第41話 あいつは魔法使いだ
ノアが。
宿へ向かったあと。
レオたち三人は。
ギルド近くの酒場にいた。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も。
口を開かない。
テーブルには。
飲み物が三つ。
それと。
小さな皿に盛られた。
つまみが一つ。
「……で?」
最初に口を開いたのは。
ミアだった。
「話って、何?」
レオが。
顔を上げる。
「……分かってるだろ」
「さあ?」
「…………」
「ノアが奢るって言ったこと?」
「違う」
「えー。私、結構楽しみにしてたのに」
「……俺もだ」
ガルムが。
小さく頷いた。
「…………」
レオは。
二人を見た。
「お前らな……」
「だって、あのノアだよ?」
ミアが。
笑う。
「自分から奢るなんて、明日は雪でも降るんじゃない?」
「……降るかもしれん」
「ガルムまで……」
レオは。
ため息をついた。
だが。
その表情は。
すぐに真剣なものへと変わった。
「……ヴァルドさんの話だ」
「…………」
ミアの笑顔が。
少しだけ消えた。
ガルムも。
静かに顔を上げる。
「……やっぱりね」
「ああ」
レオは。
飲み物に口をつけた。
「お前らは、どう思った?」
「どうって……」
ミアは。
少し考えた。
「あれ、本気だったよね?」
「ああ。間違いない」
「……だよね」
ヴァルド。
高ランク冒険者として。
名の知られた男。
今回の共同討伐でも。
その実力は。
十分に見せつけられた。
判断は早く。
仲間への指示も的確。
そして。
戦場全体を見ている。
「……あの人が、冗談で勧誘するとは思えない」
レオが。
そう言うと。
ミアも頷いた。
「うん。でも……」
「何だ?」
「ノアは、完全に冗談だと思ってたよね」
「…………」
レオは。
思わず笑った。
「……ああ」
「だって、あの顔」
ミアが。
ノアの真似をする。
「『……俺、魔法飛ばないですよ?』」
「…………」
「『杖で殴りますよ?』」
「……似てるな」
「でしょ?」
ミアは。
得意そうに笑った。
「……本人は真剣だったけどな」
「それが面白いんじゃない」
ガルムが。
静かに呟いた。
「……あいつらしい」
「そうだな」
三人の間に。
小さな笑いが生まれた。
◇
「……でもさ」
ミアが。
飲み物を置いた。
「ヴァルドさん、ノアのどこを気に入ったんだろうね」
「……全部じゃないか?」
レオが答える。
「全部?」
「ああ」
レオは。
今回の戦いを思い返した。
硬い外殻を持つ魔物。
普通の攻撃では。
まともに傷をつけられなかった。
だが。
ノアは。
あの伝説の杖を振り下ろし。
外殻に亀裂を入れた。
その亀裂を。
ヴァルドが見逃さず。
討伐につなげた。
「……あの一撃は、すごかった」
「うん」
ミアも頷く。
「私の矢じゃ、あんな傷はつけられなかったし」
「それだけじゃない」
レオが続ける。
「負傷者の治療もだ」
「……ああ」
ミアは。
少しだけ目を細めた。
「そうだったね」
あの戦いでは。
何人もの冒険者が傷を負った。
中には。
戦線に戻ることすら難しい者もいた。
だが。
ノアは。
杖を傷口に当て。
一人ずつ。
確実に治していった。
「……あいつ、回復魔法だけは本当に器用だよな」
レオが言う。
「四属性も使えるしね」
「ああ」
「……飛ばないけど」
「…………」
レオは。
ミアを見た。
「そこは言わなくてもいいだろ」
「だって、本当だもん」
ミアが。
肩をすくめる。
「それに、ノアだっていつも言ってるじゃない」
「……まあな」
魔法が。
飛ばない。
それは。
ノアにとって。
ずっと変わらない問題だった。
魔法使いなのに。
遠くの敵を。
魔法で攻撃できない。
回復魔法も。
直接触れなければ。
使えない。
普通の魔法使いなら。
当たり前にできることが。
ノアにはできない。
「……でも」
ミアが。
小さく笑った。
「それで杖を振り回すんだから、変な子だよね」
「……そうだな」
レオも。
笑った。
すると。
それまで黙っていたガルムが。
口を開いた。
「……あいつは、魔法使いだ」
「…………」
ミアが。
ガルムを見る。
「……うん」
「……飛ばなくても」
ガルムは。
静かに続けた。
「……あいつは、魔法使いだ」
レオは。
少しだけ驚いた顔をした。
そして。
頷いた。
「ああ。俺もそう思う」
ミアも。
笑った。
「私も」
三人にとって。
ノアが魔法使いであることは。
疑うようなことではなかった。
ただ。
本人だけが。
まだそれを。
信じ切れていないように見えた。
◇
「……ヴァルドさんのところなら」
レオが。
ぽつりと呟いた。
「ノアは、もっと強くなれるかもしれない」
「…………」
ミアは。
黙っていた。
「今回の戦いでも分かっただろ。あの人たちは俺たちよりずっと経験がある」
「……うん」
「もっと危険な依頼も受けるだろうし、強い魔物とも戦う」
レオは。
自分の手を見た。
「……俺たちには、まだ教えられないこともある」
「…………」
「ノアの力を、もっと上手く使えるようにしてくれるかもしれない」
ミアは。
飲み物の入った杯を。
指でなぞった。
「……そうだね」
「…………」
「……でもさ」
その声は。
いつもより。
小さかった。
「私、嫌だな」
「…………」
レオが。
顔を上げる。
「……何が?」
「ノアがいなくなるの」
「…………」
ミアは。
笑おうとした。
でも。
うまく笑えなかった。
「だって、やっと四人でうまくやれるようになってきたのに」
「…………」
「最初なんて、何考えてるか全然分からなかったじゃない」
「ああ」
「褒めても嫌そうな顔するし」
「……そうだな」
「心配すると怒るし」
「……ああ」
「何かあったら、すぐ『別に』って言うし」
レオが。
小さく笑った。
「……確かにな」
「でも……」
ミアは。
少し俯いた。
「……そういうところも、好きなんだよね」
「…………」
レオは。
何も言わなかった。
ミアは。
続けた。
「魔法が飛ばないのを、ずっと気にしてるくせに」
「…………」
「誰かが怪我したら、真っ先に駆け寄ってくれるし」
「…………」
「自分の杖が壊れるのは嫌がるくせに、誰かを守るときは迷わないし」
「…………」
「……今日なんて、奢るって言ったんだよ?」
最後だけ。
少し笑った。
「……あのノアが」
レオも。
笑った。
「……そうだな」
「……私、まだ一緒に冒険したいよ」
「…………」
しばらく。
誰も話さなかった。
酒場の喧騒だけが。
三人の周囲を流れていく。
やがて。
レオが口を開いた。
「……俺だって、そうだ」
ミアが。
顔を上げる。
「……レオ?」
「あいつと、まだ一緒に冒険したい」
「…………」
「……せっかく、いい仲間になれたんだからな」
その言葉に。
ミアは。
小さく頷いた。
そして。
二人は。
ガルムを見た。
「……ガルムは?」
「…………」
ガルムは。
少しだけ考えた。
「……俺もだ」
「…………」
「……あいつがいると、退屈しない」
「……ふふっ」
ミアが。
笑った。
「ガルムがそんなこと言うなんて」
「……本当だ」
「うん。知ってる」
ガルムは。
それ以上。
何も言わなかった。
だが。
二人には。
それで十分だった。
◇
「……じゃあさ」
ミアが。
顔を上げた。
「このまま四人で続ける?」
「…………」
レオは。
すぐには答えなかった。
「……それも、いいと思う」
「でしょ?」
「ああ」
「だったら……」
「……でも」
レオが。
言葉を遮った。
「それを決めるのは、俺たちじゃない」
「…………」
ミアが。
黙る。
「ヴァルドさんのところに行くかどうかも、ここに残るかどうかも」
「…………」
「……ノア自身が決めることだ」
「……うん」
「俺たちが寂しいからって、あいつの可能性を狭めるわけにはいかない」
ミアは。
しばらく。
考えていた。
そして。
小さく息を吐いた。
「……そうだよね」
「…………」
「私たちが勝手に決めることじゃないよね」
「ああ」
ガルムも。
頷いた。
「……本人の気持ちが一番だ」
「そうだな」
レオは。
椅子の背にもたれた。
「……そういえば」
ミアが。
何かを思い出したように言った。
「私たち、ノアが何になりたいのか、ちゃんと聞いたことあったっけ?」
「…………」
レオは。
少し考えた。
「……魔法使い、とは言っていたな」
「それは知ってるよ」
ミアが。
笑う。
「そうじゃなくて」
「……ああ」
「どんな魔法使いになりたいのか、とか」
「…………」
「何を目指して冒険してるのか、とか」
レオは。
黙った。
考えてみれば。
ノアは。
自分のことを。
あまり話さない。
魔法が飛ばないこと。
杖が壊れること。
金がないこと。
そういう話は。
嫌というほど聞いてきた。
だが。
その先にあるものを。
ちゃんと聞いたことは。
なかった。
「……そうだな」
レオが。
静かに言った。
「……まずは、そこからか」
「うん」
「明日、聞いてみよう」
ガルムも。
小さく頷いた。
「……それがいい」
三人の間に。
ようやく。
一つの答えが生まれた。
まだ。
何も決まっていない。
ノアが。
どうしたいのかも。
分からない。
だから。
まずは。
本人に聞く。
それだけだった。
◇
「……それにしても」
ミアが。
杯を持ち上げた。
「ノア、今頃何してるかな」
「……明日の依頼でも考えてるんじゃないか?」
レオが答える。
「……ああ、絶対そうだ」
ミアが笑う。
「明日も四人で冒険するつもりなんだろうね」
「……だろうな」
「…………」
ミアは。
少しだけ。
寂しそうな顔をした。
「……何か、悪いことしてる気分」
「まだ何も決めてないだろ」
「……そうだけどさ」
レオも。
小さく息を吐いた。
「……あいつが何を望んでいるか、聞いてからだ」
「うん」
「…………」
そのとき。
ガルムが。
ぽつりと呟いた。
「……飯」
「…………」
「…………」
二人が。
ガルムを見る。
「……何?」
ミアが聞いた。
「……ノアの奢り」
「…………」
「……食べ損ねた」
「まだ言ってるの!?」
ミアが。
思わず笑った。
「……肉」
「だから、それはまた今度だって!」
レオも。
声を上げて笑った。
「はははっ! お前、そんなに楽しみにしてたのか!」
「……ああ」
ガルムは。
真顔で頷いた。
「……あいつが奢ると言ったからな」
「……そこ?」
「……珍しい」
「それはそうだけど!」
三人の笑い声が。
酒場の喧騒に混じった。
いつものように。
くだらない話をして。
笑い合う。
本当なら。
ここに。
もう一人。
いるはずだった。
きっと。
「……俺が奢るんだから、高いもの頼むなよ」
なんて。
文句を言いながら。
それでも。
誰より楽しそうに。
していたはずだった。
「…………」
レオは。
空いた一つの席を見た。
そして。
小さく呟いた。
「……明日、あいつに聞いてみるよ」
ミアが。
頷く。
「……うん」
ガルムも。
静かに頷いた。
「……ああ」
ノアが。
どんな未来を望んでいるのか。
三人は。
まだ知らない。
けれど。
どんな答えだったとしても。
ちゃんと。
聞いてやろう。
レオは。
そう思った。
――その夜。
ノアだけが。
何も知らずに。
明日の冒険を。
楽しみにしていた。




