第47話 モブ執事はお色直しをする
色々な尊厳を失いながらも、何とかアウレリスで数年に一度開かれる闇オークション「大博覧会」の参加チケットをダリアの御用命通りに勝ち取ってから数日。
正確に言えばオークションが開かれるのが七日後であったこともあり、俺はしっかりとその時間を有効活用すべく、修行と言う名のダリアから課される地獄の錬金作業に明け暮れていた。これがもう本当に苦行であった。
……いや、楽な修行なんてこの世には存在しないのだが──今回のそれは、俺がしてきたものの中で一、二を争うほどのキツさであった。
『あら、いつの間にか素材が無くなりかけてる……』
『はい。なのでこれでいったん休憩に──』
『無くなりそうなら言ってよもぅ!はいこれ!追加の素材ね?』
『……アザス』
何せ、この七日間で俺がした錬金生成の合計回数は三万を超えたのだから。
この前の三日で約八千の錬成をした時もそうであるが、日に日に錬成する回数の桁がおかしくなってきている。
前世の時だってこんなアホみたいな回数をたった三日でやった記憶はない。それに自分のことながら、俺はどうしてこんな気の狂った回数の錬成をこなせているのかもよく分かっていなかった。
もうキツイとか疲れたとか休みたいとか、そう考える前に目の前に素材と道具があったら勝手に体が動いてしまうんだ。
しかもこなしてきた回数のわりに、時間の経過が異様に遅い。もうあれだよ、某龍の玉を集める漫画に出てくる「精神と時の部屋」みたいに、あの作業場も外界とでは時間の流れる速度が違うのかと疑ってしまうほどだ。
前世以上に狂気度が増した地獄の時間に、俺の精神は別の意味で遂に崩壊を迎えようとしていた。
感覚は麻痺してても、身体はちゃんと疲労と時間を蓄積してくれていたお陰と言うべきか、俺の過ごしていた部屋は別に「精神と時の部屋」でも何でもなかった。
「明けない夜はないんだなぁ」
つまり、オークション当日であり、修行パートは終わり(尺と絵面の関係で全カット)、ここからは楽しいお出かけパートである。
「……ねぇ、本当にこの仮面じゃなくていいの?」
「はい、もう大丈夫です」
「かっこいいのに……」
そんなわけで本日、俺たちはようやく開かれるその闇オークションに参加するべく、準備をしていた。
勿論、今回も着の身着のままオークションに参加する訳にもいかないので変装は必須。
俺は前回の闘技場で着ていた黒の地味目なスーツに、仮面はあの某パンツを模した変態仮面ではなく、狼を模したスカルマスクだ。
──もう二度とあのクソマスクを身に着けてなるものか……。
絶対に、何の準備もしなければもう一度あの変態仮面を被ることになるのは、今しがたのアホ師匠の反応からお察し。
だから俺は修行の合間を縫って新しい仮面を錬成しておいたのだ。
性能としては耐久はボチボチ、前世でならばコレクションアイテムでしかないが、しかしながらこの仮面にはちょっとした特殊効果がある。
ゲームでは世界観を演出するフレーバーテキストでしかなかった効果だが、現実であるこの世界でならば、何かしらに役立つだろう。
何より、デザインが素晴らしい。傍から見ればよくあるデザイン、平凡な作りである。
だが、あのパンツ仮面に比べれば、大抵のものは素晴らしい機能性とデザインに思える。
そのはずなのだが──
「逆に聞きますけど、本当にその格好で行くんですか?」
どうにも、我らがお師匠様の美的センスは狂っていた。
なんでこうも自信満々と、またあの某変態仮面を身に着けているのか……これが本当にわからない。
俺の不信感満載の質問に、やはりかの魔女は自信満々に頷いて見せた。
「もっちろんよ! 逆に、これ以外の選択肢なんてある!?」
「あります」
「信じられない!」と言った様子で例のブツ(もう形容もしたくない)を被った彼女に、ゲンナリと気分が落ちてしまうのも仕方がないと思う。
なんというか、その態度と発言……あと恰好からして普段の数倍マシで残念感が凄いのだ。
改めて見ても不審者だし、変質者だ。しかも、この壊滅的なセンスを強要してくるのだから勘弁してほしい。
前回は彼女のお願い+急なことで代替品の用意が間に合わなかったから、あの仮面を仕方なく身に着けたわけであって、できることならばもう二度とあんなの被りたくない。
だのに、一度身に着けた所為か、この師匠は何か変な勘違いをしている。
──そう、まるで俺もあの仮面を気に入っているような、嬉々として身に着けていたように……。
だからこそ俺は断固として彼女の勧めを拒否する。
「むー!なんでよ、この前は一緒に付けてくれたじゃない……」
だから、そうやって可愛らしくむくれても、今回ばかりは絶対に彼女に流されるわけにはいかないのだ。……と言うか、ちょっとは自分の歳を考えなさい。
──あんた、今年で何歳だよ?
なにより、俺としては隣を歩くはずであろう同行人にも、変な格好はしてほしくなかった。
だから俺は今日にいたるまでの数日間で策を用意していた。
「前回は師匠のやりたい格好にしたんですから、今回は俺の番です。ほら、俺が付けてるのと同じ仮面をあげるんで、これにしましょう?」
懐から取り出したるは俺が身に着けている狼の仮面と同じ物であり、それを師匠に手渡す。
「へぇ?」
まさか俺が自分の分の仮面を用意しているとは思わなかったのか、それを受け取った師匠は一瞬ポカンと呆ける。
──前世ではシステム的に不可能だったが、現実である今ならばこんなゴリ押しも可能だ。
虚を突いたことを確信して追撃を仕掛ける。
「こっちの方がその綺麗なドレスに絶対に似合うと思うなぁ……?」
所謂、貢物・プレゼント・賄賂──まぁ言い方なんて何でもいい。
こういった贈り物をして、彼女の歪んだファッションセンスを矯正してやれば、万事問題は解決って寸法だ。
「ほ、本当に……?」
「はい、本当です。こっちの方が(そんなダサい仮面より)絶対師匠に似合います」
「──わかった。これにする……」
「それがよろしいかと」
こちらの熱意が伝わったのか、さっきまであれだけ変態仮面に固執していた師匠は、いそいそと仮面を着け替える。
──これで変人の再来は何とか阻止できた……
なんて安堵していると、彼女は彼女でなにやら変に盛り上がっていた。
「──これって初めてのプレゼント!? しかもペアルック!? もうこれってあれよね? カップルよね? 結婚よね???」
ちょっと何を言っているかよくわからないが、気に入ってくれたなら良し。
耐久はボチボチだが、その仮面の特殊効果は色々と規格外な彼女からしても何かと役に立つものだろう。
なんて思考を巡らせながらも、いつまでも自分の世界へトリップしている魔女を正気に戻す。
「さぁ、準備はもう十分でしょう? いつまでも呆けてないでそろそろ行きましょうか」
「ッは!? そ、そうね! 待ってなさいお目当ての素材! 私が絶対に手に入れて見せるんだから!!」
そうして、俺達は再び裏社会〈アウレリス〉へと向かった。




