第38話 伝説の杖にも労働環境は必要です
魔物の。
討伐が。
終わった。
「…………」
終わった。
はずなのに。
『納得がいかん』
「…………」
まだ。
終わってない。
らしい。
『ノア』
「何?」
『我は話し合いを要求する』
「今?」
『今だ!』
「帰ってからじゃ駄目?」
『駄目だ!!』
「…………」
面倒くさい。
俺は。
アストラを見る。
傷は。
ない。
ひびも。
ない。
欠けも。
ない。
「…………」
やっぱり。
すごい杖だ。
『……何だ、その顔は』
「壊れなかったなって」
『またそれか!!』
「大事でしょ」
『我の価値は耐久性だけではない!!』
「知ってるよ」
『本当か!?』
「魔法も使えるし」
『そうだ!』
「喋れるし」
『うむ!』
「壊れないし」
『結局そこに戻るのか!!』
「…………」
だって。
壊れないんだよ?
すごくない?
『……我は伝説の杖なのだぞ』
「うん」
『もっと敬意を払え!!』
「…………」
敬意。
「……ありがとう?」
『何か違う!!』
「…………」
難しい。
伝説の杖って。
◇
「負傷者はこっちだ!」
少し離れた場所で。
冒険者たちが。
集まっていた。
「ノア」
レオが。
俺を呼ぶ。
「治療、頼めるか?」
「……別にいいけど」
「助かる」
俺は。
負傷者のところへ。
向かった。
ようやく。
後衛らしい仕事だ。
『……お前は後衛の意味を考え直した方がよい』
「後ろにいれば後衛でしょ」
『さっき前に出て殴っておったではないか!!』
「敵が来たから」
『嬉しそうだったぞ!!』
「…………」
気のせい。
だと思う。
◇
腕を押さえた。
冒険者が。
座っていた。
「治せるか?」
「……まあ、このくらいなら」
「助かる」
俺は。
アストラを。
構えた。
『……うむ』
「…………」
『ようやく我にふさわしい仕事だな』
「そう?」
『治癒魔法は繊細な魔力操作を必要とする。大賢者エルディアも――』
俺は。
杖先を。
傷口に。
近づけた。
『…………待て』
「何?」
『なぜ、そんなに近づける』
「治療するから」
『それは分かっておる』
「じゃあいいでしょ」
『いや、まさか――』
ぐいっ。
「いっ!?」
『ぎゃああああ!!』
「…………」
二人とも。
うるさい。
「……ごめん」
「何で杖を押し付けるんだ!?」
「治療するから」
「それは分かる!」
『我も分かっておる!!』
「…………」
じゃあ。
何が問題なんだろう。
『ノア!!』
「何?」
『なぜ我を傷口に押し付ける!!』
「魔法が飛ばないから」
『…………』
「離したら治せないし」
『…………』
「……他に方法はないのか?』
「ないよ」
『即答するな!!』
「…………」
だって。
ないし。
「……あの」
冒険者が。
遠慮がちに。
口を開いた。
「そろそろ治療を……」
「…………」
あ。
忘れてた。
「ごめん」
魔力を流す。
淡い光が。
傷口に広がる。
少しずつ。
傷が塞がっていく。
「……おお!」
冒険者が。
腕を見る。
「治ってる!」
「だから言ったじゃん」
『…………』
アストラが。
静かになった。
「……何?」
『……治癒魔法の精度は見事だ』
「そりゃどうも」
『魔力の流れも安定しておる』
「普通でしょ」
『……だが』
「うん」
『我は二百年もの間、数多の魔法を扱ってきた』
「うん」
『傷口に直接押し付けられたのは初めてだ!!』
「…………」
初めて。
だったんだ。
「……おめでとう?」
『めでたくないわあああ!!』
「…………」
難しい。
本当に。
◇
それから。
何人かの。
怪我を治した。
足を切った人。
肩を痛めた人。
手のひらを。
擦りむいた人。
『待て! 今度は優しく当てろ!』
「分かってるって」
ぐいっ。
『強い!!』
「…………」
注文が。
多い。
次の人。
『……頼むぞ。優しく、だ』
「はいはい」
そっ。
『…………』
「…………」
『……うむ。それでよい』
「…………」
何だろう。
すごく。
面倒くさい。
最後の人は。
本当に。
擦り傷だった。
「……これ、自分で治るんじゃない?」
「いや、せっかくだから」
「…………」
俺は。
何でも屋じゃない。
『我も傷薬ではないぞ!!』
「…………」
まあ。
治したけど。
◇
治療が。
終わった。
「…………」
疲れた。
魔力は。
ほとんど。
使ってない。
なのに。
疲れた。
『……ノア』
「何?」
『一つ、要求がある』
「…………」
また。
要求。
『今後、我を治療に使う際は――』
「優しく当てるんでしょ」
『……そうだ』
「分かったって」
『それから、戦闘で使用する際は――』
「殴る前に言う」
『……うむ』
「他には?」
『…………』
「…………」
『我の扱いについて、もう少し敬意を――』
「……面倒くさい」
『最後まで聞けえええ!!』
「…………」
俺は。
アストラを見る。
伝説の杖。
二百年の歴史。
大賢者が。
使っていた。
すごい杖。
「…………」
でも。
よく考えたら。
「……アストラ」
『何だ』
「杖って、労働環境とか必要なの?」
『必要だ!!』
「…………」
即答だった。
……伝説の杖って。
思ったより。
面倒くさい。




