第11話 それ、頑丈?
「お前」
「はい」
「杖の使い方、知ってるか?」
「知ってます」
多分。
「…………」
店主が。
俺を見る。
カウンターの上。
この前買った杖。
正確には。
買ってから。
一週間も経たずに。
壊した杖。
「魔物を殴った?」
「はい」
「杖で?」
「はい」
「なんで?」
「仕方なかったんです」
「何が」
「仲間が死にそうだったんで」
「…………」
店主が黙った。
「それなら……まあ」
少しだけ。
納得したような顔。
「仕方ないか」
「ですよね」
「普通は魔法で助けるけどな」
「…………」
「…………」
「喧嘩売ってます?」
「事実だ」
何も言い返せない。
店主が。
杖を持ち上げる。
割れた魔石。
曲がった金具。
傷だらけの柄。
「しかし……」
「直ります?」
「直せる」
「本当ですか?」
「ああ」
よかった。
「いくら?」
店主が。
金額を言った。
「…………」
俺は。
店主を見る。
「いくら?」
同じ金額。
「…………」
杖を見る。
店主を見る。
もう一度。
杖を見る。
「新品買った方が安くない?」
「安いな」
「…………」
おかしい。
何かが。
おかしい。
少し前。
金がないから。
一本目の修理を諦めた。
仕方なく。
新しい杖を買った。
そして。
その杖も。
一週間も経たず。
壊した。
「…………」
俺は。
財布を出した。
開く。
「…………」
閉じる。
「どうした?」
「現実を見ました」
「そうか」
「見たくなかったです」
「だろうな」
どうする。
杖は必要だ。
一応。
魔法使いだから。
「…………」
俺は。
カウンターを見る。
壊れた杖。
一本。
鞄の中。
昔から使っていた。
壊れた杖。
もう一本。
「…………」
二本。
冒険者になって。
まだ。
ほとんど経ってない。
二本。
「店主」
「なんだ」
「安くて」
「ああ」
「魔力をいっぱい流せて」
「ああ」
「魔物を殴っても壊れない杖ない?」
「ない」
早い。
「もうちょっと考えてよ」
「考える必要がない」
「なんで」
「杖は魔物を殴るために作られてない」
「…………」
またそれか。
「でも」
「なんだ」
「魔物って近づいてくるじゃないですか」
「普通の魔法使いは近づかれる前に魔法を撃つ」
「…………」
「…………」
「喧嘩売ってます?」
「事実だ」
二回目。
「じゃあ」
俺は。
カウンターへ身を乗り出した。
「頑丈な杖」
「だから」
「普通より頑丈ならいい」
「…………」
「ない?」
店主が。
少し考える。
「戦闘用なら、多少頑丈なものはある」
「それ」
「高いぞ」
「…………」
「…………」
「他には?」
「諦めるの早いな」
金がない。
仕方ない。
「中古」
「ある」
「殴れる?」
「知らん」
「試していい?」
「店の中で?」
「…………」
「帰れ」
「まだ何もしてない」
危ない。
もう少しで。
出禁になるところだった。
◇
「そもそも」
店主が言う。
「お前は、どれくらい魔力を込めてるんだ?」
「どれくらい?」
「ああ」
「分かりません」
「…………」
「いっぱい」
「子供か」
仕方ないだろ。
測ったことなんてない。
「殴る時は?」
「もっといっぱい」
「…………」
店主が。
頭を押さえた。
「この杖は安物だ」
「知ってます」
「魔力の通りも、そこまで良くない」
「…………」
俺は。
杖を見る。
「やっぱり?」
「なんだ」
「使った時」
思い出す。
洞窟牙熊。
杖先へ。
魔力を集めた時。
「前の杖より、魔力が入りにくかった」
「そりゃそうだ」
「なんで?」
「お前が金ないって言うから、安いの出したんだろ」
「…………」
そうだった。
「杖によって、魔力の通りやすさは違う」
「先に言ってよ」
「普通は問題にならん」
「俺は?」
店主が。
壊れた杖を見る。
「普通じゃなかったらしいな」
「…………」
なんか。
納得いかない。
「じゃあ」
俺は。
杖を見る。
「俺が込めたつもりでも」
「ああ」
「全部は通ってなかった?」
「可能性はある」
「…………」
なるほど。
だから。
一発目。
洞窟牙熊を。
倒しきれなかった。
「でも壊れた」
「ああ」
「なんで」
「二発目で無茶したからだろ」
「…………」
確かに。
二発目は。
かなり。
込めた。
「それに」
店主が。
割れた魔石を見る。
「壊れたのは、衝撃だけが原因じゃないかもしれん」
「え?」
「魔石が許容量を超えた可能性もある」
「許容量?」
「ああ」
店主が。
魔石を指で叩く。
「魔石にも、流せる魔力には限界がある」
「へえ」
「へえ、じゃない」
「なんで」
「お前が壊したんだろ」
「…………」
確かに。
「つまり」
俺は。
考える。
「もっと魔力が通って」
「ああ」
「もっといっぱい魔力を流せる杖なら」
「ああ」
「もっと強く殴れる?」
「なんでそうなる」
「違う?」
「違わないのが腹立つな……」
店主が。
深いため息をついた。
「お前、本当に魔法使いか?」
「冒険者証見ます?」
「いい」
「魔法使いって書いてますよ」
「役所も間違えることはある」
「失礼だろ」
俺は。
ちゃんと。
魔法使いだ。
魔法。
飛ばないけど。
◇
「でも」
俺は。
壊れた杖を見る。
「このままだと」
「なんだ」
「俺」
指を折る。
一本目。
壊れた。
二本目。
壊れた。
次。
三本目。
「…………」
嫌な未来が。
見えた。
依頼。
魔物。
殴る。
壊れる。
買う。
依頼。
魔物。
殴る。
壊れる。
買う。
依頼。
魔物。
殴る。
壊れる。
買う。
「…………」
俺は。
財布を見る。
「破産する」
「殴るのをやめろ」
正論。
腹立つ。
「でも」
「なんだ」
「仲間が危なかったら?」
「…………」
「また殴ると思う」
店主が。
黙った。
俺も。
黙る。
「…………」
しばらくして。
店主が。
ため息をついた。
「お前みたいな魔法使いは初めて見た」
「褒めてる?」
「一つも褒めてない」
「…………」
「ただ」
店主が。
腕を組んだ。
「壊れない杖、か」
「ある?」
「ない」
「…………」
「だから帰るな」
店を出ようとした俺を。
止める。
「話は最後まで聞け」
「ないんでしょ」
「今の時代にはな」
「…………今の時代?」
俺は。
振り返った。
店主が。
少し考えるように。
目を細める。
「昔話だ」
「昔話?」
「ああ」
「興味ない」
「帰れ」
「嘘です」
俺は。
戻った。
もしかしたら。
安く手に入る杖の話かもしれない。
「…………」
店主が。
完全に呆れた顔をしている。
「数百年前」
店主が。
話し始めた。
「一人の大賢者がいた」
「大賢者……」
「聞いたことくらいあるだろ」
「ありますよ」
昔。
俺も。
なれるかもしれないと。
言われていた。
今は。
杖を壊して。
店主に怒られている。
人生。
分からないものだ。
「その大賢者が生涯使い続けたとされる杖がある」
「へえ」
「伝説級魔杖――《アストラ》」
「…………」
名前からして。
高そう。
「いくら?」
「売り物じゃない」
「じゃあいいです」
「待て」
「何」
「お前が聞いたんだろ!」
そうだった。
「《アストラ》は、歴史上でも最高峰の魔杖とされている」
店主の声が。
少しだけ。
真剣になる。
「魔力伝導率は極めて高く」
「うん」
「所有者の魔力を余すことなく引き出し」
「うん」
「大賢者は、その杖で数々の大魔法を――」
「ちょっと待って」
「なんだ」
「それ」
俺は。
首を傾げる。
「頑丈?」
「…………」
店主が。
俺を見る。
「今の話を聞いていたか?」
「聞いてた」
「最高峰の魔力伝導率」
「うん」
「所有者の魔力を余すことなく引き出す」
「うん」
「数々の大魔法を――」
「それはいい」
「よくない」
俺には。
飛ばせないんだから。
大魔法とか。
知らない。
「頑丈なの?」
「…………」
店主が。
何とも言えない顔をした。
「伝承では」
「うん」
「どれほどの魔力を流しても」
「うん」
「決して砕けなかったと言われている」
「…………」
俺は。
黙った。
「今なんて?」
「どれほどの魔力を――」
「その後」
「決して砕けなかった」
「それだ」
「…………」
俺は。
カウンターへ。
両手をついた。
「それどこにある?」
「食いつくところがおかしい」
「いいから」
「お前……」
「どこ?」
店主が。
俺を見る。
そして。
深いため息。
「知らん」
「…………」
俺は。
店を出ようとした。
「だから帰るな!」
「ないんでしょ!?」
「場所までは知らん!」
「じゃあ何が分かるんだよ!」
「最後に確認された場所なら分かる!」
「…………」
止まる。
「どこ?」
「現金な奴だな……」
店主が。
店の奥へ向かった。
しばらくして。
古い本を。
一冊持ってくる。
埃を払う。
「最後に記録が残っているのは」
ページを。
めくる。
「ここから北にある街――ベルナ」
「遠い?」
「かなり」
「金かかる?」
「当然」
「…………」
やめようかな。
「それに」
「まだあるの?」
「《アストラ》が確認されたのは、二百年以上前だ」
「…………」
「今もそこにある保証はない」
「…………」
「そもそも」
店主が。
本を閉じる。
「本当に存在したのかすら、分からん」
「…………」
俺は。
考えた。
遠い。
金がかかる。
危険かもしれない。
本当にあるかも。
分からない。
「…………」
カウンターを見る。
壊れた杖。
「…………」
鞄を見る。
もう一本。
壊れた杖。
「…………」
財布。
ほぼ空。
「…………」
これから。
三本目。
四本目。
五本目。
買う。
殴る。
壊す。
買う。
殴る。
壊す。
買う。
殴る。
壊す。
「…………」
俺は。
顔を上げた。
「ベルナだっけ」
「ああ」
「行く」
「決めるの早いな」
「このままの方が金かかる」
「…………」
店主が。
何か言いたそうにしている。
「何」
「いや」
首を振る。
「大賢者の伝説の杖を」
「ああ」
「金の節約のために探しに行く奴を」
「ああ」
「初めて見た」
「そう?」
「普通は強大な魔法を求めて探す」
「飛ばないし」
「…………」
店主が。
黙った。
「そうだったな」
「だから」
俺は。
壊れた杖を持ち上げた。
「俺に必要なのは」
魔力伝導率でも。
大魔法でも。
大賢者の力でもない。
ただ一つ。
「殴っても壊れない杖」
「…………」
「それだけ」
店主は。
しばらく。
俺を見ていた。
そして。
小さく呟いた。
「大賢者が泣くぞ」
「知らん」
こうして。
俺は。
伝説級魔杖を探すことになった。
理由は。
ただ一つ。
もう。
杖を買い直したくなかったからだ。




