第59話 杖で殴っただけなんです
……ああ。
これ。
やっぱり。
説明するのが。
大変なやつだ。
「……ノア」
「……はい?」
ディランさんが。
俺を見ていた。
「……本当に、倒したんだな?」
「……はい」
「…………」
……またか。
『……気持ちは分からぬでもない』
……お前まで。
ディランさんは。
周囲を見渡した。
倒れた木々。
焼け焦げた地面。
そして。
巨大な魔物の残骸。
「……一体、どうやって?」
「……杖で殴りました」
「…………」
「……それは、見れば分かる」
……え?
分かるの?
だったら。
説明しなくても。
『……最後まで聞け』
……はい。
「俺が聞きたいのは、どうやってあの再生を止めたかだ」
「……ああ」
……そっちか。
俺は。
焼け焦げた幹を見た。
「……最後は、火魔法で燃やしました」
「火魔法?」
エリスさんが。
顔を上げた。
「……はい」
「でも、ノアさんの魔法は……」
「……飛ばせません」
「……ですよね」
……何だろう。
自分で言うたびに。
少し悲しくなる。
◇
「……どうやって燃やしたんですか?」
エリスさんが。
興味深そうに聞いてきた。
「……杖の先に炎を集めて」
「……はい」
「……そのまま、幹に突き刺しました」
「…………」
「…………」
……あれ?
エリスさんが。
固まった。
「……炎を、集めたんですか?」
「……はい」
「……どのくらい?」
「……小さくです」
「…………」
……説明が。
難しい。
俺は。
アストラの先端を見た。
「……炎を大きくするんじゃなくて、先端に集中させたんです」
「…………」
エリスさんの目が。
少し大きくなった。
「……それって」
「……はい?」
「昨日、話したことですか?」
「……そうです!」
……そうだった。
エリスさんの。
おかげなんだ。
「……あの話を聞いて、やってみたんです」
「……え?」
「……魔力を、一か所に集めるやつです」
「…………」
エリスさんは。
俺を見たまま。
黙ってしまった。
……あれ?
もしかして。
何か。
間違えた?
「……ノアさん」
「……はい」
「……できたんですか?」
「……少しだけ」
「……少し?」
「……数秒くらいしか、保てませんでした」
「…………」
エリスさんが。
大きく息を吐いた。
「……すごいです」
「……え?」
「……すごいですよ、それ!」
……え?
「魔力を集中させるのって、そんなに簡単なことじゃないんです!」
「……そうなんですか?」
「そうですよ!」
……そうだったのか。
「……でも」
俺は。
アストラを見た。
「……俺、魔法が飛ばないので」
「……はい?」
「……杖先に魔力を集めるのは、得意なはずだと思ったんです」
「…………」
エリスさんが。
アストラを見た。
そして。
もう一度。
俺を見る。
「……なるほど」
……お。
伝わった?
「……でも、普通はそんな発想になりませんよ」
「……そうですか?」
「……はい」
……そうなのか。
俺には。
それしか。
できないんだけど。
『……そこが、お主らしいところだな』
……褒めてる?
『……さあな』
……おい。
◇
「……ちょっと待ってくれ」
横から。
声がした。
振り向くと。
さっきの剣士が。
立っていた。
……あ。
そういえば。
この人たちもいた。
「……お前、魔法を飛ばせないんだよな?」
「……はい」
「なのに、あの魔物を倒したのか?」
「……はい」
「……杖で?」
「……はい」
「…………」
……また。
同じ話になってる。
剣士は。
額に手を当てた。
「……いや、待て。頭を整理させてくれ」
……どうぞ。
「最初に、あの巨大な魔物を……」
「……殴って、粉々にしました」
「…………」
「……それで?」
「……再生しました」
「……再生したのか」
「……はい」
剣士が。
焼け焦げた幹を見た。
「……それで、火魔法を使ったんだな?」
「……はい」
「……杖で殴って?」
「……正確には、突き刺しました」
「…………」
「…………」
……あれ?
何か。
変なこと言った?
弓使いが。
隣で。
小さく笑った。
「……なるほどな」
「……何がだよ」
剣士が。
弓使いを見る。
「……俺たちは、普通の魔法使いを探してたんだろ?」
「……ああ」
「……こいつは、普通じゃないってことだ」
「…………」
……え?
それ。
どういう意味?
『……文字どおりであろう』
……ひどいな。
◇
「……なあ」
剣士が。
改めて。
俺に向き直った。
「……はい?」
「ギルドで、お前を断ったこと、覚えてるか?」
「…………」
……覚えてますとも。
忘れようにも。
忘れられません。
「……はい」
「……俺たちが探していたのは、離れた場所から援護できる魔法使いだった」
「……はい」
「だから、お前には向かないと思った」
「……分かってます」
……実際。
そうだと思う。
俺は。
遠くの敵を。
魔法で攻撃できない。
だから。
普通の護衛では。
使いにくいはずだ。
剣士は。
少し言葉を探してから。
続けた。
「……でも、こんな戦い方ができるとは思わなかった」
「…………」
「……魔法が飛ばせなくても、強い魔法使いはいるんだな」
「…………」
……あ。
俺は。
思わず。
アストラを見た。
『……どうした』
……いや。
何でもない。
「……ありがとうございます」
俺は。
小さく頭を下げた。
……何だろう。
少しだけ。
胸が。
軽くなった気がする。
◇
「……それにしても」
ボルグさんが。
突然。
大きな声を出した。
「ノア! お前、あれを一人で倒したのか!」
「……はい」
「がっはっはっ!」
……え?
「すげえじゃねえか!」
ばしんっ!
「……いっ!」
背中を。
思いきり叩かれた。
……痛い!
「おお! 悪い悪い!」
……悪いと思ってないだろ。
『……元気な男だな』
……そうだな。
ボルグさんは。
残骸の方へ歩いていった。
「……しかし、こりゃあ……」
太い根を。
足で軽く動かす。
ぼろっ。
根が。
崩れた。
「……完全に焼けてやがる」
「……そうですね」
ディランさんも。
近づいてきた。
「……俺たちが攻撃しても、すぐに再生していたのにな」
「……はい」
「……それを、一人で」
「…………」
……あ。
また。
何か言われそう。
ディランさんは。
しばらく。
残骸を見ていた。
そして。
俺に向き直った。
「……ノア」
「……はい」
「……まず、礼を言わせてくれ」
「……え?」
「お前が残ってくれたおかげで、商隊は逃げられた」
「…………」
「マルクさんも、馬車も、無事だ」
「……本当ですか!」
「ああ」
……よかった。
本当に。
よかった。
……それなら。
残った意味は。
あったんだ。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのは、こっちだ」
ディランさんは。
少し笑った。
でも。
すぐに。
真剣な顔になった。
「……ただし」
「……はい?」
「次は、あんな無茶をする前に、もっと俺たちを頼れ」
「…………」
……あ。
怒られるやつだ。
「お前が残るしかない状況になったのは、俺の判断にも責任がある」
「……そんなこと」
「……だが、助かったからといって、次も同じことをしていいわけじゃない」
「…………」
……そうだな。
今回は。
たまたま。
勝てただけだ。
「……はい」
「……分かればいい」
ディランさんは。
俺の肩を。
軽く叩いた。
「……よく生きていてくれた」
「…………」
……ああ。
何だろう。
その言葉が。
妙に。
嬉しかった。
◇
「……ところで」
弓使いが。
街道の方を見た。
「俺たちも、商隊を待たせてるんだ」
「……ああ、そうだったな」
剣士が。
頷いた。
「街道が通れるか確認して、戻らないといけない」
「……そうですね」
ディランさんが。
周囲を見渡した。
「……倒れた木が、道を塞いでいる場所もありそうだ」
「……あ」
……そうだった。
俺が。
吹き飛ばした木。
何本も。
倒れてるんだよな。
「…………」
……これ。
片付けるの。
大変そう。
『……お主がやったことだぞ』
……分かってるよ。
「……あの」
俺は。
恐る恐る。
手を上げた。
「……片付け、手伝います」
ディランさんが。
俺を見た。
「……その腕でか?」
「…………」
……あ。
そうだった。
まだ。
少し痛い。
「……でも、土魔法なら」
「……無理はするな」
「……はい」
……怒られた。
ボルグさんが。
笑いながら。
俺の肩を叩こうとした。
「……っ!」
思わず。
身構えた。
「……お?」
「……いえ、何でもないです」
……もう。
叩かないでください。
◇
その後。
俺たちは。
街道の様子を確認した。
幸い。
馬車が通る場所には。
大きな木は。
倒れていなかった。
ただ。
道の端には。
折れた枝や。
土の塊が。
転がっていた。
それらを。
ボルグさんたちが。
片付けていく。
俺も。
小さな枝を。
拾おうとした。
「……いっ!」
……痛っ。
「ノアさん!」
エリスさんが。
駆け寄ってきた。
「……無理しないでください!」
「……すみません」
……あ。
近い。
しかも。
すごく。
心配そうな顔をしている。
「……回復魔法、使えるんですよね?」
「……はい」
「……でも、まだ痛いんですよね?」
「……はい」
「……だったら、休んでいてください」
「…………」
……はい。
俺は。
大人しく。
街道の脇に座った。
『……素直ではないか』
……エリスさんに。
あんな顔で言われたら。
逆らえないだろ。
『……なるほどな』
……何が?
『……いや、何でもない』
……何だよ。
◇
しばらくして。
剣士と弓使いが。
こちらへ戻ってきた。
「……じゃあ、俺たちは先に商隊へ戻る」
「……はい」
「……お前も、無事でよかったな」
「……ありがとうございます」
剣士は。
少しだけ。
笑った。
「……次に魔法使いを探すときは、もう少し話を聞くことにするよ」
「…………」
……あ。
「……はい」
……それ。
ちょっと。
嬉しいな。
弓使いも。
手を上げた。
「……じゃあな。無茶するなよ」
「……はい」
二人は。
街道の方へ。
歩いていった。
俺は。
その背中を見送った。
「…………」
……いつか。
見返してやる。
あの日。
そう思った。
でも。
実際に再会してみたら。
何だか。
思っていたのと。
少し違った。
……別に。
謝ってほしかったわけじゃない。
ただ。
俺にも。
できることがあるって。
知ってほしかった。
「…………」
……伝わったかな。
『……少なくとも、以前とは見方が変わったようだな』
……そうだな。
俺は。
アストラを。
軽く握り直した。
……よし。
◇
「……ノア!」
ディランさんの声がした。
「……はい?」
「……そろそろ、戻るぞ」
「……分かりました!」
俺は。
ゆっくりと。
立ち上がった。
……痛っ。
まだ。
身体が重い。
でも。
歩けないほどじゃない。
ボルグさんが。
大きな盾を担いで。
笑っていた。
「……帰ったら、今日の話を聞かせろよ!」
「……え?」
「一人であんな魔物を倒したんだろ? 詳しく聞きてえ!」
「……ああ」
……そうだった。
まだ。
説明。
終わってないんだった。
エリスさんも。
こちらを見た。
「……私も、火魔法のこと、もっと聞きたいです」
「……え?」
……そっちも?
ディランさんまで。
口を開いた。
「……俺も、どうやってあの幹を粉々にしたのか聞きたいな」
「…………」
……ええ。
全員?
『……人気者ではないか』
……そういう問題じゃない。
俺は。
アストラを見た。
そして。
深く。
ため息をついた。
……これ。
帰るまで。
ずっと。
質問されるやつだ。
『……自業自得だな』
……何でだよ!
俺は。
三人の後を追って。
街道へ歩き出した。
……まあ。
でも。
悪くないか。
少しだけ。
そう思った。




