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第44話 モブ執事は本戦を戦う

 本戦はトーナメント形式で進められる。


 当然ながら大会に優勝するにはこのトーナメントを勝ち抜く必要があるわけだ。

 改めて、予選で証を手にして、守り抜いた八人の参加者の中から、適当に運営側の匙加減で一回戦の相手が決められるわけだが──


「俺の相手はアンタか……」


「ケヒヒ、よりによって初っ端から変態仮面が相手かよぉ~!?変態がうつらねぇよなぁ?」


 俺の初戦の相手は長身痩躯、しかもその身長を無駄にするように異様に猫背でゆらゆらと落ち着きなく身体を動かした男だった。


 ──名前は確か……。


「さあ本選準々決勝第四回戦のカードは御覧の通り! この闘技場の常連でもある暗殺者──オルベイが今回も本選出場だ!」


「そうそう、それ」


 確かにその風貌は人を何人も殺めていそうなほど怪しいが、こうして堂々と暗殺者を自称するちょっと頭のネジが外れてる奴だ。


 暗殺者なんだから、自分の正体をこんなおおっぴろげにするのはどうかと思う。

 ……まぁ、ここは裏社会だし、こうして自身の名前を喧伝することで名を高めようという考えなのだろうが──それにしても、ちょっと大胆過ぎやしないかい?


 「対する相手は初参加ながら、見事に本選を勝ち取った全てが謎に包まれた男──M(マスクド)M(マン)! 両者、いったいどんな死闘を繰り広げてくれるのか……会場の興奮度は最高潮だぜ!!」


 司会の女性の紹介と前世の知識から眼前の敵の名前が導き出されたのはほぼ同時。

 色々とイレギュラーが多い今回の闘技場大会であるが、やはり本選出場者に変化は起きてないらしい。


 ──重畳。


 ならば、事前の予定通りに戦うだけである。


「すぅ……はぁ──さて」


 精神統一をして眼前の敵を視界に改めて収める。


 自己紹介系暗殺者──オルベイはニタニタユラユラと落ち着きのない様子で、右手に握った短剣を舌なめずりしている。


 うーん、絵に描いたような気狂い暗殺者って感じ。

 その期待を裏切らないオルベイは、台詞まで実に設定に忠実である。


「お前の命は開戦の合図と同時におさらばだ。大切な人とのお別れの挨拶はちゃんとしといたかぁ?」


「お気遣いどうも……」


 なんとプロ意識の高いことだろうか。


 中途半端なごっこ遊びに興じるよりも、こうして吹っ切れた方が、羞恥心なども感じなくて済むのではなかろうか。


 ──俺もこの際、このヘンテコな格好に似合うような役回り(ロールプレイ)を……。


「いや、やっぱやめとこう……」


 この変態仮面の装いでロールプレイなどしようものならば、確実にロクでもない変態を演じることになる。おい、自分から状況を悪化させてどうすんだ。


「それでは準々決勝第四回戦開始ぃいいいッ!!」


 なんて考えていると戦いの火蓋が切って落とされた。


 司会の声を聞き逃さなかったオルベイは瞬く間にこちらへと肉薄してくる。

 その速度は、予選で戦った雑魚たちと比べ物にならず、洗練され、目を見張るものであった。


「やっぱ、はえーな。()でこれなら大したもんだよ」


 予選はなんとも呆気なく突破できたが、本選からはそうもいかない。

 対戦相手が初めから分かっているのだから、そんなのは覚悟の上であった。


 前世(ゲーム)では寧ろ、予選の難易度の低さで虚を突き、油断しきったプレイヤーを、本選で登場する高難易度のボスラッシュで刈り取ることで有名。

 その性格の悪い難易度の高低差がダリアルート……延いては、この闘技場シナリオの最初のクソポイントだ。


 端的に言えば、本選から敵が異様な強さに設定されていて、しかも回復やアイテムの使用が禁止の連戦型。

 ゲームではトーナメントの対戦相手はランダムなのだが、その中でも一番の外れとされているのが眼前のオルベイだ。


 その理由が、バグと疑いたくなるほどの移動速度と、暗殺者の名に恥じない一撃必殺の特殊攻撃を通常攻撃のように使ってくるからだ。もうほんとクソ。

 だってグラフィックの処理が追い付かない速度で動いてくるわ。何とか躱したかと思ったら次の瞬間には転移したとしか思えない速度で背後にいて、確殺攻撃を予備動作ほぼ無しで放ってくるんだ。


 ……いや、やっぱ今考えてもこれはバグだろ。修正パッチ当てないとか運営は何してんだ!


「そうそう、こんな感じだったなぁ!!」


「なに!?」


 懐かしさも覚える理不尽なオルベイの挙動に、しかし俺は異次元な反応速度で対処する。


 何せ、この世界は現実(リアル)。理不尽でクソみたいなラグは存在しないし、眼で追えるなら反応できる。


『お、なんだ戦うのかご主人? それなら私の力を──』


「魔術禁止だからいらね」


『えぇ……』


 オルベイの驚愕した声と同時に、脳内に軽薄な声が響くが、それを即座に切り捨て拳を振り抜く。


「一発で沈んでくれるなよ? 暗殺者ッ──!」


「チィッ──!!」


 風を切る右拳が暗殺者の左頬を掠める。


 奴の口元を隠した黒いマスクが拳が掠ったことによって一部だけが裂けた。


「おぉ……!」


 流石に今ので終わるとは思っていないが、しっかり当てるつもりで打ったのにギリギリで躱された。


 高難易度ボスの名は伊達ではない。これならまだ楽しめそうだ。そう思うと、自然と口角が上がる。

 思えば、こういう平和(・・)な手合わせはいつぶりだろうか?


 ……この前の悪魔は死にかけたし、その所為でしばらく実戦形式の殴り合いなんてまともにしてなかったし、さっきの予選は論外だし……。


「いやぁ、やっぱ知ってるとは言え、リアル。初見の相手とやる試合は楽しいなぁ……!」


「ッ──戦闘狂(バーサーカー)の類か!!」


 間髪入れずに連打で押していく。


 それを暗殺者は面白いくらいギリギリで躱してくるから楽しい。

 しかも何がいいって、防戦一方じゃなくて、確実にこちらの隙を突いて確殺の一撃を狙ってくるのだからスリルが段違い。


「おいおい、人をバケモノみたいに言うなよ。失礼しちゃうなぁ──!!」


「そんな奇怪な仮面をしておいてよく言う!!」


「……ごもっとも!!」


 奴の一番の特徴とも言える背面強襲(バックアタック)も実に見事。

 これは初見で見切れと言うのは酷な話だ。暗殺に特化しすぎている。


 ──けど、別にそれだけなんだよなぁ~。


 確かに、眼前の暗殺者は前世の記憶と同じように、異様な速度でこちらに襲い掛かってくる。


 けれども、こんな呆気なく攻略できてしまうものなのかと、変な違和感を覚えていた。

 何せ、確かに早いは早いが、反応できないほど理不尽な速さではないからだ。これは何かがおかしい……。


 ──もしかしてまだ手を抜いてる?


 そう思考が過ったのも一瞬。だが俺は一つの確信を得る。


「──あぁ、魔術で速度強化と確殺攻撃を可能としてたのか……」


 当然と言えば当然な話だ。


 寧ろ、魔術なしの単身で、ゲームのような異次元軌道を可能としていたら、こっちもたまったもんじゃない。それこそチートだろう。


「じゃあやっぱある意味、この大会のボスは全員弱体化してるってことでは……?」


 一つの事実から、もう一つの真理を得る。


 ゲームの時と違って、今回の闘技場大会は何故か「魔術(・・)の使用が禁止」となっている。

 この「魔術」と言うのも属性魔術のことを指しているのだが、あるのとないのでは大きな差である。


 何せ、これほど戦闘性能に差を作ってしまうのだから。


 ……え? 基礎魔術の〈身体強化〉? あんなの、普通は属性魔術でのブーストありきだから素で身体強化の練度が高い奴なんて稀だよ。

 そもそも、効率が悪すぎてそんなのやってる奴なんてほんと一握り……気狂いしかいない。


「やっぱり、恥を忍び、ルールを破ってでも観戦をしておくべきだったか……」


「何の話をして──」


「あぁ、悪い悪い、ただのくだらない独り言」


 ため息を一つ。俺は再び背後を取ってきたオルベイを一瞥して鳩尾に拳を抉り込ませる。


「──おごッ……!?」


 小さな嗚咽が直ぐ側で耳朶を打つ。


 確かに、この暗殺者は魔術がなくても、常人からすれば異様な速度を実現しているが──


「やっぱり、魔術ありきで強化の感覚を調整させてるから、動きの連動性への違和感が顕著に出るよなぁ」


 それにこの暗殺者、別に速度と攻撃手段がアホ性能なだけで、行動パターン自体は一辺倒だ。


 速さで翻弄→死角を取る→確殺攻撃→対処されれば距離を取ってもう一回最初からやり直し。これの無限ループである。

 

 これを魔術なしの弱体化状態でやられても別になんの脅威も感じない。

 ゲームだとわかっていても見切れないのにね、不思議だね。


「まぁ、久しぶりにちょっと楽しかったよ」


「やは、り……ばけ、もn──」



 さらに付け加えるとこのオルベイ、防御力はペラッペラの紙装甲なのだ。


 なので逆にこっちの攻撃も一撃必殺。一応、ゲームバランスは保たれていたわけだ。


 ──いや、本当に?


 やっぱりそうだとしても修正アプデの必要性を感じていると、眼前の暗殺者は口から大量の泡を吹いて卒倒する。


 一瞬の静寂、次いで弾けんばかりの歓声が闘技場を埋め尽くした。


「「「うぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」


「決まったぁあ!! 目にもとまらぬ攻防を制したのは謎多き男──M・Mだぁああああああああ!!」


 ──なぜだろう、この虚無感は。


 司会の絶叫にも似た声を受け、俺は妙な虚しさを覚えていた。

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