第43話 モブ執事は誘われる
「完璧よセナ──いいえ、今は敢えて、M・Mと呼ばせてもらいましょうか! さっきの予選は最高だったわ! ボスの命令を淡々と冷徹に遂行する無口な武闘派! まさにボスに仕える最強の右腕って感じよ!!」
「そりゃどーも──」
心底楽しそうで興奮を隠しきれない魔女の弾んだ声が控室にこだまする。
我らがアホ師匠の反応からお察しの通り、俺は無事に予選を突破した。
今は本選の準備が整うまでの待機時間であり、それに伴い、本選に出場が決まった八人には個別で控室があてがわれた。
さっきまで有象無象を一つの決して広くはない部屋に詰め込んでいたのに、急に好待遇である。
流石は裏社会クオリティ、強さとは正義であり、権力の象徴であるらしい。
「あからさまな……」
事前の係員の説明では、出番が来るまではこの部屋で待機をしていて欲しいとのこと。
なんでも出場者の公平性を保つために、一回戦の観戦は禁止らしい。
──変な所でフェアプレー精神を発揮してくる……。
別に、俺としても外に出てやりたいこともないので、出番が来るまでは人目のつかないこの場所でゆっくりとしていた。
それに観戦も……本来ならば、出場者の実力なんかを実際に見て本選で当たった時の対策なんかを立てるべきなんだろう。
だが、俺は既にこの本選に出場する参加者を全て知っているし、その対処法もある程度は頭に入っている。
──過去にいくらこの闘技場でボコられたことか……。
なので、不用意に行動することはなかった。
──そもそも、こんな格好で外に出たくない……。
つらつらと建前を並べてみたが、本音を言えばこれだ。
こんな気の狂った変態仮面の装いで外に出れば、周囲からドン引き必死である。
なるべく目立たない為に変装をしているはずが、逆に目立っているのは本末転倒だと思う。
さらに本音を言えば、いくら前世の知識で本選出場者の戦力を把握しているとは言え、確認の為にちゃんと事前に観戦とかしておきたかった気持ちもあるにはある。
勝って兜の緒を締めよ……ではないが、こういうのは大事だと思う。
でもね、こんな恥さらしの権化みたいな格好でお外に出たくないんだよ。
……え? それじゃあ休憩中の今だけでも別の格好をすればいいだろって? おいおい、そんなことすればもっと面倒なことになるぜ?
具体的に言うとそこのアホ師匠のテンションが極端に低くなり、酷ければ泣く。何せ、さっき仮面を外そうとしたら「外しちゃうの?」「気に入らなかった?」と半泣きだったし……情緒どうなってんねん。
それに残念なお知らせとして、俺は現在この変態仮面以外の変装アイテムを持ち合わせていなかった。
だって、こんなものが用意されるなんて当日までわからなかったからだ。
ここで行動するには身分を隠すのは必須なので、強制的にこの格好は必須になってしまう。
こんなことなら個人的に仮面を用意しておくんだったと後悔するが……もう遅い。
「はぁ……」
腹立たしいことにこの変態仮面、フィット感は良いし、通気性も抜群だ。なので、唯一の利点は別にずっとこれを付けてても感覚的に不快感はないと言うこと。
──精神的にはすごく不快だがな……。
まぁそもそも、この控室ですら外すことはできないんだけれども。
何せ今の俺たちは、突如としてこの裏社会に現れた新興勢力(二人組)なのだから。
「この大会優勝を足掛かりに、本当にこの裏社会を私たちで牛耳っちゃう!? 私とセナの二人なら余裕よね!?」
「勘弁してください……」
ここに来てから終始テンションの高いダリアに、俺としてはとても困り果てていた。
何せ、今のような発言が次から次へと飛び出してくるのだ。
たぶん適当にあしらっていたら、この魔女は本気で裏社会の悪人を粛正するくらいには元気が有り余っている。宥めるのも一苦労だ。
一応、前世本来のルート通りであれば、ダリアは主人公ヒロインと一緒にこの裏社会を形成し、牛耳っている諸悪の根源──派閥連合をぶっ潰すのだが……。俺にそこまでの気力はなかった。
そもそも、派閥連合を壊滅させた後に待っている後処理とか、その後の統治とかを考えればそんな気軽なことなんてできない。
今のところ、この裏社会は悪いことは蔓延りつつも、表面上に浮き上がらないくらいの程度で、上手く回っている。
寧ろ、前述した派閥連合がいることで、一定の秩序が保たれていると言っても過言ではない。
それを分かっているからこそ、王国側もアウレリスの存在を黙認しているのだ。
仮に、この秩序と均衡が保たれた状況を崩壊させたら、とんでもない二次災害を巻き起こすことは目に見えているのだ。
つまりは、必要悪。つまりは適材適所なのである。
闇があるから光もその形を綺麗に保っていられる的な……だから、冗談だとしても今の彼女の発言は軽率だった。
現に、前世では派閥連合崩壊後に無法地帯と化したアウレリスが問題となって、これを解決するサブシナリオが存在する。
これの肝はサブシナリオと言うことであり、プレイヤーの意思によって攻略は自由なのだ。仮にこのサブシナリオを放置すれば、結局その後のダリアルートの難易度が跳ね上がり、BAD分岐が量産される。
閑話休題。
「荒らすだけ荒らして後は勝手にしてくれ……なんて無責任なことできませんよ。冗談でもそういうのは言わんといてください」
「むぅ……別に冗談でも軽率な言葉でもないわよ。私は、本気でセナと一緒ならこの国の裏側を支配してもいいのに──だって、そっちの方がずっと一緒にいられるし……」
「本気なら本気でマジで勘弁してください……俺にも本業があるので──」
ガチでマジで本気であったらしいダリアの言葉に俺は悪寒を覚えた。
本気なら本気で、それは本当にダメなやつだ。流石に彼女のお願いとは言え、それだけは叶えられない。
──てか目が怖い。
いつもは爛々と輝いている瞳も、今は何故かその光が薄暗く、妙な迫力がある。
仮面で唯一露出してる部分なだけに、やけに眼の変化が顕著に感じらるのも要因だろう。
「ねぇ……やっぱりさ、セナにとって今の屋敷での仕事ってそんなに大事なの?」
「な、なんですか急に……」
唐突なダリアの質問に俺は困惑する。
しかし、ダリアは気まずそうに眼を右往左往させながらも言葉を続けるばかりだ。
「あんな生意気な小娘にずっと仕えることにセナは納得してるの? もし、家族とか行く場所とか生活のことが不安で辞めたくても辞められないなら──」
「出番だM・M。準備をしろ」
しかし途中で、彼女の言葉は遮られる。
不意に開け放たれた扉に、俺たちの視線は自然と吸い寄せられた。
「……わかりました」
そうしてぶっきらぼうな係員の言葉に俺は頷き立ち上がる。
話は途中、ダリアの言葉は最後まで紡がれなかったが、彼女が何を言いたいのかは何となく察しが付く。
そして、彼女も意を決して行ったであろう今の発言に返答が欲しそうだ。けれど、俺は明確な答えは出さずにはぐらかす。
「……それじゃあ、行ってきます」
「うん……」




