第55話 発言は計画的に
地面が。
大きく盛り上がった。
「……え?」
次の瞬間。
ばきっ!
土を突き破って。
何かが飛び出した。
太い。
木の根だった。
「全員、下がれ!」
ディランさんが叫ぶ。
剣が振り抜かれ。
迫ってきた根を切断した。
だが。
一本ではない。
二本。
三本。
次々と。
地面から根が飛び出してくる。
「うおっ!?」
ボルグさんが。
馬車の前へ飛び出した。
がんっ!
大盾に。
太い根が叩きつけられる。
「……何だこいつは!」
「ボルグさん!」
エリスさんが。
杖を構えた。
「《風刃》!」
風の刃が。
根を切り裂く。
俺も。
アストラを握り直した。
……木の根。
……だよな?
『……見れば分かる』
……いや。
普通。
木の根って。
こんなに動かないだろ。
『……普通の木ではないということだ』
……それは。
分かるけど!
俺の足元からも。
根が飛び出した。
「……うわっ!」
咄嗟に。
横へ跳ぶ。
さっきまで立っていた場所を。
太い根が貫いた。
……危なっ!
『……ぼんやりするな!』
「……分かってる!」
俺は。
アストラに魔力を込めた。
そして。
目の前の根を。
思いきり殴った。
ごきっ!
根が折れた。
……よし。
木なら。
殴れば折れる。
当たり前だ。
……いや。
木の根と戦ってる時点で。
何も当たり前じゃないけど。
「ノア! 馬車から離れるな!」
ディランさんの声が飛ぶ。
「……はい!」
俺は。
馬車の右側へ戻った。
そのとき。
妙なものが見えた。
……あれ?
さっき。
ディランさんが切った根。
切り口から。
細いものが伸びている。
それが。
少しずつ。
太くなって。
「……え?」
……戻ってる?
「ディランさん!」
「何だ!」
「……根が、再生してます!」
「……何?」
ディランさんが。
地面を見た。
そして。
顔をしかめた。
「……厄介だな」
その直後。
街道を塞いでいた倒木が。
ずるり。
動いた。
「…………」
……え?
倒木の下から。
何本もの根が伸びる。
根が。
地面を掴み。
巨大な幹を。
ゆっくりと。
持ち上げた。
「……おいおい」
ボルグさんが呟く。
倒木だと思っていたものは。
倒木ではなかった。
巨大な。
植物の魔物だった。
幹のような胴体。
枝のように伸びた腕。
地面を這う無数の根。
……でかい。
俺の背丈なんて。
軽く超えている。
「……何ですか、あれ」
「……俺も初めて見る」
ディランさんが。
剣を構え直した。
「エリス! 馬車に近づけるな!」
「はい!」
「ボルグ! 御者を守れ!」
「おう!」
「ノア! 俺と一緒に胴体を狙うぞ!」
「……はい!」
……胴体。
あれだけ大きければ。
当てられる。
多分。
『……油断するなよ』
……分かってる。
◇
ディランさんが。
先に駆け出した。
植物の魔物が。
枝のような腕を振り下ろす。
「……遅い!」
ディランさんは。
横へかわし。
腕を斬りつけた。
ばきっ!
太い枝が。
地面に落ちる。
……すごい。
俺だったら。
あんなに綺麗には斬れない。
『……お主は斬る必要がないだろう』
……まあ。
そうだけど。
「ノア! 今だ!」
「……はい!」
ディランさんが。
魔物の注意を引いている。
俺は。
その隙に。
胴体へ近づいた。
アストラを握る。
魔力を込める。
いつもと同じ。
殴るための魔力だ。
「……よし!」
俺は。
力いっぱい振り抜いた。
ごっ!!
巨大な幹に。
アストラがめり込んだ。
次の瞬間。
ばきばきばきっ!
幹が。
大きく砕けた。
破片が飛び散り。
魔物の上半身が。
崩れ落ちる。
「…………」
……おお。
思ったより。
簡単に壊れた。
『……木だからな』
……木だもんな。
「……おい、ノア」
ディランさんが。
俺を見ていた。
「……何ですか?」
「……今の、普通の攻撃か?」
「……はい」
「…………」
……あれ?
何か。
変なことした?
「……なるほどな」
ディランさんが。
小さく呟いた。
「昨日の模擬戦で、魔力を使わせなくて正解だった」
「…………」
……確かに。
『……我の真価を見せる機会ではあったがな』
……いや。
人相手に見せちゃ駄目だろ。
「やったか!?」
ボルグさんの声がした。
……あ。
その言葉。
何となく。
嫌な予感がする。
『……ノア』
……うん。
地面が。
動いていた。
砕け散った幹の下から。
新しい根が伸びている。
一本。
二本。
それらが絡まり。
太くなり。
やがて。
幹の形を作り始めた。
「…………」
……え?
「……再生してる?」
『……そのようだな』
……いやいや。
ちょっと待て。
あれだけ。
粉々にしたんだぞ?
「……くそっ!」
ディランさんが。
再び斬りかかる。
だが。
斬った枝の根元から。
また新しい枝が伸びる。
「……きりがない!」
「ディランさん!」
エリスさんが叫んだ。
「火魔法を使います!」
「頼む!」
エリスさんが。
杖を構える。
「《火球》!」
炎が飛んだ。
魔物の胴体に命中する。
ぼうっ!
乾いた木の表面が。
燃え上がった。
「ギィィィッ!!」
……鳴いた?
今まで。
ほとんど声を出さなかった魔物が。
大きく身体を震わせた。
燃えた部分から。
黒い煙が上がる。
そして。
……あれ?
「……再生してない?」
いや。
正確には。
再生しようとしている。
でも。
さっきより。
明らかに遅い。
「……火だ!」
俺は叫んだ。
「火で焼いたところだけ、再生が遅いです!」
「……なるほど!」
ディランさんが頷く。
「エリス! 火魔法を続けろ!」
「はい!」
再び。
炎が飛ぶ。
魔物の枝が燃えた。
……効いてる。
このまま。
燃やせば。
倒せるんじゃないか?
そう思った。
そのとき。
ずずずっ。
地面が。
大きく動いた。
魔物の根が。
一斉に伸び始めた。
しかも。
向かった先は。
俺たちではない。
「……馬車だ!」
太い根が。
車輪へ巻きついた。
「うおおっ!」
ボルグさんが。
盾で根を押し返す。
ディランさんも。
急いで馬車へ戻った。
「エリス! 馬車の近くに火を出すな!」
「……はい!」
エリスさんが。
杖を下ろしかけた。
馬車には。
荷物が積まれている。
布も。
木箱も。
大量にある。
……燃える。
あんなところに。
大きな炎を出したら。
魔物だけじゃなく。
荷物まで燃えてしまう。
「……まずいな」
ディランさんが。
低く呟いた。
魔物は。
根を伸ばし続けている。
まるで。
俺たちが火を使えないように。
馬車の周囲へ。
集まっているみたいだった。
『……妙に賢いな』
……ああ。
こいつ。
ただ暴れているだけじゃない。
◇
「馬車を動かすぞ!」
ディランさんが叫んだ。
「この場にいたら、根に囲まれる!」
「だが、車輪が!」
ボルグさんが。
根を盾で押さえながら答える。
「俺が切る!」
ディランさんが。
車輪に絡んだ根を斬る。
一本。
二本。
だが。
すぐに別の根が伸びてくる。
……駄目だ。
このままじゃ。
きりがない。
俺は。
魔物のほうを見た。
幹は。
もう半分以上。
元に戻っている。
……再生が早すぎる。
それに。
変なことがある。
さっき。
俺が胴体を殴ったとき。
魔物の根が。
一斉に俺へ向かってきた。
ディランさんが斬りつけたときも。
同じだ。
……もしかして。
こいつ。
自分を攻撃する相手を。
優先して狙っている?
『……あり得るな』
……だよな。
試してみるか。
俺は。
馬車から少し離れた。
「ノア! どこへ行く!」
「……ちょっと、試したいことが!」
「勝手に動くな!」
……すみません!
でも。
確認したい。
俺は。
魔物の胴体へ近づいた。
根が伸びてくる。
一本をかわし。
もう一本を。
アストラで叩き折る。
そして。
幹を殴った。
ごっ!
木片が飛び散る。
直後。
地面が。
ぼこぼこと盛り上がった。
……来た!
俺の周囲へ。
何本もの根が伸びてくる。
さっきまで。
馬車を狙っていた根の一部まで。
こちらへ向きを変えた。
「……やっぱり」
『……お主を狙っておるな』
……ああ。
こいつ。
強く攻撃してくる相手を。
放っておけないんだ。
……なら。
俺が。
攻撃し続ければ。
馬車を逃がせるんじゃないか?
「ノア! 戻れ!」
ディランさんが叫ぶ。
俺は。
馬車を見た。
マルクさんが。
必死に馬を落ち着かせている。
ボルグさんは。
根を受け止め続けていた。
エリスさんも。
馬車の近くでは。
大きな火魔法を使えない。
……このままじゃ。
全員。
危ない。
……怖い。
一人旅のときは。
危なくなったら。
逃げればよかった。
でも。
今は。
俺が逃げたら。
馬車が逃げられない。
俺は。
もう一度。
魔物を見た。
……こいつを。
倒せるか?
分からない。
……でも。
引きつけるだけなら。
何とかなるかもしれない。
そう考えた瞬間。
口が。
勝手に動いていた。
「……先に行ってください」
「……何?」
ディランさんが。
俺を見た。
「……俺が、ここで足止めします」
「……馬鹿を言うな!」
……ですよね。
俺も。
そう思います。
「お前一人でどうするつもりだ!」
「……分かりません」
「……は?」
「……でも、馬車がここにいたら、全員危ないです」
「…………」
「……俺が攻撃すると、こいつは俺を狙います」
俺は。
近づいてきた根を。
アストラで叩き折った。
「……その間に、馬車を逃がしてください」
「ノア!」
エリスさんが。
こちらを見た。
「一人では危険です!」
「……はい」
……分かってる。
そんなこと。
言われなくても。
分かってる。
「駄目だ!」
ディランさんが。
剣を構え直した。
「全員で退く! ボルグ、車輪の根を押さえろ! エリス、後方の根を牽制!」
「おう!」
「はい!」
ディランさんが。
俺の横へ駆け寄ってきた。
「ノア、お前も戻れ! 俺が退路を作る!」
「……はい!」
俺は。
いったん馬車へ戻ろうとした。
だが。
その瞬間。
ばきっ!
馬車の下から。
新しい根が飛び出した。
「うわっ!」
馬が。
激しくいななく。
マルクさんが。
必死に手綱を引く。
ディランさんが。
根を切り払う。
ボルグさんも。
盾で押し返した。
だが。
一本を防ぐ間に。
別の根が伸びてくる。
「……くそっ!」
ディランさんが。
歯を食いしばった。
「このままじゃ、馬車が動かせねえ!」
ボルグさんが叫ぶ。
……やっぱり。
全員で逃げるのは。
無理なのか。
そのとき。
魔物の太い根が。
再び俺へ伸びてきた。
「……っ!」
俺は。
馬車から離れるように走った。
根が。
地面を裂きながら。
追いかけてくる。
……来い!
俺は。
もう一度。
魔物の胴体へ踏み込んだ。
ごっ!!
幹が。
大きく砕けた。
「ギィィィッ!!」
地面が。
ぼこぼこと盛り上がる。
馬車の周囲にあった根の一部が。
俺の方へ向きを変えた。
……やっぱり!
「ディランさん!」
俺は。
振り返った。
「……今です!」
ディランさんが。
馬車の周囲を見た。
「…………」
根が。
少しだけ減っている。
だが。
まだ。
車輪には絡みついていた。
「……くそっ」
ディランさんが。
何かを考えるように。
魔物と馬車を見比べた。
「……ボルグ!」
「何だ!」
「ノアが引きつけている間に、車輪を自由にできるか!」
「……やってやる!」
ボルグさんが。
盾を構え直した。
ディランさんが。
俺を見た。
「ノア! まだ戻るな! だが、無茶はするなよ!」
「……はい!」
……戻るなって。
言われた。
……つまり。
本当に。
俺が引きつけるしかないんだな。
『……覚悟を決めよ』
……いや。
もう決めるしかないだろ。
◇
俺は。
魔物の正面へ回り込んだ。
「……こっちだ!」
アストラを振るう。
ごきっ!
枝が折れる。
魔物の根が。
俺へ向かって伸びる。
……よし。
馬車から。
離れてきている。
魔物は。
砕けた幹を再生させながら。
俺の方へ。
ゆっくりと移動した。
根を。
一本ずつ地面から引き抜き。
また別の場所へ突き刺す。
……あ。
動けるのか。
こいつ。
『……今さら気づいたか』
……倒木のふりしてたくらいだからな。
でも。
これで。
街道の真ん中が。
少し空いた。
馬車の前方にも。
通れそうな隙間ができている。
「……ディランさん!」
「……見えている!」
ディランさんが。
剣を振るい。
車輪に絡んだ根を切り払った。
「エリス! 馬車から離れた根を焼け!」
「はい!」
炎が飛ぶ。
俺の方へ伸びていた根の一部が。
燃え上がった。
「ギィィッ!」
根の動きが。
一瞬止まる。
その隙に。
ボルグさんが。
大盾で残った根を押しのけた。
「……よし! 車輪が動くぞ!」
「マルクさん! 馬車を前へ!」
「は、はい!」
馬車が。
ぎしりと動いた。
……よかった。
通れる。
だが。
根は。
まだ俺を囲んでいる。
一本を折っても。
また伸びてくる。
……俺が馬車へ戻れば。
こいつも。
追いかけてくるかもしれない。
「ディランさん!」
俺は。
もう一度叫んだ。
「……このまま、先に行ってください!」
「……ノア!」
「……俺が引きつけている間なら、逃げられます!」
ディランさんが。
剣を握りしめた。
「……くそっ」
「……お願いします!」
……怖い。
正直。
ものすごく。
怖い。
でも。
今は。
ここに残るしかない。
ディランさんは。
一度。
馬車の方を見た。
マルクさんが。
必死に手綱を握っている。
ボルグさんは。
馬車を守りながら。
こちらを見ていた。
エリスさんも。
杖を構えたまま。
動こうとしない。
「…………」
ディランさんが。
深く息を吐いた。
「……分かった」
「ディラン!」
ボルグさんが叫ぶ。
「こいつを一人にするのか!」
「……商隊を守る」
ディランさんが。
低い声で答えた。
「俺たちの仕事だ」
「……くそっ!」
ボルグさんが。
盾を握り直す。
エリスさんは。
何かを言いかけて。
口を閉じた。
……すみません。
本当に。
「……ノア」
ディランさんが。
俺に近づこうとした。
だが。
魔物の根が。
その間を遮った。
「……無理に倒そうとするな! 隙ができたら逃げろ!」
「……はい!」
「……それから」
ディランさんが。
俺を見た。
「……必ず迎えに戻る!」
「…………」
……迎えに。
来てくれるのか。
「……はい!」
俺は。
大きく頷いた。
「……待ってます!」
「……死ぬなよ!」
「……はい!」
ディランさんが。
馬車へ戻った。
「出せ!」
馬車が。
ゆっくりと動き始めた。
ボルグさんが。
最後まで。
こちらを見ていた。
「ノア! 絶対に生きてろよ!」
「……はい!」
エリスさんも。
振り返った。
「……ノアさん!」
「……はい!」
「……必ず、戻りますから!」
「…………」
……ああ。
そうか。
この人たち。
本当に。
戻ってきてくれるつもりなんだ。
「……ありがとうございます!」
俺は。
アストラを握り直した。
馬車を追おうとした根を。
叩き折る。
ごきっ!
「……お前の相手は、こっちだ!」
……あ。
今の。
ちょっと。
格好よかったかもしれない。
『……余裕だな』
……ないよ!
全然ない!
馬車が。
少しずつ遠ざかっていく。
ディランさんたちの姿も。
森の向こうへ。
消えていった。
「…………」
……行った。
本当に。
行ってしまった。
俺は。
ゆっくりと。
前を向いた。
目の前では。
巨大な植物の魔物が。
砕けた胴体を。
再び作り直していた。
地面から。
何本もの根が伸びる。
……さて。
どうする?
『……さて、ノア』
「…………」
『……どうする?』
「……どうしよう」
『……お主が残ると言ったのだぞ』
「……分かってるよ!」
……勢いで。
言ってしまった。
本当に。
どうするんだよ。
俺!
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!
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