第10話 杖の使い方、知ってるか?
「二発目は」
俺は。
杖の魔石を見る。
「聞いてないぞ……」
目の前では。
洞窟牙熊が。
ゆっくりと。
身体を起こしていた。
「グルルルル……」
「…………」
生きてる。
普通に。
生きてる。
いや。
普通ではない。
さっき。
思いっきり。
ぶん殴った。
壁まで。
吹っ飛んだ。
それなのに。
立っている。
「おかしいだろ……」
「ノア!」
ミアが叫ぶ。
「来る!」
「分かってる!」
杖を構える。
「…………」
いや。
待て。
俺は。
魔法使いだ。
何を自然に。
杖を構えてるんだ。
殴る前提で。
「…………」
おかしい。
何かが。
おかしい。
「グオオオオオッ!!」
「今考えることじゃねえ!」
熊が。
突っ込んできた。
「ノア!」
レオが。
横から飛び込む。
剣を。
熊の前脚へ。
振り下ろした。
ガキンッ!
「くっ……!」
浅い。
熊の前脚が。
振り上がる。
「レオ!」
「っ!」
レオが。
咄嗟に。
後ろへ飛ぶ。
ブォン!!
目の前を。
太い前脚が。
通り過ぎた。
「危なっ……!」
「ノア!」
「何!」
「ガルムは!?」
「…………!」
そうだった。
振り返る。
壁際。
ガルムが。
倒れている。
さっき途中まで。
治療した。
でも。
完全には。
治せていない。
「…………」
まずい。
先に。
治さないと。
でも。
熊がいる。
「くそ……!」
レオが。
剣を構える。
「俺が引きつける!」
「無茶だ!」
「じゃあどうする!」
「…………」
分からない。
俺は。
魔法使いだ。
遠くから。
攻撃できれば。
簡単なのに。
「…………」
いや。
それができないから。
こうなってるんだった。
「ミア!」
レオが叫ぶ。
「目を狙え!」
「分かった!」
ヒュッ!
矢が。
熊の顔へ飛ぶ。
熊が。
顔を逸らす。
その隙に。
レオが。
斬り込む。
「はああっ!」
ザシュッ!
「グオオオッ!!」
「ノア!」
レオが叫ぶ。
「今だ!」
「何が!?」
「さっきの!」
「さっきのって何だよ!」
「光るやつ!」
「照明!?」
「違う!」
「じゃあ何!」
「殴ったやつ!」
「技みたいに言うな!」
ただ。
殴っただけだ。
「早く!」
「…………」
俺は。
杖を見る。
新品。
まだ。
無事。
これを。
もう一回。
「…………」
嫌だ。
「ノア!」
「分かってる!」
ガルムを見る。
動かない。
「…………くそ」
杖を。
握り直す。
「後で」
「何!?」
「本当に弁償しろよ!」
「分かったから早くしろ!」
「言ったな!?」
「言った!」
「三人で割れよ!」
「細かいな!!」
知らない。
大事なことだ。
俺は。
魔力を。
杖先へ流す。
パァァァァ――。
光。
もっと。
もっと。
杖先へ。
「…………っ」
魔力が。
集まっていく。
飛ばない。
離れない。
全部。
そこに。
残る。
ミアが。
俺を見る。
「…………」
「何」
「いや……」
「何だよ」
ミアが。
杖先を見る。
「それ……」
「何」
「魔法使いの杖だよね?」
「そうだけど」
「…………」
「なんだよ」
「そんな使い方するものなの?」
「…………」
俺は。
自分の杖を見る。
光ってる。
ただ。
それだけ。
「魔力込めてるだけだけど」
「だけって……」
「ノア!」
レオの声。
熊が。
レオを弾き飛ばした。
「ぐっ!」
「レオ!」
熊が。
こちらを見る。
「…………」
来る。
「ノア!」
「分かってる!」
熊が。
地面を蹴った。
俺も。
前へ出る。
「うおおおおおっ!!」
杖を。
振りかぶる。
「…………」
これ。
魔法使いの。
戦い方じゃないな。
今さらだった。
「――っらぁ!!」
ドゴォォォォォォン!!!!
杖先が。
熊の頭部へ。
叩き込まれた。
光。
衝撃。
轟音。
熊の巨体が。
地面へ。
叩きつけられる。
ズドォン!!
洞窟が。
揺れた。
「…………」
静寂。
俺は。
杖を振り抜いた姿勢のまま。
止まっていた。
「…………」
熊を見る。
動かない。
「…………」
杖を見る。
まだ。
形はある。
「…………!」
もしかして。
耐えた?
「やった……!」
ピシッ。
「…………」
聞こえた。
嫌な音。
「待て」
ピシッ。
「待て待て」
魔石を見る。
一本。
亀裂。
「おい」
二本。
三本。
「待って」
パキン。
「…………」
魔石の一部が。
落ちた。
「…………」
俺は。
地面へ落ちた欠片を見る。
「…………」
しゃがむ。
拾う。
「…………」
終わった。
「ノア!」
ミアが。
走ってくる。
「大丈夫!?」
「…………」
「ノア?」
俺は。
手の中の。
魔石の欠片を見せた。
「死んだ」
「えっ!?」
ミアの顔色が変わる。
「どこ!? 怪我したの!?」
「杖」
「…………」
「死んだ」
「そっち!?」
「買ったばっかだった」
「ノア!」
「…………」
分かってる。
今は。
ガルムだ。
俺は。
立ち上がる。
「ガルム!」
駆け寄る。
しゃがむ。
割れた杖。
まだ。
魔力は通る。
「頼むぞ……」
杖先を。
ガルムの傷口へ。
直接。
当てる。
「《ヒール》」
パァァァ――。
光。
弱い。
でも。
使える。
「…………」
もっと。
魔力を流す。
パァァァァァ――!
「ノア……」
レオが。
横に来る。
「治せるか?」
「治す」
「でも、その杖……」
「まだ光る」
「…………」
「なら使える」
魔力を。
流す。
傷が。
少しずつ。
塞がっていく。
「…………」
頼む。
死ぬな。
こいつ。
さっき。
俺たちを逃がすために。
一人で。
残ろうとした。
「…………」
馬鹿だろ。
そんなことしたら。
死ぬだろ。
「ガルム」
返事なし。
「おい」
さらに。
魔力。
「飯」
「…………」
「帰ったら」
パァァァァァッ!
「ミアが奢ってくれるって」
「私!?」
「…………」
「ノア、今それ言う!?」
「起きるかもしれないだろ」
「それで起きる!?」
その時。
「…………肉」
「…………」
全員。
止まった。
「え?」
ガルムが。
薄く。
目を開けた。
「肉なら……食う……」
「…………」
俺は。
ミアを見る。
ミアも。
俺を見る。
「起きた」
「起きたね」
「飯で」
「飯で」
レオが。
顔を覆った。
「お前ら……」
ガルムが。
ゆっくり。
目を開ける。
「……倒したのか?」
「ああ」
レオが。
笑った。
「ノアがな」
「…………」
俺は。
ガルムを見る。
ガルムも。
俺を見る。
「ノアが?」
「ああ」
「どうやって?」
「…………」
レオ。
ミア。
二人が。
俺を見る。
「何」
「いや」
レオが。
俺の杖を指す。
「今の」
「何」
「何だ?」
「…………」
何って。
「杖で殴った」
「それは見れば分かる」
「じゃあ聞くなよ」
「そうじゃねえ!」
レオが。
頭を抱える。
「なんで杖で殴ったら、洞窟牙熊が吹っ飛ぶんだよ!」
「知らない」
「知らない!?」
「魔力込めた」
「どれくらい!?」
「いっぱい」
「…………」
どこかで。
同じ会話をした気がする。
ミアが。
俺の杖を見る。
先端。
割れた魔石。
「それで……壊れたの?」
「ああ」
「…………ごめん」
「何が」
「私たちのために……」
「…………」
やめろ。
そういうの。
困る。
「別に」
俺は。
顔を逸らす。
「俺が勝手にやっただけだから」
「でも」
「それに」
俺は。
ガルムを見る。
「死なれたら」
三人が。
俺を見る。
「…………」
しまった。
なんか。
真面目な空気になった。
「…………」
俺は。
眼鏡を押し上げる。
「報酬」
「え?」
「四人で受けたんだから」
「…………」
「三人になったら、計算面倒だろ」
数秒。
沈黙。
「…………」
ミアが。
笑った。
「素直じゃないね」
「何が」
「別に」
「…………」
レオも。
笑っている。
ガルムまで。
笑った。
「なんだよ」
「いや」
「何」
「ノア」
レオが。
俺を見る。
「お前、いい奴だな」
「…………」
「顔赤いぞ」
「…………」
俺は。
杖を掲げた。
パァ。
「暗いからだ」
「自分で明るくしたぞ」
「…………」
しまった。
「ははははっ!」
笑い声が。
洞窟に響いた。
「うるせえ」
俺は。
顔を逸らした。
そして。
手に持っている。
壊れた杖を見る。
「…………」
二本目。
冒険者になって。
まだ。
一週間も。
経っていない。
なのに。
二本。
「…………」
嫌な予感がした。
このまま。
冒険者を続けたら。
俺。
杖代だけで。
破産するんじゃないか?
◇
翌日。
俺は。
魔具店にいた。
「…………」
店主が。
俺を見る。
次に。
杖を見る。
もう一度。
俺を見る。
「お前」
「はい」
「これ、この前買った杖だよな?」
「…………はい」
店主が。
杖を見る。
「一週間も経ってないよな?」
「…………」
「経ってないよな?」
「…………はい」
「何した?」
「…………」
答えたくない。
「ノア」
「魔物を」
「うん」
「…………」
「魔物を?」
「殴りました」
「…………」
店主が。
黙った。
「…………」
俺も。
黙った。
「杖で?」
「杖で」
「…………」
長い。
沈黙。
そして。
店主が。
ゆっくりと。
口を開いた。
「お前」
「はい」
「杖の使い方、知ってるか?」
「知ってます」
多分。




