第40話 滅多なことは言うもんじゃない
街に。
戻ってきた。
「…………」
疲れた。
でも。
悪い気分じゃない。
魔物は倒した。
怪我人も治した。
そして。
何より。
「…………」
俺は。
手に持った杖を見る。
傷はない。
ひびもない。
欠けてもいない。
『……何だ』
「いや」
『また耐久性の話か?』
「まだ何も言ってないけど」
『顔に書いてある』
「…………」
杖に。
顔を読まれた。
顔もないくせに。
『何か失礼なことを考えておらんか?』
「気のせい」
『……本当か?』
「うん」
「ノア、何してるの?」
ミアが。
横から。
顔を覗き込んできた。
「……別に」
「また杖を眺めてたの?」
「確認してただけ」
「何を?」
「……無事かどうか」
「ふふっ。もう何回目?」
「…………」
数えてない。
数えるほど。
見てないし。
……たぶん。
◇
ギルドに。
入ると。
受付の人が。
慌てて立ち上がった。
「討伐隊の皆さん! お帰りなさい!」
ヴァルドさんが。
前に出る。
「討伐は完了した。負傷者も全員戻っている」
「ありがとうございます!」
受付の人が。
深く頭を下げた。
「報酬の精算を行いますので、少々お待ちください」
「…………」
報酬。
いい響きだ。
俺は。
近くの椅子に座った。
『……ノア』
「何?」
『随分と機嫌がよいな』
「そう?」
『うむ』
「……まあ、今日は杖が壊れてないし」
『我を何だと思っておる』
「伝説の杖」
『そうだ!』
「壊れない伝説の杖」
『余計な説明を足すな!!』
「…………」
褒めてるのに。
◇
しばらくして。
受付の人が。
戻ってきた。
「お待たせしました!」
「…………」
来た。
「こちらが今回の報酬になります」
机の上に。
袋が置かれた。
「それと、ノアさん」
「……はい」
「ヴァルドさんから、負傷者の治療についても報告をいただいております」
「…………」
おお。
ちゃんと。
言ってくれたんだ。
「今回は治療への貢献も考慮して、追加報酬をお付けしています」
「…………」
追加。
報酬。
何て。
いい言葉なんだろう。
「ありがとうございます」
「……あら?」
受付の人が。
少し驚いた顔をした。
「ノアさん、今日は随分と素直ですね」
「…………」
失礼な。
俺は。
いつも。
素直だけど。
『……それはどうだろうな』
「…………」
黙ってて。
「ノア、よかったな」
レオが。
笑う。
「……まあね」
「今日は随分と活躍したしな」
「……別に、普通だけど」
「そうか?」
「うん」
「じゃあ、追加報酬は要らないか?」
「要る」
「…………」
「…………」
レオが。
笑った。
「ははっ。そうだよな」
「…………」
当たり前でしょ。
何で。
試すんだよ。
◇
ギルドを。
出る前に。
俺は。
もう一度。
報酬の袋を見た。
「…………」
いつもなら。
ここから。
新しい杖を買う。
安い杖を買って。
魔力を込めて。
殴って。
壊す。
そして。
また買う。
「…………」
本当に。
嫌な繰り返しだった。
でも。
今は違う。
俺の手には。
アストラがある。
壊れない。
すごい杖。
「…………」
つまり。
今回の報酬は。
全部。
使える。
『……嫌な予感がする』
「何が?」
『お前が金を手にして、妙に嬉しそうにしておる』
「普通でしょ」
『……無駄遣いはするなよ』
「…………」
何だろう。
伝説の杖に。
家計の心配をされてる。
「……アストラ」
『何だ』
「俺の杖でしょ?」
『……うむ』
「じゃあ、俺のお金の使い方まで口出さないで」
『我の扱いには口を出すぞ!!』
「…………」
それは。
まあ。
仕方ない。
◇
「……あのさ」
俺は。
三人に。
声をかけた。
「ん?」
レオが。
振り返る。
「……今日、飯でも行かない?」
「いいね!」
ミアが。
すぐに答えた。
「どこ行く?」
「……別に、どこでも」
「じゃあ、いつもの店?」
「うん」
「今日は割り勘?」
「…………」
俺は。
少し。
考えた。
報酬の袋を見る。
そして。
三人を見る。
「……今日は俺が出す」
「…………」
「…………」
「…………」
何だろう。
急に。
静かになった。
「……何?」
ミアが。
俺を見る。
「ノア」
「何?」
「熱ある?」
「ないけど」
「頭、打った?」
「打ってない!」
「……魔物の攻撃か?」
ガルムまで。
口を開いた。
「違うって!!」
「いや、だって……」
ミアが。
困ったように。
笑う。
「ノアが奢るなんて」
「…………」
何だよ。
俺が。
奢っちゃ。
駄目なのか。
「……嫌ならいいけど」
「行く!」
即答だった。
「絶対行く!」
「…………」
何なんだ。
この人。
「はははっ!」
レオも。
笑っている。
「珍しいな、ノア」
「……たまにはいいでしょ」
「ああ。嬉しいよ」
「…………」
そういうこと。
真顔で。
言わないでほしい。
何か。
恥ずかしい。
『……ほう』
アストラが。
小さく呟いた。
『お前が自分から他人に金を使おうとするとは』
「…………」
この杖まで。
「……別に、金が余っただけだし」
『そうか』
「うん」
『ならば、そういうことにしておこう』
「…………」
何だよ。
その言い方。
◇
本当は。
金が余ったから。
だけじゃない。
レオたちには。
いろいろ。
世話になった。
魔法が飛ばない俺を。
パーティに。
入れてくれた。
変な戦い方にも。
文句を言いながら。
付き合ってくれた。
アストラを。
手に入れるために。
遺跡まで。
一緒に来てくれた。
「…………」
まあ。
迷惑をかけたことも。
少しは。
あると思う。
……少しは。
『……随分と静かだな』
「別に」
『何か考え事か?』
「……晩飯、何食べようかなって」
『そうか』
「うん」
『肉ばかり食べるでないぞ』
「…………」
本当に。
何なんだ。
この杖。
でも。
悪くない。
こうやって。
みんなで依頼を受けて。
報酬をもらって。
たまに。
飯を食べて。
また。
次の依頼に行く。
「…………」
まあ。
これからも。
こんな感じで。
旅を続けるんだろうな。
……悪くない。
「ノア!」
ミアが。
手を振った。
「早く行こうよ!」
「……分かってるって」
俺は。
三人の後を。
追いかけた。
◇
「ノア」
「…………」
また。
呼び止められた。
振り返る。
そこには。
ヴァルドさんがいた。
「……何ですか?」
「少し話がある」
「…………」
話。
「……追加報酬の件ですか?」
「違う」
「…………」
違うのか。
残念。
「お前に、提案がある」
「……提案?」
「ああ」
ヴァルドさんが。
真面目な顔で。
俺を見る。
「俺たちのパーティに来ないか?」
「…………」
「…………」
え?
突然。
何を言い出すんだ。
この人。
「……え?」
「俺たちと一緒に冒険しないか、と言っている」
「…………」
なるほど。
そういう冗談か。
「……追加報酬が出るなら考えます」
「報酬なら今より増えるだろうな」
「…………」
え。
そこは。
否定してほしかった。
「……いや、冗談ですよね?」
「本気だが?」
「…………」
何だろう。
この人。
冗談が下手だな。
「……俺、魔法飛ばないですよ?」
「知っている」
「杖で殴りますよ?」
「それも見た」
「…………」
全部。
知ってる。
……変わった人だ。
「うちには腕の立つ戦闘員が揃っている。だが、回復魔法を得意とする者が足りん」
「…………」
「お前なら回復役としても、戦闘員としても力を発揮できる」
「……いや、そんな大したものじゃ」
「それを決めるのは俺だ」
「…………」
何だろう。
妙に。
説得力がある。
「もちろん、今すぐ返事をしろとは言わん」
ヴァルドさんが。
レオたちを見る。
「仲間とも相談してくれ」
「……はあ」
「ただ、俺たちも次の仕事が決まっていてな」
「……そうなんですか」
「ああ。十五日の朝、東門から出発する」
「……はあ」
十五日。
……だったかな。
まあ。
冗談の予定なんて。
覚えても。
仕方ないけど。
「来る気があるなら、その日の朝に東門へ来い」
「…………」
「来なければ、今回は断ったと判断する。それでいいな?」
「……分かりました」
「よし。じゃあ、待ってるぞ」
ヴァルドさんは。
そう言って。
笑った。
「…………」
本当に。
最後まで。
真面目な顔だった。
……いや。
待てよ。
高ランク冒険者って。
冗談にも。
本気で取り組むものなのか?
「…………」
奥が深いな。
高ランク冒険者。
『……ノア』
「何?」
『今の話、どう思う?』
「……冗談でしょ」
『……そうか?』
「だって、俺だよ?」
『……お前だから誘ったのではないか?』
「…………」
何だろう。
この杖まで。
冗談に付き合ってる。
「……まあ、いいや」
『よいのか?』
「それより、飯だよ」
『……飯?』
「今日、俺が奢るんだから」
『……うむ』
「……あいつら、遠慮なく高いの頼みそうだな」
『自分から言い出したのであろう』
「…………」
そうだけど。
◇
「……で、飯どこ行く?」
俺は。
三人を見る。
「…………」
「…………」
「…………」
何だろう。
みんな。
黙ってる。
「……何?」
レオが。
少し。
困ったように。
笑った。
「……ノア」
「うん?」
「悪い。飯はまた今度にしないか?」
「…………」
え。
「……何で?」
「ちょっと、用事を思い出してな」
「…………」
用事。
今?
「私も、ちょっと……」
ミアが。
続けた。
「……俺もだ」
ガルムまで。
「…………」
三人とも?
「……何それ」
「すまんな」
レオが。
頭を下げる。
「次の機会に頼むよ」
「…………」
俺は。
三人を見る。
「……せっかく奢るって言ったのに」
「ははっ。楽しみにしてるよ」
「…………」
何だよ。
せっかく。
その気に。
なったのに。
『……ノア』
「何?」
『……いや、何でもない』
「…………」
アストラまで。
変な感じだ。
「じゃあ、また明日な」
レオが。
言った。
「……うん」
「おやすみ、ノア」
「……おやすみ」
ガルムも。
小さく。
手を上げた。
俺は。
三人と別れて。
宿へ向かった。
◇
「…………」
結局。
一人になった。
せっかく。
奢ろうと思ったのに。
「…………」
まあ。
仕方ない。
用事があるなら。
仕方ない。
『……残念だったな』
アストラが。
言った。
「……別に」
『そうか』
「また今度行けばいいし」
『……うむ』
「…………」
俺は。
報酬の袋を。
軽く揺らした。
ちゃり。
いい音がした。
「…………」
まあ。
次に奢れば。
いいか。
どうせ。
これからも。
一緒に冒険するんだし。
「…………」
そうだ。
明日は。
どんな依頼を。
受けようかな。
今度こそ。
アストラを。
ちゃんと。
魔法使いらしく。
使いこなしたい。
『……ノア』
「何?」
『明日は殴る以外の魔法を試すのだぞ』
「…………」
「……考えとく」
『絶対に考えておらんだろう!!』
「…………」
失礼な。
ちゃんと。
考えてる。
……殴りながら。
魔法を使う方法とか。
『……嫌な予感がするのう』
「気のせいでしょ」
俺は。
宿の扉を。
開けた。
明日も。
きっと。
いつもどおり。
四人で。
冒険する。
そんなことを。
当たり前のように。
思っていた。




