第46話 当たり前ってなんだっけ
夕暮れの街道。
俺は。
ようやく。
一つの問題に気づいた。
「……どこで寝よう」
『……今さらか』
「……いや、考えてなかったわけじゃないんだけど」
『……では、どこで寝るつもりだったのだ』
「…………」
俺は。
周囲を見渡した。
右には森。
左には草原。
そして。
前にも後ろにも。
街道が続いている。
「……どこがいいと思う?」
『……我に聞くな』
「……伝説の杖だろ?」
『……伝説の杖は野営場所を決める道具ではない』
「……役に立たないな」
『……お主は我を何だと思っておる!』
……杖だろ。
そう言いかけて。
やめた。
◇
とりあえず。
街道から少し離れた場所に。
木が何本か生えていた。
「……あそこにするか」
『……適当ではないか?』
「……じゃあ、どこがいいんだよ」
『……知らぬ』
「……だったら文句言うなよ」
俺は。
木の近くまで歩いた。
地面を確認する。
大きな石はない。
水たまりもない。
頭上にも。
落ちてきそうな枝はなさそうだ。
「……うん。ここなら大丈夫そう」
荷物を下ろす。
その瞬間。
足元の草が揺れた。
「……っ!」
慌てて。
アストラを構える。
「…………」
草むらから。
小さな虫が飛び出した。
「…………」
『……虫だな』
「……見れば分かる」
『……随分と勇ましい構えであったぞ』
「……うるさい」
……先が思いやられる。
◇
まずは。
焚き火だ。
俺は。
周囲から乾いた枝を集めた。
適当に組んで。
アストラの先端を向ける。
「……よし」
火属性魔法を使う。
杖先に生まれた炎を。
薪へ近づけた。
ぱちっ。
乾いた枝に。
火が移る。
『……お主』
「……何?」
『……我は伝説の杖だぞ』
「……知ってるけど」
『……かつて大賢者が振るった杖だぞ』
「……それも知ってる」
『……それを焚き火の着火に使うとは』
「……魔法使いが火を起こしただけだろ」
『……ぐぬぬ』
「……というか、前の杖でもできたし」
『……比較するでない!』
「……じゃあ、文句言うなよ」
俺は。
焚き火の前に座った。
「……ふう」
ようやく。
一息つけた。
◇
夕食は。
昼と同じ。
硬いパン。
「……またこれか」
『……自分で買ったのであろう』
「……安かったんだよ」
『……なるほど』
「……その納得の仕方、何か嫌だな」
俺は。
パンをかじった。
……硬い。
「……肉、食いたいな」
『……あの盾の男のようなことを言うな』
「…………」
思わず。
笑ってしまった。
「……ガルムなら絶対言うな」
『……うむ』
「……レオなら、もっとちゃんとしたもの食えって怒りそう」
『……そうであろうな』
「……ミアなら、俺が貧乏だからって笑うかな」
『……おそらくな』
「……否定しろよ」
『……できぬ』
「…………」
……まあ。
俺も。
否定できないけど。
焚き火が。
静かに燃えている。
今までは。
この時間も。
誰かが喋っていた。
「…………」
……静かだな。
『……我がおるぞ』
「……分かってるって」
『……ならばよい』
「……でも、お前と飯食ってもなあ」
『……何が不満なのだ』
「……お前、食べないじゃん」
『……我は杖だぞ!』
◇
食事を終えて。
俺は。
毛布を取り出した。
地面に敷く。
そして。
横になった。
「…………」
……硬い。
「……痛っ」
背中に。
小石が当たった。
俺は。
起き上がる。
石をどける。
もう一度。
横になる。
「…………」
今度は。
木の根が当たった。
「……何でだよ」
『……寝る前に確認せぬからだ』
「……確認したつもりだったんだけど」
『……つもり、ではな』
「……うるさいな!」
俺は。
少し離れた場所へ。
毛布を移動させた。
「……よし」
今度こそ。
目を閉じる。
がさっ。
「……っ!」
飛び起きた。
森の方を見る。
「…………」
何も見えない。
『……風ではないか?』
「……魔物かもしれないだろ」
『……その可能性もある』
「……怖いこと言うなよ」
もう一度。
横になる。
ぱきっ。
「……っ!」
また。
飛び起きた。
『……忙しい男だな』
「……お前、怖くないの?」
『……我は杖だぞ』
「……そうだったな!」
……ずるい。
◇
夜も。
だいぶ更けた。
焚き火の炎は。
小さくなっている。
俺は。
まだ。
眠れていなかった。
「…………」
今まで。
野営は何度もした。
でも。
見張りは。
交代だった。
俺が眠るときには。
誰かが起きていた。
「…………」
……あれ?
「……俺が寝たら、誰が見張るんだ?」
『…………』
「……アストラ?」
『……何だ』
「……見張り、できない?」
『……我は杖だぞ』
「……喋れる杖だろ!」
『……喋れることと、周囲を警戒できることは別だ』
「……じゃあ、何か近づいてきても分からない?」
『……お主が気づかなければ、分からぬこともあるだろう』
「…………」
……寝れないじゃん。
俺は。
空を見上げた。
星が。
綺麗だった。
「…………」
……レオたち。
ちゃんと寝てるかな。
そんなことを考えながら。
俺は。
ようやく。
浅い眠りについた。
◇
翌朝。
「……痛い」
身体を起こした瞬間。
声が出た。
首も。
背中も。
腰も。
全部。
痛い。
『……随分と疲れた顔をしておるな』
「……ほとんど寝てないからね」
『……何度も飛び起きておったな』
「……覚えてるよ」
俺は。
大きくあくびをした。
「……野営って、こんなに疲れるものだったっけ」
『……一人では勝手が違うようだな』
「……ほんとにな」
俺は。
毛布を畳み。
荷物をまとめた。
焚き火の火が消えていることを確認する。
「……よし」
アストラを持って。
街道へ戻った。
◇
朝の街道。
俺は。
眠い目をこすりながら。
歩いていた。
「……眠い」
『……先ほども聞いた』
「……疲れた」
『……それも聞いた』
「……腹減った」
『……それは初めてだな』
「……何でそこだけ覚えてるんだよ」
『……お主の愚痴は種類が少ないからな』
「……うるさい」
そのとき。
がさっ。
街道脇の草むらが。
大きく揺れた。
「…………」
俺は。
足を止めた。
草むらから。
一匹の魔物が現れた。
犬ほどの大きさ。
灰色の毛。
鋭い牙。
低い唸り声。
「……狼型か」
『……そのようだな』
俺は。
周囲を確認した。
他に。
動く影はない。
「……一匹なら、何とかなるだろ」
今までも。
何度も倒してきた相手だ。
俺は。
アストラを構えた。
魔物が。
地面を蹴る。
「……っ!」
横へ避ける。
魔物が。
目の前を通り過ぎた。
「……今だ!」
アストラを振る。
しかし。
魔物は。
素早く後ろへ跳んだ。
ぶんっ。
杖が。
空を切る。
「…………」
……あれ?
俺は。
もう一度。
距離を詰めた。
だが。
魔物は。
また下がる。
「……逃げるなよ!」
『……敵に無茶を言うな』
「……分かってる!」
魔物が。
低く唸る。
俺が近づけば。
距離を取る。
俺が止まれば。
こちらの様子をうかがう。
「…………」
……何だよ。
今までなら。
もっと簡単に。
倒せたのに。
「…………」
いや。
違う。
今までは。
レオがいた。
レオが。
正面から攻撃して。
魔物の注意を引いていた。
ミアが。
矢で動きを制限して。
ガルムが。
俺の前に立っていた。
だから。
俺は。
近づけた。
だから。
杖を振れた。
「…………」
俺は。
目の前の魔物を見た。
一撃で倒せる。
その自信はある。
でも。
その一撃が。
当たらない。
「……そっか」
俺は。
アストラを握り直した。
「……俺、一人じゃ殴れないのか」
魔物が。
再び。
低く唸った。




