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第46話 恋するお嬢様はエキサイトする

 果たして、そこは少女──アリサ・アロガンシアにとって未知の世界であった。


「行けぇええええM(マスクド)M(マン)ッッッ!!」


「やっちまえヴェラルタぁああああああああ!!」


「今日の負け分を全部取り返させろ!!?」


 渦巻く怒号と悲鳴が入り混じった歓声。


 撒き散らされた唾と汗は照明に乱反射して燦然と輝く。その全てが、眼下に広がる戦場へと降り注いでいた。

 そして今、眼下で繰り広げられていた鮮烈な死闘が決着を迎えようとしている。神々しく輝く一槍を掻い潜り、拳を翻した男の姿が彼女の目に焼き付いた。


「あぁ……さいっこう──!!」


 仮面で隠したその素顔は喜色に歪み、興奮に震える身体を止める術はない。


 確かに、アリサはこの闘技場で雄々しく、圧倒的な膂力を見せつけた親愛なる我が従者の強さに感嘆していた。

 名前は偽名、身元不詳の謎の男──M・Mの正体がセスナ・ハウンドロットであることなど、彼女は分かりきっていた。


 何せ、彼を追いかけてアリサはこの裏社会アウレリス……そしてこの闘技場に足を踏み入れたのだから。


 そもそも、どうして年端もいかない少女がここにいるのか?


「うぉおおおおおおおおお!! 兄様カッケぇえええええええええええ!!?」


「ねえねえセル! あの仮面! あの仮面を今すぐ買いに行きましょう! 兄様とお揃いにするのよ!!?」


「いい! それ採用だよ! セラ!!」


 その理由は彼女の隣で年相応にはしゃぐ双子が全ての元凶であった。


 彼の実の弟妹──セイルとセイラの提案により、一時休戦協定を結んだ少女らは、その次の日にはいつものように何処かへと出かける彼の尾行(ストーキング)を実行した。


 その結果として、こんな社会の汚物を寄せ集めて出来た、クソみたいな場所に迷い込んでしまったわけだが──


「いけぇええええええええええええええM(マスクド)Mマァアアアアアアアアアンッ!!」


 存外、彼女らは平然と、普通にその場に溶け込めていた。


 素顔を隠し、服装も地味な。この裏社会に馴染めるものを身に着けているとは言え、それでも一番の理由は双子の存在だ。

 このアウレリスで身なりの整った子供と言うのは珍しく。世間知らずのガキなんてのは、薄汚い屑野郎どもにとっては搾取の対象である。


 例に漏れず、見た目だけは幼気な少年少女である彼らは、アウレリスに来て真っ先にクズ共に襲われたのだが……呆気なくセルとセラはそれを徹底的に排除した。


『ねえねえ、僕らを襲ってきたってことはさぁ! 死ぬ覚悟ができてるってことだよねぇ!?』


『あ、駄目よセル! 順番! 順番でしょ!? 次は私の番! 私が殺すの!!』


『えぇ……やばい奴らに絡んじゃった……』


 双子は良くも悪くも狂っており、すぐにこの裏社会の空気に順応し適応した。

 そんな彼らに引っ張られるようにアリサも感覚を麻痺させていったのだ。


『セナには劣るけど、この二人もなかなかやるわね~』


 そんな安心感もあってか、世間知らずの公爵令嬢は呑気に裏社会見学を楽しめていた。


 そうして、彼女らの尾行(ストーキング)はこんなところで終わらない。


「大博覧会……セナとセナを誑かした女狐の次の目的地はそこね」


「裏社会一番の闇オークションだってさ、セラ?」


「兄様は何か欲しいものでもあるのかしらね、セル?」


 尾行対象である彼がこの闘技大会になんの目的もなく参加するはずはない。


 彼がいったい、そこで何をするのか。そして、あの女狐は本当に彼の恋人なのか(これが一番重要)。

 まだこの時点では見極められない。ならまだ尾行するしかないよね、と言うことで彼女らの意思統一は容易に揃った。


「何とかして私たちも大博覧会に参加するわよ。噂に名高い裏社会の大オークション……気にはなっていたのよね」


「次はどれをボコればいいかな、セラ?」


「とりあえず身なりのいいチンピラを襲っておけばいいんじゃない、セル?」


 なんとも物騒な会話を繰り広げながら、マセガキ三人衆は闘技場を後にした。


 ・

 ・

 ・


 闘技場内に巻き起こる大歓声。そこは今年一番の大盛り上がりを見せていた大会の勝者が決定した。


 その名もM(マスクド)M(マン)


 奇抜な仮面で素顔を隠し、今日初めて闘技場に姿を現した新参者だ。


 その実力は彼の今日までの全ての戦績を見れば一目瞭然であろう。

 最後は、大会ルールの穴を突いて、ズルと言われてもおかしくはない神聖術を前にしてもそれを華麗に圧倒して見せた。


 明らかに異質すぎるその強さに、その場──闘技場を一番上から見下ろすことのできる特別観覧席(VIPルーム)にて、観戦していた四人の影が息を呑む。


「驚いたな……」


 影の一つ、派閥連合の一翼を担う「暴風の派閥」の長が愕然とした。

 同意したようにもう一つの影、「金剛の派閥」の長が疑問を口にした。


「あんな手練れがまだこのアウレリスに……それも手つかずの状態でいたと?」


「いや、あれは既にとある女の忠実な手駒らしい……〈嘲う仮面〉の主か──厄介なのが現れたものだ」


 金剛の疑問を否定したのは「天水の派閥」の長だ。


「さて、果たして奴らはこの「大博覧会」に一体何用で、それもこんなまどろっこしい方法で参加しようと言うのかね?」


 最後に好奇心溢れる言葉を発したのは「業火の派閥」の長である。


 王国の裏社会を牛耳る四つの派閥がこうして一堂に会すことなど珍しい。

 一昔前までは考えられなかったことである。


 しかし、数年前に裏社会を取り巻く情勢や事情が一変し、今は手を取り合うように「派閥連合」などと言う協定を結び、円満に潤滑に裏社会の秩序を敷いている。


 いがみ合い、日々互いの領土や薬物、奴隷売買の利権の為に抗争を繰り返していたはずの四つの派閥が、どうしてたった数年でそんなことになったのか?


 それは偏に、圧倒的な統治者の存在があってこそである。


「この結果は全て予定通り(・・・・)なのですよね? 会長」


『あぁ、そうだね。確かにこの光景は──既に見た(・・・・)


 業火の言葉に返事をしたのは、酷く存在が曖昧で希薄で怜悧な声であった。


 そうして怜悧な声を確かに聞き届けた四人の派閥の長は少しの怖気を孕み、続けられる悪魔の言葉を聞き逃すまいと神経を尖らせる。


『随分と……見ないうちに綺麗に、そして脆くなってしまったな。こんな凡庸で、矮小な少年に縋るとは──なぁ、愛しのダリア?』


「ダリア……とは?」


 どこか聞き覚えのあるその名前に金剛が質問をするが、明確な答えは返ってこない。


『ただの独り言だ。気にしなくていい──それよりもだ。件の博覧会の準備は大丈夫なんだろうね?』


「それは勿論! 今回は会長がアウレリスに来られてから初めての開催でございます。目玉の遺品は十二分に、そしてご要望通りの品もご準備できそうです」


『それは重畳。よくやってくれたね』


「ありがたき幸せにございます!!」


 頭を垂れる四人の長はまるで一介の使用人のようで、その実、彼らは確かに「会長」と呼ばれた怜悧な声の従順な僕に違いなかった。


『あぁ……早くキミに会いたいよ。そして、いつかの続きを必ずもう一度──』


 そんな従順な下僕らの忠誠に微塵も気を向けず、怜悧な声はもうすでにその会場にいない彼女の姿を幻視する。


 その姿はまるで、想い人に恋慕を寄せる健気な落伍者のようであった。

面白い、今後の展開が気になると思ってくださいましたらブックマークや評価をしてくださると励みになります。

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