第45話 モブ執事は初めて見る
──これは、案外余裕かもしれない。
密かに、俺はオルベイとの初戦を経て、そんな感想を抱いていた。
前世での闘技場大会に「魔術禁止」縛りはなかったし、魔術があったからこそ、このシナリオのボスラッシュは異様な難易度を誇っていた。
だが蓋を開けてみれば、急に大幅な弱体化を受け、実際に戦ってみれば一番のクソであるオルベイに余裕の勝利である。
奴以上に厄介な存在はこの大会には居ないし……だから、こんな甘い考えが脳裏を過っても別に不思議ではないと思うんだ。
現に、俺は準決勝も難なく勝利を収めたわけだ。
「なんとなんと、優勝候補のブライカンが瞬殺だぁ!? 強い! 強すぎるぞこの男──M・M!!」
準決勝の相手は山を思わせる巨体と怪力が自慢の脳筋バカ。
異様なタフネスで相手の攻撃を耐え抜き、痺れを切らした敵の隙を呼び込んで屠ると言う戦闘スタイルの相手だ。ただまぁ、これも魔術ありきの戦法なので弱体具合がえぐい。
このブライカンはそれが顕著なのだ。
何せ、自分自身が鋼になって耐久戦に持ち込むのが、本来の戦い方なのだから。
──でも、素の状態でもかなり硬かったな。
「も、もうやめて……笑いながら、サンドバッグにしないで……」
「殴っても平気そうだからどこまで行けるか試してみたくなって──ご、ごめん……」
そして、そう思ってしまったが為にちょっと相手の気持ちを考えずにやりすぎてしまった。
本当になんでこんな酷いことになってしまったのか、この縛りは改悪すぎないかと思わずにはいられなかった。
そう、だからやっぱ変に縛りを加えた大会運営が全部悪い。
「そういうことにしよう」
だが、そんな俺の油断を突くかのように異変が起きた。と言うのも──
「さあさあ! 今回の大会も遂に決勝戦!それも! 下馬評を覆しての、初参加無名の選手が二人揃っての決勝戦だ! これには常連の賭博師たちも賭けの予想に舌を巻いていることだろう!!」
まさか、最後の最後で決勝の相手が前世の記憶にない相手だったのだ。
──……誰だこいつ?
その姿はフード付きの外套で全身を覆いつくしており、その手には銀色に煌めく斧槍が握られている。
それ以外は全く何も──眼前の人物が男か女なのかも判断が付かない。
──いや、体格的に女……の子?
「てか、俺もそのローブが良かった……」
決勝に出揃った勝者がどちらも素顔の分からない怪しげな奴ら。
別にそれ自体はこの裏闘技場では別に珍しくもないのだろうが、だとしても比べてみると酷いもんだ。
片やローブで全身を隠していてミステリアス、片や変な仮面を身に着けている変態。
どちらが見た目的にマシかと問われれば当然前者な訳であって、俺は眼前の相手を酷く羨んだ。
「無口なクールビューティ―! その素顔は今もローブに包まれている! 正体不明のヴェラルタ! ……そして一部の観客から熱烈な人気を集め始めている謎の仮面拳闘士M・M! 両者どちらもここまでは圧倒的な戦績で勝ち上がってきている! 実力は申し分なし! この決勝では一体どんな勝負を見せてくれるのか、今から楽しみで仕方がない!!」
恒例の司会の前座を聞き流していると、不意に眼前のローブ──ヴェラルタと一瞬目が合い、すぐに顔を逸らされてしまう。
「……」
「おっと失礼」
ちょっとローブが羨ましすぎてガン見しすぎた。
てかあの司会の口ぶりから眼前の相手が女性だと確定したのだ、それを加味してもちょっと失礼だった。
そう反省して、俺は改めて深呼吸をする。
ここまで、司会の言葉通り圧倒的な力を発揮してきたらしいヴェラルタは前述したとおり未知の存在だ。加えて、俺は奴の戦闘をまともに見ることはできなかった。
ここに来て羞恥心と元々の大会のルールが仇になるとは……これなら恥と倫理観を無視して無理やり観戦すればよかった。
そっちの方が、こういう不測の事態に対して幾分か心の準備とかもできただろう。
──と言うか、無法地帯の裏社会でお行儀良くしてどうすんだよ。
立ち居振る舞いからして相当な使い手、その膂力は圧倒的なモノであり、前世には存在しなかった異物そのものだ。
後悔したところでたらればだ。これ以上は止そう。
──魔術を禁じられている状況とはいえ、何をしてくるかわからないから要注意だな。
思考を切り替える。今までのようにいかないのは明白であった。
「最後の最後で初見プレイですかい……」
「……」
「オーディエンスも待ちきれない! 闘技大会決勝戦を始めようかッ!!」
開戦の合図は怒号に中に木霊した。
「「ッ!!」」
それを聞き逃さず、俺とローブの女は地面を蹴って互いの攻撃射程圏内へと肉薄する。
俺は相も変わらず拳、相手さんは一本の武骨な斧槍だ。
距離の優位性は明らかに奴さんに分がある。
だからと言ってひよって距離を引く道理もない。こういう長物相手には逆に、近距離一択である。
「お手並み拝見」
「チッ、ダル……」
気怠くか細い声が耳朶を掠る。
距離を詰めようにも、ヴェラルタは一定の間隔──自分の斧槍だけの距離感──を保ち、ピッタリとこちらの動きに合わせて機敏に合わせてくる。
「ッ……」
次いで、隙間なく流れるような刺突の連撃が襲い掛かる。
それを何とか躱したり、拳で弾いたりして見るが全てを避けきる。
「殺意マシマシって感じだな」
目を見張る槍捌きに舌を巻く。
圧倒的な魔力量からくる基礎魔術の身体強化は凄まじく。彼女が今日戦ってきた中で一番、それも相当な手練れだと確信する。
しかし、俺だってこの三日間というわずかな時間で成長している。
悪魔の力を支配・制御する名目で始めたダリアの特別鍛錬は、言ってしまえば普段通りの作業となんら変わりなかった。
端的に言えば、無限錬金作業地獄。属性魔術が使えないほど魔術の才能がない俺が、属性魔術の上位互換である固有魔術をそう簡単に扱えるはずもない。
仮に、無理やり使おうもんなら俺の身体は魔術を使った瞬間に爆散することだろう。
そうならない為には、徹底的な基礎技術の向上が必須であった。
必須条件は細かな魔力制御と魔力運用による魔力の質を高めることであり……この全てを補える素晴らしい修練方法がなんと存在した。
──そうだね、錬金術だね。
単純作業でありながら、常に繊細な魔力制御と操作が求められる錬金術は正に、一石二鳥を通り越してそれ以上の効果を齎した。
師匠も次々とノルマの錬成が勝手に終わって超ハッピー。全員が幸せになれる素晴らしい鍛錬である。
そんな俺が、この三日間で行った錬成は延べ八千二百を超えたぐらい。その気が狂った試行回数の果てに、俺の魔力操作技術は異常な上達を果たしていた。
それでもまだ悪魔の力に手を出すのは早いと師匠に留めらるのだから、本当に固有魔術と言うのは凄まじい。
それでも成果はあった。それは基礎魔術の圧倒的な能力向上である。
錬金術で培われた緻密な魔力操作と運用方法は基礎魔術を扱うにあたって最高効率を実現し、その強度や効果も数十倍に跳ね上がった。
結果として、俺は以前よりも魔術の扱いに違和感がなくなっていた。
だから、どれだけ未知の戦闘力と圧倒的な膂力を有している眼前の敵にも、決して後れを取ることはない。
「もう一速上げるぞ」
身体に滾らせた魔力の密度を上げる。感覚としては体内で循環させている魔力を加速させて、研ぎ澄ませていく感じ。
錬金術で言うところの「精錬」だ。魔力に交じっている無駄な魔力の粗や不純物を取り除き、魔力自体の密度を跳ね上げる。
「──シッ!!」
「ッ!? チィッ──!!」
激しい拳撃と槍撃の応酬。
一段、戦闘速度を上げたのに、それに怯むこともなく付いてくるヴェラルタはやはり凄い。
──こいつはいいや!!
まだ上げても大丈夫。
そんな高揚感から、俺はどんどんと体内の魔力を洗練させ、研ぎ澄まし、加速させ、強度を上げていく。
「さあて、どこまで付き合ってくれるんだぁ!?」
傍から見れば力量差は互角に思えるが、押しているのは確実にこっちの方だった。
一気に距離を詰めて肉薄。腹部目掛けて拳を振り抜くが、ヴェラルタは斧槍で俺の拳をガードしようと防御姿勢を取る。
そこで退く道理はなく。もう槍の柄ごとへし折る勢いで遠慮なく拳を振り抜いた。
「え!?は、ちょ、ま──」
流石に柄をへし折るのは不可能だったが、諸に拳を受け止めた所為でヴェラルタは思い切り後ろに吹き飛ばされる。
そこで初めて、ヴェラルタの唯一フードから見え隠れする口元が苦悶に歪んだ。
「逃がすかよ!!」
「チッ、メチャクチャすぎるでしょ──」
畳みかけるならココ。
そう判断して、俺は一気呵成で攻め立てようとするが、不意に彼女が紡いだ言葉によってその動きに待ったをかける。
「あぁ……身バレは勘弁なんですケド──天におられる我らの母よ、我らに恵みの糧を今日もお与えください、我らの愚かさをどうかお許しください、我らも愚かな同胞を決して裏切りません──」
それは小さく、か細く、誰にも聞きとられるものかと気を巡らせたものであったが、俺は聞き逃さなかった。
何よりも、俺が驚いたのはその綺麗な小鳥のような声色などではなく、言葉の種類であった。
「祝祷礼装……!? お前、聖職者だったのか!!」
それは女神に祈りを捧げ、女神を信仰する信徒にのみ使用を許された神の御業の再現──神聖術。
まさか、こんな裏社会の中枢でこんな清らかな祈りを耳にするとは思わなかった。
「我らを悪しき魔からお救いする御力を下賜ください、我らは主とともにおられます──」
「厄介な……!」
どうしてこんなところに聖職者がいるのかは分からない。だが呑気に驚いてもいられない。
俺は直ぐさま祈りを中止させるために地面を蹴って飛び出す。
〈祝祷礼装〉
神に祈りを捧げ、聖なる力によって武具に聖属性を付与するその術は、原理は魔術に似ているが魔術にあらず。この場の「魔術禁止」に縛られない一つの抜け道であった。
その威力は術者の技量にもよるが絶大な破壊力を有し、便宜上、悪魔を滅する唯一の力とされている。
果たして、悪魔をその身に宿すからだろうか、俺はその圧倒的な聖なる光を前に得も言われぬおぞましさを覚えた。
だが、ここで引くわけにもいかない。
「間に合えよ──!!」
聖唱はまだ途中、紡ぎ終わる前に俺は被弾覚悟で一気に肉薄する。
「我ら罪人の為に、どうか今も、死に誘われるときも、どうか、どうか、どう──ッ!?」
その異常な行動を予想していなかったのか、女は驚き数俊だけ精彩を欠く。その一瞬の躊躇が命取りだ。
「四の牙──」
一息で拳の届く間合い。祈りに夢中だった眼前の聖職者に「退避」の二文字は間に合わない。
一瞬の脱力から、ゆるりと全身を慣れ親しんだ型の構えへと流す。
拳の形は鉤爪のように大きく開き、外敵の首を肩を胸を腹を──余すことなく嚙みちぎる乱れ狂う牙のように。
「〈乱牙〉!!」
最短最速で叩き込む鋭い牙が〈疾噛〉を派生させて、それを一息で瞬く間に敵の急所目掛けて放つのがこの牙。
抜き放った両拳は確と聖職者を捉え、その聖唱を中断させることに成功する。
「……マジ、サイアク──」
「──き、決まったぁあああああああああ! 大会のルールの隙を突いた聖法術の行使に物怖じせず、見事勝利を収めたのはこの男ぉお! M・Mだぁあああああああああああ!!」
その高速のやり取りを、まともに目で追えなかった司会兼実況の女が遅れて気色の声を上げた。
それが、試合終了の合図であった。




