ。本当によかった」
マルクさんは。
穏やかに笑った。
◇
その後。
俺たちは。
冒険者ギルドへ向かった。
護衛依頼の完了を。
報告するためだ。
「……おお」
ギルドの建物は。
今まで見た中でも。
かなり大きかった。
入口には。
大きな看板。
その下を。
何人もの冒険者が。
出入りしている。
……ここなら。
ヴァルドさんの情報も。
ありそうだな。
中へ入ると。
広い受付。
依頼の掲示板。
奥には。
食堂まであった。
……すごい。
俺は。
つい。
きょろきょろしてしまった。
『……田舎者丸出しだな』
……うるさい。
初めて来たんだから。
仕方ないだろ。
ディランさんが。
受付へ向かった。
マルクさんも。
一緒に進む。
「護衛依頼の完了報告をお願いします」
受付の女性が。
書類を確認した。
「はい。商隊の到着を確認しました」
……お。
終わった。
「こちらが報酬になります」
受付の女性が。
袋を差し出した。
ディランさんが受け取り。
俺たちに。
報酬を分けてくれた。
「……ノア」
「……はい?」
「お前の分だ」
「……ありがとうございます!」
俺は。
袋を受け取った。
……おお。
ちゃんと。
護衛の報酬だ。
「…………」
……あれ?
袋を持った感触が。
思っていたより。
少し重い。
「……ディランさん」
「ん?」
「……これ、多くないですか?」
「……ああ」
……ああ?
ディランさんは。
少し笑った。
「マルクさんから、追加の謝礼が出ている」
「……え?」
「商隊を救ってくれた礼だそうだ」
「…………」
……え。
「……でも」
「受け取っておけ」
「…………」
……いいのかな。
マルクさんを見ると。
笑顔で頷いていた。
「……ありがとうございます」
俺は。
もう一度。
頭を下げた。
……なんだか。
すごく。
得をした気分だ。
『……命懸けだったのだから、当然の報酬だろう』
……そう言われると。
そうなんだけど。
……もう一回。
あんな魔物と戦えって言われたら。
絶対に嫌だな。
『……我も御免だ』
……そこは同意見だ。
◇
「……さて」
ディランさんが。
俺たちを見た。
「これで依頼は完了だ」
「おう!」
ボルグさんが。
大きく頷いた。
エリスさんも。
ほっとしたように笑った。
「……ノア」
「……はい?」
「お前は、これからどうする?」
……これから。
俺は。
少し考えた。
「……探している人がいるんです」
「探している人?」
「……はい」
「この街にいるのか?」
「……まだ、分かりません」
……そうなんだよな。
ここにいるかどうか。
確認しないと。
「……東へ向かった冒険者なんです」
ディランさんが。
頷いた。
「なるほど。それで東へ向かっていたのか」
「……はい」
「なら、まずはギルドで聞いてみるといい」
「……そうします」
ボルグさんが。
俺の背中を。
軽く叩いた。
「見つかるといいな!」
「……はい!」
……あ。
今回は。
優しく叩いてくれた。
『……学習したようだな』
……お前。
本当に。
余計なことばっかり言うな。
◇
「……ノアさん」
エリスさんが。
俺のところへ来た。
「……はい?」
「腕、まだ痛みますか?」
「……少しだけです」
「……そうですか」
エリスさんは。
少し安心したように笑った。
「……無理しないでくださいね」
「……はい」
「あと、火魔法のことですけど」
「……あ」
……そうだった。
練習。
手伝ってくれるって。
言ってたんだ。
「……せっかく、教えてもらえると思ったんですけど」
俺がそう言うと。
エリスさんは。
首を横に振った。
「また機会があれば、一緒に練習しましょう」
「……いいんですか?」
「もちろんです」
……おお。
「……ありがとうございます!」
エリスさんは。
にこりと笑った。
「それに、ノアさんなら、きっともっと上手くなれますよ」
「…………」
……何だろう。
すごく。
嬉しい。
「……頑張ります」
「はい!」
……あ。
やっぱり。
綺麗な人だな。
『……顔が緩んでおるぞ』
……うるさい。
……本当に。
うるさい。
◇
「……じゃあ、俺たちは宿を探すか」
ディランさんが言った。
「おう! 腹も減ったしな!」
ボルグさんが。
元気よく答えた。
「……さっきも食べたいって言ってませんでした?」
エリスさんが笑う。
「動けば腹は減るんだよ!」
……それは。
そうかもしれない。
ディランさんが。
俺に向き直った。
「……ノア」
「……はい?」
「短い間だったが、助かった」
「……こちらこそ。ありがとうございました」
「……次に会うときは、もう少し無茶をしないようにな」
「…………」
……努力します。
「……はい」
ディランさんは。
少し笑った。
「またな」
「……はい!」
ボルグさんも。
大きく手を振った。
「元気でな! ノア!」
「……はい!」
エリスさんも。
笑顔で手を振ってくれた。
「また会いましょうね」
「……はい!」
三人が。
ギルドの出口へ歩いていく。
俺は。
その背中を見送った。
「…………」
……いい人たちだったな。
『……うむ』
……また。
会えるといいな。
『……そうだな』
……珍しく。
素直だな。
『……我にも、その程度の情はある』
……そうか。
俺は。
少し笑った。
◇
「…………」
さて。
これから。
どうするか。
……いや。
決まってる。
俺は。
受付へ向かった。
「あの、すみません」
「はい。どうされましたか?」
受付の女性が。
こちらを見た。
「……冒険者を探しているんです」
「冒険者の方ですか?」
「……はい」
「お名前は分かりますか?」
……よし。
俺は。
少し背筋を伸ばした。
「……ヴァルドさんです」
「ヴァルドさん?」
「……はい。大剣を使う冒険者で」
受付の女性が。
少し考えるように。
首を傾げた。
「……大剣使いのヴァルドさんですね」
「……はい!」
……知ってる?
知ってるのか?
受付の女性は。
頷いた。
「……その方なら、存じていますよ」
「…………」
……え?
「……本当ですか!?」
「はい」
……おお!
「……今、どこにいるか分かりますか!?」
思わず。
身を乗り出した。
受付の女性が。
少し驚いた顔をした。
「……あ、すみません」
……落ち着け。
落ち着け、俺。
『……落ち着いておらぬな』
……分かってるよ!
受付の女性は。
小さく笑った。
「ヴァルドさんなら、現在この街に滞在されています」
「…………」
……え?
「……この街に?」
「はい」
「……本当に?」
「ええ」
「…………」
……いた。
いたんだ。
ここに。
「…………」
……ようやく。
追いついた。
俺は。
思わず。
アストラを握りしめた。
「……いっ!」
……痛っ!
……そうだった。
右腕。
まだ痛いんだった。
『……締まらぬ男だな』
……今はいいだろ!
俺は。
受付の女性を見た。
「……あの!」
「はい?」
「……ヴァルドさんに、会いたいんですけど!」
受付の女性が。
頷いた。
「では、こちらで伝言をお預かりしましょうか」
「……伝言?」
「はい。ヴァルドさんは、ギルドによく顔を出されますから」
……なるほど。
俺は。
少し考えた。
「……じゃあ、ノアが来たって伝えてもらえますか?」
「ノアさん、ですね」
「……はい!」
受付の女性が。
名前を書き留めた。
「承知しました」
「……ありがとうございます!」
俺は。
深く頭を下げた。
……よし。
これで。
会える。
「…………」
……長かったな。
一人で。
森を歩いて。
魔物と戦って。
街を越えて。
護衛依頼まで受けて。
……ようやく。
ヴァルドさんがいる街まで来た。
『……まだ会えてはおらぬぞ』
……分かってるよ。
でも。
もう少しだ。
俺は。
ギルドの入口へ向かった。
……今日は宿を取ろう。
それから。
明日。
またここへ来よう。
「…………」
……ヴァルドさん。
俺のこと。
覚えてるかな。
『……あれだけ妙な魔法使いを、そう簡単に忘れはせぬだろう』
「…………」
……褒められてる?
『……さあな』
……まあ。
いいか。
俺は。
ギルドの外へ出た。
見上げた空は。
少しずつ。
夕焼けに染まり始めていた。
「…………」
……明日か。
ようやく。
会えるかもしれない。
俺は。
小さく息を吐いた。
……よし。
今度こそ。
ちゃんと。
仲間に入れてもらおう。
『……その前に、腕を治しておけ』
……分かってるよ!
……本当に。
最後まで。
うるさい杖だな。




