第3話 大賢者候補、杖を押し当てる
「左遷ではない」
教官は言った。
「いや、左遷でしょ」
「違う」
「じゃあなんですか」
「お前の適性を考えた結果だ」
「それを左遷って言うんですよ」
「違う」
「大魔導士候補だった俺が治癒魔法ですよ?」
「治癒魔法使いに失礼だぞ」
「そういう意味じゃないです」
「なら黙ってついてこい」
教官は歩き出した。
「…………」
俺はその背中を見る。
そして。
ため息をついた。
「左遷じゃん……」
「聞こえてるぞ」
◇
連れてこられたのは。
訓練場ではなく。
治療室だった。
「…………」
白い壁。
いくつか並んだベッド。
薬品らしき匂い。
間違いない。
完全に配属先が変わった。
「やっぱり左遷じゃん」
「まだ言うか」
ベッドの一つには。
男が座っていた。
腕に包帯を巻いている。
訓練中に怪我をしたらしい。
その隣には。
白いローブを着た女性が立っていた。
「あなたがノア君ね?」
「……はい」
女性が微笑む。
「話は聞いてるわ」
「…………」
何を。
どこまで。
できれば。
大賢者候補だったところまでで止めてほしい。
「魔力がすごく多いんですってね」
「ああ……まあ」
「それなのに魔法が飛ばせないって」
全部聞いてるじゃねえか。
「……そうです」
「ふふっ」
女性が笑った。
「そんなに緊張しなくていいわよ」
「してませんけど」
「そう?」
「はい」
「こっち見ないけど?」
「壁を見てるだけです」
「壁?」
「今日の壁、綺麗だなって」
「…………」
何言ってんだ俺。
女の人と話すのは。
昔から得意じゃない。
「と、とりあえず!」
俺は杖を構えた。
「何すればいいんですか」
女性がまだ少し笑っている。
「治癒魔法は知ってる?」
「知ってます」
「使ったことは?」
「ないです」
「じゃあ、やってみましょう」
女性が。
負傷した男を示した。
「腕の傷を治してみて」
「……分かりました」
俺は。
男の腕へ杖を向けた。
傷が塞がるところをイメージする。
魔力を。
杖へ流す。
すると。
杖先の球体が――
パァッ。
淡い光を放った。
「おお……」
教官が声を上げる。
女性も。
目を見開いた。
「すごい……」
「…………」
「これだけの治癒魔力を一度に……」
久しぶりだった。
自分の魔法を見て。
誰かが驚いている。
ちょっと。
いや。
かなり。
気分がいい。
「そのまま傷へ」
「はい」
俺は。
杖を向ける。
「《ヒール》」
パァァッ。
「…………」
光っている。
杖が。
とても綺麗に。
「…………」
男を見る。
傷。
そのまま。
「…………」
女性を見る。
「…………」
教官を見る。
「…………」
俺は。
杖を見る。
「…………またこれ?」
「もう一度やってみて」
「いや、これ絶対いつものやつですよ」
「いいから」
「……はい」
もう一度。
男の腕へ向ける。
「《ヒール》」
パァッ。
杖先が光る。
終わり。
「…………」
俺は。
女性を見る。
「光る杖としてなら売れそうですね」
「諦めるの早いわよ」
「十五歳まで色々試したんで」
俺は。
杖を下ろした。
「やっぱり治癒魔法でも同じです。俺の魔法は全部――」
その時だった。
コツン。
「ん?」
下ろした杖の先端が。
男の腕へ触れた。
パァッ――。
光が広がる。
「お?」
男が声を上げた。
「どうしました?」
「腕が……」
「腕?」
包帯の隙間。
そこから見えていた傷が。
「…………」
消えていた。
「…………」
俺は杖を見る。
男の腕を見る。
もう一度。
杖を見る。
教官も。
女性も。
黙っている。
「ノア君」
「はい」
「もう一度やってみて」
「……はい」
男の腕には。
まだ小さな傷が残っている。
今度は。
最初から杖先を直接当てた。
「《ヒール》」
パァッ。
光が広がる。
そして。
傷が。
みるみる塞がっていく。
「…………」
「…………」
「…………治った」
俺が呟く。
「治ったな」
教官も呟いた。
「治ったわね」
女性も呟いた。
男が。
勢いよく腕を動かす。
「おお! 痛くねえ!」
「マジで?」
「すげえじゃねえか!」
「…………」
俺は。
自分の杖を見る。
初めてだった。
自分の魔法が。
ちゃんと。
誰かの役に立った。
「……俺」
思わず。
口元が緩む。
「治癒魔法ならいけるんじゃ……」
「ええ」
女性が頷いた。
「あなたの治癒魔法は、最初からちゃんと発動していたのよ」
「でも飛ばない」
「ええ」
即答された。
そこは。
もう少し。
言い方があるだろ。
「ただ」
女性が続ける。
「飛ばせないなら、直接届ければいい」
「直接……」
俺は。
杖先を見る。
なるほど。
飛ばない。
なら。
こっちから。
当てに行けばいい。
「…………」
十五歳。
大賢者候補だった俺は。
ついに。
自分の魔法の正しい使い方を見つけた。
相手のところまで歩いて。
杖で触る。
「…………」
思ってた魔法使いと。
だいぶ違うな。
◇
それから。
俺は治癒魔法を習うことになった。
やることは単純。
負傷者のところまで行く。
杖を傷口へ直接当てる。
魔力を流す。
治す。
「《ヒール》」
パァッ。
「おお!」
傷が塞がる。
「次」
移動する。
杖を当てる。
「《ヒール》」
治る。
「次」
移動。
杖。
ヒール。
「次」
移動。
杖。
ヒール。
「…………」
これ。
魔法使いか?
たまに。
疑問には思った。
だが。
俺の治癒魔法にも。
長所はあった。
「……もう治ったのか?」
教官が傷口を見る。
「みたいですね」
「かなり深かったぞ」
「そうなんですか」
「普通なら何度かに分けて治療する傷だ」
「へえ」
理由は。
なんとなく分かった。
魔力量だ。
飛ばせない。
広げられない。
一人ずつしか治せない。
その代わり。
直接触れている一人になら。
俺の馬鹿みたいに多い魔力を。
そのまま叩き込める。
使い勝手は。
最悪。
効率も。
悪い。
でも。
一人を治す力だけなら。
かなり強いらしい。
「ノア」
教官が言った。
「お前、治癒魔法使いとしてなら――」
「魔法使いです」
「…………」
「治癒専門じゃなくて。魔法使いです」
「…………そうか」
「はい」
ここは。
重要だった。
◇
三年が過ぎた。
十八歳。
「《ヒール》」
パァッ。
光が消える。
「終わり」
俺は。
杖を離した。
目の前の男が。
恐る恐る腕を動かす。
「おお……痛くねえ!」
「じゃあ帰っていいですよ」
「ありがとう!」
「はいはい」
男が。
治療室から出ていく。
俺は。
椅子へ座った。
十五歳から。
三年間。
結局。
ずっとこんなことをしている。
怪我人が来る。
歩く。
杖を当てる。
治す。
次。
歩く。
杖を当てる。
治す。
次。
「…………」
昔。
俺は。
大魔導士になると言われていた。
大賢者にすら。
なれるかもしれない。
そんなことを言う奴までいた。
それが今では。
「ノア、次の患者」
「はいはい」
立ち上がる。
杖を持つ。
歩く。
押し当てる。
治す。
「…………」
治癒魔法使い。
悪くはない。
人の役には立つ。
ただ。
俺が子供の頃に想像していた。
大魔導士とは。
「だいぶ違うな……」
その日の夕方。
「ノア」
「なんです?」
治療所の責任者に呼ばれた。
「仕事だ」
「今終わったところなんですけど」
「いつもの治療じゃない」
「じゃあ嫌です」
「まだ何も言ってないだろ」
「その言い方で面倒なの確定してるじゃないですか」
「王国軍からだ」
「…………」
俺は。
黙った。
「ほら」
「何がだ」
「やっぱり面倒なやつじゃないですか」
「話くらい聞け」
責任者が。
一枚の紙を出した。
「近いうち、この地方で大規模な魔物討伐が行われる」
「へえ」
「かなりの人数が動く」
「へえ」
「当然、負傷者も出る」
「へえ」
「聞いてるか?」
「聞きたくないだけです」
責任者が。
ため息をついた。
「治癒魔法を使える者を集めている」
「…………」
嫌な予感しかしない。
紙を。
俺へ差し出してくる。
「救護班として参加してこい」
「嫌です」
「即答するな」
「俺、一人ずつしか治せませんよ」
「向こうも承知している」
「もっとまともな治癒魔法使いいるでしょ」
「いる」
「じゃあ俺いらないじゃないですか」
「人手が欲しいそうだ」
「…………」
「報酬も出る」
「いくら?」
責任者が。
金額を言った。
「…………」
俺は。
紙を受け取った。
「いつ出発です?」
「お前、本当に分かりやすいな」
「うるさいです」
財布の中身は。
ほとんど空だった。
仕方ない。
どうせ俺がやることなんて。
いつもと同じだ。
怪我人のところまで行って。
杖を押し当てて。
治す。
それだけ。
王国軍の討伐だろうが。
俺には。
関係ない。
この時の俺は。
本気で。
そう思っていた。
まさか。
この仕事で。
十年以上。
一度も飛ばなかった俺の魔法に――
別の使い道が見つかるなんて。
知るはずもなかった。




