第42話 俺は魔法使いだ
翌朝。
俺は。
ギルドにいた。
「…………」
依頼掲示板。
今日も。
いろいろ貼ってある。
薬草採取。
荷物運搬。
魔物討伐。
護衛。
「…………」
俺は。
一枚の依頼書を見つめた。
報酬。
銀貨十二枚。
「…………」
悪くない。
「ノア、何見てるの?」
ミアが。
横から覗き込んできた。
「……依頼」
「それは見れば分かるよ」
「じゃあ聞かないで」
「もう。そういうところだよ」
「…………」
何が。
そういうところなんだ。
「で、どれにするの?」
「……これ」
俺は。
依頼書を指さした。
ミアが。
内容を読む。
「……山道の魔物討伐?」
「うん」
「結構遠いよ?」
「……報酬がいい」
「昨日も追加報酬もらったじゃない」
「昨日の報酬は昨日の報酬でしょ」
「…………」
ミアが。
呆れた顔をした。
「……相変わらずだね」
「褒め言葉として受け取っとく」
「褒めてないよ?」
「…………」
知ってる。
◇
「……で、レオは?」
俺が。
振り返ると。
レオとガルムが。
こちらへ歩いてきた。
「おはよう、ノア」
「……おはよう」
「もう依頼を選んでたのか?」
「うん」
「何にした?」
「……山道の魔物討伐」
「ほう」
レオが。
依頼書を見る。
「悪くないな」
「でしょ」
「ただ、少し距離があるな」
「……歩けば着くでしょ」
「そりゃそうだが」
「…………」
何だろう。
レオって。
時々。
当たり前のことを言う。
『……お前も大概だぞ』
「…………」
何も言ってないけど。
『顔に書いてある』
「…………」
またか。
本当に。
この杖。
顔を読むのが。
得意だな。
「……ノア」
レオが。
俺を呼んだ。
「何?」
「その前に、少し聞きたいことがある」
「…………」
その前?
「……報酬の分け方?」
「違う」
「……昨日の追加報酬?」
「違う」
「……じゃあ何?」
レオが。
少し笑った。
「お前、この先どうなりたい?」
「…………」
「…………」
え?
「……何が?」
「将来の話だ」
「…………」
将来。
突然。
何を言い出すんだ。
この人。
「……金持ち?」
「いや、そういうことじゃなくてな」
「……じゃあ、もっと金持ち?」
「金から離れろ」
「…………」
無茶言うな。
金は。
大事だろ。
「冒険者として、どうなりたいかってことだ」
「…………」
冒険者として。
「……何で急に?」
「今まで、ちゃんと聞いたことがなかったからな」
「…………」
まあ。
確かに。
そうかもしれない。
「……別に、普通だけど」
「普通?」
「……うん」
「どういう普通だ?」
「…………」
何だろう。
今日のレオ。
妙に。
しつこい。
「……何? 面接?」
「ははっ。そんな大げさなものじゃない」
「…………」
だったら。
そんな真剣な顔。
しないでほしい。
◇
「……ノア」
ミアが。
隣に立った。
「私もちょっと聞きたいな」
「…………」
ミアまで。
「……何で?」
「だって、ノアって自分のことあんまり話さないじゃない」
「……そう?」
「うん」
「…………」
別に。
隠してるつもりは。
ないけど。
「……ガルムも?」
俺は。
最後の一人を見る。
「……ああ」
「…………」
全員か。
何だよ。
昨日から。
みんな。
ちょっと変だな。
『……聞かれたのなら、答えればよかろう』
「…………」
アストラまで。
「……別に、大した話じゃないけど」
レオが。
頷いた。
「ああ」
「…………」
俺は。
少し考えた。
どうなりたいか。
そんなの。
決まってる。
ずっと。
昔から。
決まってる。
「……魔法使い」
「うん?」
「……誰にも文句を言わせない魔法使い」
「…………」
レオが。
黙った。
ミアも。
ガルムも。
俺を見る。
「……何?」
「いや。続けてくれ」
「…………」
何だよ。
やっぱり。
面接じゃん。
◇
「……昔からさ」
俺は。
依頼掲示板に。
視線を戻した。
「魔法が飛ばないってだけで、散々言われてきたんだよ」
「…………」
「魔法使いのくせに魔法を飛ばせないとか」
「…………」
「そんなの魔法使いじゃないとか」
言われた言葉は。
今でも。
結構覚えている。
……別に。
覚えたくて。
覚えてるわけじゃないけど。
「……杖で殴ってるだけだろ、って言われたこともある」
ミアが。
小さく笑った。
「……それは、まあ」
「……何?」
「ううん。何でもない」
「…………」
言いたいことは。
分かる。
俺だって。
杖で殴ってるのは。
知ってる。
でも。
「……魔力を込めてるんだから、魔法だろ」
「……うん」
ミアが。
頷いた。
「そうだね」
「…………」
何だろう。
今日は。
素直だな。
いつもなら。
絶対に。
何か言ってくるのに。
「……まあ、実際、殴ってるんだけど」
「ふふっ」
ミアが。
笑った。
「自分で言うんだ」
「事実だからね」
「…………」
レオも。
少し笑っている。
「……それで?」
「…………」
それで。
「……俺は魔法使いだって、ずっと言ってきたけどさ」
「…………」
「……言うだけじゃ、誰も認めてくれないんだよ」
「…………」
何度も。
言ってきた。
俺は。
魔法使いだって。
でも。
そう言うたびに。
笑われたり。
呆れられたり。
……まあ。
杖で殴ってるところを見たら。
そうなるのも。
分からなくはないけど。
それでも。
「……だから、見返してやりたいんだよ」
俺は。
小さく言った。
「……俺を馬鹿にした奴ら」
「…………」
「魔法が飛ばないからって、勝手に落ちこぼれ扱いしてきた奴ら」
「…………」
「いつか、そいつら全員が何も言えなくなるくらい」
俺は。
手に持った杖を見る。
黒い金属。
青い宝石。
伝説の杖。
アストラ。
「……すごい魔法使いになってやる」
「…………」
「魔法が飛ばなくても」
「…………」
「杖で殴ってても」
「…………」
「……俺は、魔法使いなんだから」
言ってから。
少し。
恥ずかしくなった。
「…………」
何だろう。
こんなこと。
人に話したの。
初めてかもしれない。
『……ノア』
アストラが。
静かに声をかけた。
『……よい志だ』
「…………」
何だよ。
この杖まで。
急に。
真面目になって。
「……まあ、夢だけは立派だけどね」
俺は。
慌てて付け足した。
「実際にできるかどうかは、まだ分かんないし」
「……いい夢じゃないか」
レオが。
言った。
「…………」
俺は。
顔を上げた。
「……笑わないの?」
「何で笑うんだ?」
「…………」
「お前が本気で目指してることなんだろ?」
「……まあ」
「だったら、笑う理由がない」
「…………」
レオは。
真っすぐ。
俺を見た。
「……お前なら、きっとなれる」
「…………」
何だよ。
それ。
「……簡単に言うなよ」
「簡単だとは思ってないさ」
「…………」
「でも、俺はそう思ってる」
「…………」
困る。
そういうの。
真正面から。
言われると。
反応に。
困る。
◇
「……私はさ」
ミアが。
口を開いた。
「もう、ノアは立派な魔法使いだと思ってるけどね」
「…………」
「魔法は飛ばないけど、すごいこといっぱいできるじゃない」
「……それは」
「怪我した人を治せるし、四属性も使えるし」
「…………」
「それに、あんなに硬い魔物だって倒せるんだから」
「……最後に倒したのはヴァルドさんだけど」
「そういう細かいところはいいの!」
「…………」
細かいかな。
結構。
大事だと思うけど。
「……まあ、ありがと」
俺は。
小さく言った。
ミアが。
嬉しそうに笑った。
「どういたしまして!」
「……でも」
「ん?」
「……身内の評価は参考にならないんだけど」
「…………」
「…………」
ミアの。
笑顔が止まった。
「……は?」
「いや、だって」
俺は。
説明する。
「仲間なんだから、多少は甘くなるでしょ」
「…………」
「客観的な評価とは言えないというか」
「…………」
「……何?」
ミアが。
にっこり笑った。
「ノア」
「……何?」
「今の『ありがと』、返して」
「…………」
何だよ。
感謝って。
返品できるの?
「……俺も認めてる」
ガルムが。
ぽつりと呟いた。
「…………」
俺は。
そちらを見る。
「……ガルムまで?」
「……ああ」
「…………」
「……お前は、魔法使いだ」
「…………」
何だろう。
その言い方。
妙に。
自信があるな。
「……だから」
俺は。
ため息をついた。
「身内票を増やすなって!」
「ふふっ!」
ミアが。
吹き出した。
「いいじゃない、三票も入ってるんだから!」
「……三票じゃ世間は認めてくれないでしょ」
「じゃあ、私たちが百人分応援してあげる!」
「……一人一票でお願いします」
「細かいなあ!」
レオが。
笑った。
ガルムも。
ほんの少し。
口元を緩めていた。
「…………」
まったく。
この人たちは。
◇
「……まあ」
俺は。
依頼掲示板を見上げた。
「いつか、本当に有名になったらさ」
「ん?」
レオが。
こちらを見る。
「……お前らも有名になるかもね」
「……俺たちが?」
「うん」
「どうして?」
「……俺と一緒に冒険してたんだから」
「…………」
ミアが。
目を丸くした。
「えー。ノアのおかげで?」
「……何だよ。不満?」
「ふふっ。ちょっとね」
「…………」
失礼な。
俺が。
すごい魔法使いになったら。
このパーティだって。
きっと。
有名になる。
レオは。
頼りになる剣士だし。
ミアの弓は。
正確だし。
ガルムの盾は。
本当に頑丈だ。
「……まあ、お前らも結構強いし」
「結構?」
ミアが。
眉を上げた。
「……十分、強いし」
「ふふっ。よろしい」
「…………」
何で。
上から目線なんだ。
「……そのうちさ」
俺は。
続けた。
「もっと難しい依頼とかも、四人で受けられるようになるでしょ」
「…………」
「俺も、アストラをちゃんと使いこなせるようになって」
『……ようやく、その気になったか』
「……今までも、その気だったけど」
『我には殴られた記憶しかないが?』
「…………」
余計なこと。
言わないでほしい。
「……まあ、とにかく」
俺は。
三人を見る。
「そのうち、俺たちで大きな仕事でもやろうよ」
「…………」
レオが。
少しだけ。
目を伏せた。
ミアも。
何も言わなかった。
ガルムは。
いつものように。
静かに立っていた。
「……何?」
俺が聞くと。
レオが。
顔を上げた。
「……ああ」
そして。
笑った。
「そうだな」
「…………」
何だろう。
少しだけ。
変な間があった気がする。
でも。
「……じゃあ、まずは今日の依頼だな」
レオが。
掲示板を見る。
「山道の魔物討伐だったか?」
「うん」
「よし。これにしよう」
「……いいの?」
「ああ」
ミアも。
笑った。
「じゃあ、今日も頑張ろうね!」
「……報酬がいいからね」
「もう! またお金の話!」
「大事でしょ」
「……否定はしないけど」
ガルムが。
依頼書を手に取った。
「……行くか」
「うん」
俺は。
アストラを握り直した。
今日も。
四人で。
依頼に向かう。
明日も。
きっと。
その次も。
こうやって。
少しずつ。
強くなっていく。
「…………」
いつか。
誰にも。
文句を言わせない。
魔法使いになる。
そのときも。
きっと。
こいつらが。
隣にいるんだろうな。
そんな未来を。
俺は。
何の疑いもなく。
思い描いていた。
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