第45話 紙に書くのは大切です
三人と別れてから。
二日目の朝。
昨日は。
旅に必要なものを買い揃えて。
荷物を整理して。
足りないものがないか。
何度も確認した。
……つもりだ。
「……よし」
俺は。
宿の部屋で。
最後の荷物を鞄に詰めた。
着替え。
財布。
保存食。
水。
それから。
アストラ。
「……忘れ物、ないよな」
『……我を忘れておらぬなら、ひとまず問題あるまい』
「……お前、忘れられたらどうするつもりなの?」
『当然、迎えに来させる』
「……自分では動けないくせに」
『……余計なことを言うな』
俺は。
小さく笑った。
そして。
荷物を背負う。
今日は。
十六日。
ヴァルドさんたちと。
合流する日だ。
……たぶん。
「…………」
正直。
少し緊張していた。
あの人たちは。
高ランクの冒険者だ。
俺なんかが。
本当に。
ついていけるのか。
まだ。
分からない。
でも。
「……行くか」
『……うむ』
俺は。
宿の扉を開けた。
◇
朝の街は。
いつもどおり。
賑やかだった。
露店の準備をする商人。
荷車を押す男。
依頼へ向かう冒険者たち。
「…………」
いつもと。
何も変わらない。
変わったのは。
俺の隣に。
三人がいないことだけ。
「……静かだな」
『……何がだ』
「……いや、別に」
『我がおるではないか』
「……お前、あの日は結構いいこと言ってたのにな」
『……何の話だ』
「……何でもない」
俺は。
眼鏡を押し上げた。
レオたちと別れた日のことは。
まだ。
はっきり覚えている。
……そりゃ。
二日前だから。
当たり前なんだけど。
「…………」
でも。
不思議と。
後悔はなかった。
寂しくないと言えば。
嘘になる。
だけど。
自分で決めた。
もっと強くなる。
誰にも。
文句を言わせない。
魔法使いになる。
そのために。
俺は。
歩き出したんだから。
「……よし」
少しだけ。
足を速めた。
東門までは。
それほど遠くない。
ヴァルドさんたちは。
もう来ているだろうか。
「……あの人、時間に厳しそうだよな」
『……誰のことだ』
「ヴァルドさん」
『……あの大剣の男か』
「……うん」
『……確かに、約束を違えるような男には見えぬな』
「……だよね」
だったら。
遅刻は。
まずい。
……まあ。
今日は。
早めに宿を出たし。
大丈夫だろう。
◇
東門。
大きな門の前では。
商人たちが。
荷物の確認をしていた。
馬車が。
一台。
ゆっくりと。
門を抜けていく。
冒険者らしい人影も。
いくつか見える。
「…………」
俺は。
周囲を見渡した。
「……あれ?」
いない。
ヴァルドさんが。
いない。
あの人は。
かなり目立つ。
大きな剣を背負っているし。
体格もいい。
見落とすとは。
考えにくい。
「……まだ来てないのかな」
『……お主より遅いということか?』
「……そういう日もあるでしょ」
『……先ほど、時間に厳しそうだと言っておらなかったか』
「……言ったけど」
『……ふむ』
「……何、その反応」
『……いや、何でもない』
何だよ。
気になるだろ。
俺は。
門の脇へ移動した。
しばらく。
待つことにする。
◇
「…………」
来ない。
「…………」
全然。
来ない。
「……おかしいな」
『……うむ』
「……場所、東門だったよな」
『……そう聞いておる』
「……朝って言ってたよな」
『……そう聞いておる』
「…………」
俺は。
空を見上げた。
太陽は。
もう。
結構高い。
「……朝って、何時までだと思う?」
『……少なくとも、お主がここへ来てから随分と時間は経ったな』
「……それは分かってる」
『……ならば、尋ねてみてはどうだ』
「……誰に?」
『……あそこに門番がおるだろう』
「…………」
……確かに。
俺は。
門の近くに立つ兵士へ。
声をかけた。
「あの、すみません」
「ん? どうした?」
「……ヴァルドさんっていう冒険者、見ませんでした?」
「ヴァルド?」
兵士が。
少し考える。
「大剣を背負った、あの冒険者か?」
「……そうです!」
「それなら、昨日出発したぞ」
「…………」
……ん?
「……昨日?」
「ああ。朝早くにな」
「…………」
「仲間と馬車に乗って、東の街道を出ていった」
「…………」
俺は。
兵士を見た。
「……あの」
「何だ?」
「……今日じゃなくて?」
「昨日だな」
「…………」
……え?
『……ノア』
「……ちょっと待って」
『……何か思い当たることでもあるのか』
「……待ってって」
俺は。
記憶を探った。
ギルド。
報酬。
食事の約束。
そして。
ヴァルドさんの言葉。
――十五日の朝、東門から出発する。
「…………」
十五日。
「…………」
俺は。
兵士を見た。
「……すみません」
「ん?」
「……今日って、何日ですか?」
「十六日だが」
「…………」
十六日。
十五日。
十六日。
「…………」
……一日。
違う。
「…………」
俺は。
ゆっくりと。
しゃがみ込んだ。
「……終わった」
『……何がだ』
「……待ち合わせ」
『……うむ』
「……昨日だった」
『…………』
しばらく。
沈黙があった。
そして。
『……お主』
「……何」
『……馬鹿なのか?』
「……知ってるよ!!」
兵士が。
驚いて。
俺を見た。
「……だ、大丈夫か?」
「……大丈夫じゃないです」
「……そうか」
……そうか。
じゃないよ。
◇
俺は。
門の脇で。
頭を抱えていた。
「……何やってんだよ、俺」
たった二日前。
あれだけ。
格好つけて。
三人と別れたのに。
もっと強くなるって。
約束して。
絶対に。
すごい魔法使いになるって。
決めたのに。
「……初日からこれかよ」
『……正確には、出発する前だな』
「……訂正しなくていい!」
『……しかし、約束の日付くらい覚えておくべきではないか』
「……反省してるよ」
「……ていうか」
俺は。
アストラを見た。
「……お前も聞いてたよね? 十五日って」
『……うむ』
「……何で教えてくれなかったの?」
『……お主が今日だと言うのでな』
「…………」
『……我は今が何日かなど、数えておらぬ』
「……数えといてよ!」
『……我は杖だぞ』
「……都合のいいときだけ杖になるな!」
『……そもそも、約束したのはお主であろう』
「…………」
……それは。
そうなんだけど。
『……反省したか』
「……したよ!」
『……ならばよい』
「……よくないんだよ!」
俺は。
立ち上がった。
こうしていても。
仕方がない。
「……追いかける」
『……何?』
「……まだ一日でしょ」
『……相手は馬車だぞ』
「……分かってる」
『……徒歩で追いつくのは難しかろう』
「……だから、俺も馬車を探すんだよ」
そうだ。
馬車に乗ればいい。
まだ。
何とかなる。
……たぶん。
◇
「……ありません?」
「ないねえ」
「……一台も?」
「東へ向かう馬車は、しばらく出ないよ」
「……しばらくって?」
「早くても十日は先だね」
「……十日」
「このところ東の街道じゃ魔物が増えててね。護衛を集めるのも一苦労なんだ」
「…………」
「昨日出発したヴァルドたちも、護衛を兼ねて乗っていったくらいだからね」
「……ちなみに、歩いたら?」
「歩きかい?」
商人が。
俺を見る。
頭から。
足元まで。
じっくりと。
「……冒険者だよな?」
「……一応」
「なら、街道を進めば着くさ。何日かはかかるがね。ただ、魔物には気をつけな」
「……何日か」
「途中で野営することになるだろうけど」
「…………」
野営。
「……一人で?」
「一人なら、一人でだね」
「…………」
当たり前だ。
何を。
聞いてるんだ。
俺は。
礼を言って。
その場を離れた。
◇
「……どうするかな」
俺は。
道端に立って。
考えた。
十日後の馬車を待つか。
今すぐ。
歩くか。
「…………」
正直。
歩きたくない。
疲れるし。
時間もかかる。
何より。
一人で野営なんて。
したことがない。
……いや。
正確には。
野営そのものが。
初めてじゃない。
でも。
今までは。
レオたちがいた。
レオが。
進む道を確認して。
ミアが。
周囲を警戒して。
ガルムが。
盾を構えて。
俺は。
……まあ。
必要なときに。
魔法を使っていた。
「…………」
……あれ?
俺。
結構。
人任せだった?
「…………」
俺は。
ため息をついた。
『……どうした』
「……いや、今まで結構助けられてたんだなって」
『……あの三人にか』
「……うん」
『……そうであろうな』
「……即答するなよ」
『……事実であろう』
「…………」
……否定できない。
俺は。
東の街道を見た。
馬車は。
もう。
行ってしまった。
ヴァルドさんたちは。
きっと。
今頃。
ずっと先にいる。
「…………」
追いつけるかどうか。
分からない。
そもそも。
追いついたところで。
一日遅刻した俺を。
受け入れてくれるかも。
分からない。
……いや。
それ以前に。
「……あの人たち、次の街にいるのかな」
『……分からぬ』
「……だよね」
『……行き先は聞いておらぬのか』
「…………」
俺は。
目をそらした。
『……ノア』
「……何?」
『……まさか』
「……東に行くってことは、覚えてる」
『…………』
「……それ以上は、ちょっと」
『……お主、本当に合流するつもりだったのか?』
「……そのつもりだったんだよ!」
……ああ。
もう。
何で。
ちゃんと聞かなかったんだろう。
でも。
「……行くか」
『……徒歩でか』
「……うん」
『……遠いぞ』
「……知ってる」
『……疲れるぞ』
「……それも知ってる」
『……野営も必要になる』
「……分かってるって」
『……会える保証もないぞ』
「…………」
……そうだ。
保証なんか。
どこにもない。
でも。
「……何もしなかったら、絶対に会えないでしょ」
『…………』
「……せっかく、あいつらと別れてきたんだから」
「……ここで諦めたら、何のために出てきたのか分かんないだろ」
『…………』
アストラは。
少しだけ。
黙った。
そして。
『……ならば、行くとしよう』
「……うん」
『……ただし』
「……何?」
『……次からは、日付と行き先を確認せよ』
「……分かってるよ!」
◇
東門を抜ける。
街道が。
遠くまで。
続いていた。
「…………」
振り返れば。
まだ。
街が見える。
レオたちが。
いる街。
「…………」
俺は。
一度だけ。
立ち止まった。
たった二日前。
あんなに。
泣いたのに。
今さら。
戻るわけには。
いかない。
……いや。
戻ったって。
きっと。
三人は。
笑って迎えてくれる。
それは。
分かってる。
でも。
だからこそ。
「……よし」
俺は。
前を向いた。
今は。
進みたい。
自分で。
選んだ道だから。
そして。
歩き出した。
◇
しばらく。
歩いた。
「…………」
歩いた。
「…………」
さらに。
歩いた。
「……ねえ」
『……何だ』
「……まだ?」
『……何がだ』
「……次の街」
『……まだ見えぬな』
「…………」
俺は。
空を見上げた。
太陽は。
まだ。
高い。
「……結構歩いたよね?」
『……うむ』
「……そろそろ着いてもよくない?」
『……数日かかると言われておっただろう』
「…………」
……そうだった。
「……馬車って、すごいんだな」
『……今さらだな』
「……今まで、そんなにありがたみ感じてなかった」
『……人は失って初めて気づくものだ』
「……何、その深い感じの言葉」
『……我は伝説の杖だからな』
「……関係ある?」
『……大いにある』
……ないと思う。
◇
昼を過ぎた頃。
俺は。
街道脇の木陰に。
腰を下ろした。
保存食を取り出す。
硬いパン。
それから。
水。
「…………」
……地味だな。
「……いただきます」
『……うむ』
パンを。
かじる。
「…………」
硬い。
本当に。
硬い。
「……ガルムなら、これ何て言うかな」
『……あの大男か』
「……うん」
『……肉、とでも言うのではないか』
「…………」
俺は。
思わず。
笑った。
「……言いそう」
……いや。
絶対に。
言う。
「…………」
レオなら。
ちゃんと食べろって。
言うだろうな。
ミアなら。
俺の顔を見て。
何か。
からかってくるだろう。
「…………」
俺は。
もう一口。
パンをかじった。
「……静かだな」
『……我がおるぞ』
「……知ってる」
『……ならば問題あるまい』
「……そういう問題じゃないんだけど」
『…………』
少し。
間があった。
『……寂しいのか』
「…………」
俺は。
パンを見た。
「……別に」
『……そうか』
「…………」
「……ちょっとだけ」
『……うむ』
「……ほんのちょっとだからな」
『……分かっておる』
「…………」
俺は。
残りのパンを。
口に放り込んだ。
「……よし」
立ち上がる。
「……行こう」
『……うむ』
◇
夕方。
街道は。
少しずつ。
薄暗くなっていた。
「…………」
次の街は。
まだ。
見えない。
「……本当に、何日もかかるんだな」
『……そう言われておっただろう』
「……分かってるけどさ」
俺は。
道の先を見た。
どこまでも。
続いている。
「…………」
今夜は。
どこかで。
休まないといけない。
一人で。
寝る場所を探して。
一人で。
周囲を警戒して。
一人で。
朝を迎える。
「…………」
……大変だな。
冒険者って。
いや。
今までも。
冒険者だったけど。
「……俺、ちゃんと一人でやれるかな」
『……やるしかあるまい』
「……もう少し優しいこと言えない?」
『……お主が決めた道であろう』
「…………」
……そうだな。
俺が。
決めた。
「……うん」
俺は。
頷いた。
「……やるよ」
『……うむ』
「……とりあえず、寝る場所探さないと」
『……その前に』
「……何?」
『……道は合っておるのか?』
「…………」
俺は。
立ち止まった。
「…………」
街道を。
見た。
「……たぶん」
『……たぶん?』
「……東に向かってるし」
『……ふむ』
「……大丈夫でしょ」
『……お主の大丈夫は、あまり信用できぬな』
「……ひどくない?」
『……昨日の待ち合わせを思い出せ』
「……それはもう忘れてよ!」
『……お主が忘れたから、こうなっておるのだが』
「…………」
……言い返せない。
俺は。
ため息をついた。
そして。
再び。
歩き出した。
まだ。
ヴァルドさんたちの姿は。
見えない。
次の街も。
見えない。
でも。
足は。
止めなかった。
一人で歩く。
初めての道。
その先に。
何があるのか。
まだ。
分からない。
ただ。
一つだけ。
確かなことがある。
「……次から、約束は紙に書こう」
『……ようやく学んだか』
「……うるさい」
俺は。
眼鏡を押し上げた。
そして。
夕暮れの街道を。
歩き続けた。




