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第42話 モブ執事は予選を突破する

 確かに俺はこの状況を良く知っていた。


 急に現れた無作法者を拒まず寛大な心で錬金工房の使用を許可してくれた工房の主。

 度々、必要なアイテムや道具類を用意する為に工房を訪れるにつれて、その工房の主と仲良くなり、ぐっと親密な関係になれたと思えば、彼女から一つのお願いを頼まれる。


 日々の感謝を込めて主人公は二つ返事でそのお願いを了承。

 叶えるために、裏闘技場の大会に参加して優勝を勝ち取る。


 うん、ちょっと突飛な話の展開だが、まあ乙女ゲーの、それもシナリオとしては王道な部類が盛り込まれた「ヘルデイズ」のジャンルならばなんら違和感はない。


 こういった作品を読み慣れたユーザーならば、「そういうこともあるよね」と寛大な心で許してくれるだろう。

 かくいう俺も、前世ではそのシナリオの展開になんら違和感を覚えなかった。


 それよりも、普通に一番最初のシナリオの癖にメチャクチャ難易度が高くて発狂した記憶の方が色濃く残っている。


 そんな苦い記憶と照らし合わせると、状況だけを簡潔に羅列するのならば、今俺が置かれている状況は、俺の記憶にあるものとさして齟齬の無い状況だ。まぁ、状況だけ(・・・・)の話なのだが。


「予選のルールはシンプル! この戦闘地帯に上空から落下してくる八個の(シンボル)を制限時間内に手にしていれば本戦出場だ! その気になる制限時間は10分! その間は死ぬ気で殴り合え! ……あ、もちろん、事前説明の通り《《魔術は》》使用禁止だぜ?」


「「「うぉおおおおおおおおおおおッ!!」」」


 のろのろと重い足取りで中へと入れば、怒号にも似た歓声と参加者の雄叫びが充満している。


 司会兼審判であるらしい女性の言葉通り、天井を見上げればそこには小さくきらめくバッジの(シンボル)が落ちてきていた。


 合図もそこそこに、まだ参加者全員が入場していないのに予選が始まったらしい。うーん、これが裏社会クオリティ。


「俺のもんだ!!」


「じゃまだどけ!!」


「殺されてぇのかッ!?」


「ぶっ殺すぞこの野郎!!?」


 参加者らは我先にと自由落下してくるシンボル目掛けて群がって殺気立つ。


「わぁ滑稽」


 証はコインほどの大きさと丸みで、ハッキリ言ってしまえば小さい。


 そんなものに大勢の大男どもが群がれば、それはもう酷い有様だ。


 おしくらまんじゅう押されて泣くなよろしく、もうくんずほぐれつの絡み合い。マジで見てらんない。誰得だよ。


 基本的に、参加者は筋骨隆々か脂肪どっぷり、はたまた汗まみれか悪臭を放つ野郎どもがほとんどなので、あの中になんて入りたくない。


 と言うか、常識的な知能指数を持ち合わせた参加者はシンボルに群がる参加者に軽蔑の眼差しを送って傍観している。


 そんな彼らに倣って俺もぼうっと肉の塊を眺めていると──


「……は?」


 何故か勢いよく弾かれたシンボルが目の前に落ちてくるではないか。


 反射的にそれをキャッチすれば、目敏く俺の行動を見ていた司会の女性が声高らかに、わざとらしく実況を始めた。


「おおっとぉ!? 最初にシンボルを手に入れたのは名前不詳・年齢不詳・職業不詳・出身不詳の全てが謎に包まれた仮面の男──M(マスクド)M(マン)だぁあ!!」


「よくやったわM・M!! そのまま制限時間までシンボルを守り抜きなさい!!」


「……」


 司会女性の実況と……ついでに、どこかのアホ師匠の興奮した声によって一気に参加者の注意(ヘイト)が彼に向く。


 ──チッ、余計なことを……まぁ、司会の人に限ってはそれが仕事なんだけどさぁ!


 だが、師匠。あんたはちょっとはしゃぎすぎだ。


 内心、愚痴りながらも俺は向かってくる参加者共から逃げるように走り出す。


「そのシンボルは俺のもんだ!!」


「なんだそのダサい仮面! 舐めてんのか!?」


「ここはガキが来るようなとこじゃねえんだよ! てか、ダサすぎるだろ!!」


「仮面ダサァ!?」


「────」


 だが、背後から聞こえてきた野郎どもの声で気が変わる。


 急停止したこちらになんの違和感も覚えず、馬鹿の一つ覚えで無謀にも突っ込んでくる奴らを──俺は心の赴くまま……主に怒りに溜まった行き場のない憤慨に身を任せて、拳のみで撃退していく。


「──別に、俺だって好きでこんなダサい格好してるわけじゃねぇわッ!!」


 女性の実況と周囲の反応からお察しの通り、俺は今回のこの闘技場大会に参加するにあたって素性を隠していた。


 一度限りの参加とは言え、ここは裏社会の中枢……多くの人が集まる場所である。

 そんなところで、バカ丸出しで素顔と本名を晒せるわけもない。


 ただでさえ、優勝を目指しているのだ。勝ち上がれば注目度は増して行くだろうし、当然の処置とも言えた。……だが、その処置の方法が聊かおかしかった。


「偽名を使いましょう」


 分かる。


「素顔を隠す為に仮面を付けましょう」


 これも分かる。


 確かに俺は事前のアホ師匠との打ち合わせで、彼女がしてくれた提案に納得した。

 なんならたまには常識的な事を言うじゃないかと感心までしたほどだ。


 ……だが、その後は全てがおかしかった。


「おお! M・M! 強い! 強いぞぉ!? 面白いくらいに向かってくる敵を明後日の方向に殴り返すぅ!!」


 まず、名前。


「M・M」と書いて「M(マスクド)M(マン)」って何やねん。なめとんのか。名前を考えたのはもちろん何処かのアホ師匠であり、彼女はこの名前をミステリアスでちょうかっくいい(本人談)と本気で思っているらしい。お前のセンスはどうなってんだ。


 ──と言うか、字面だけ見たら前世で言うところの半透鏡の壁で出来た荷台を付けたいかがわしい車……M・〇号じゃねぇかよ! マジふざけんな!


 そんでもってこの仮面だ。


 一言で言い表すならば、某パンツを模した仮面を被った変態……以上!!


 このチョイスも、もちろんどっかのアホ師匠だ。

 これも名前と同様にイカしてて最高にかっくいいと思っているらしい。しかも何が救えないって、選んだ本人も超ノリノリでこの仮面を身に着けていると言うこと。


 ついでに補足するとアホ師匠はこの裏社会では「M(マスクド)L(レディ)」の偽名を名乗っている。

 ……いや、逆にこれで自分だけ、仮面を付けていたら盛大に切れ散らかしていただろう。


 ──普通に罰ゲームだろ。


 だが、あの師匠が嬉々としてこの格好をしていることもあって、俺はこの格好に文句を言えなかった。


 だって、俺には彼女のお願いを叶える必要があって、この格好もその一つなのだから。


「さぁ! 残り時間はあと三分! これは面白いことになってきた! 制限時間内にシンボルを持った八人が他の参加者を綺麗に倒しきれるかと言うところだ!?」


「やっておしまい、M・M!!」


 びしっと手に持った派手な扇を翻して華麗に決めポーズ。

 どこかのコスプレ師匠の調子は絶好調のようだ。


 ──全く、あの魔女に羞恥はないのか……。


 ここまでの経緯にやるかたない憤りを覚え、溜まっていたストレスを発散していると気が付けば予選も終盤らしい。


 確かに、周囲を見渡せば、あれほどむさ苦しかった視界がスッキリとしていた。


「──うあぁ! 今のあたし、ちょー裏社会の女ボスって感じ! 一度やってみたかったのよねぇ!!」


 ──あと、本当にあんたは楽しそうだな!


 無邪気な幼子のようにはしゃぐ年増おば──お姉さんに半目を向けつつ俺は拳を適当に振るう。


 こんな予選、肩慣らしにもならない。ほとんどの参加者が低レベルすぎる。


 ──一応、修行のはずなんだけどなぁ……。


 今のところ、変な設定とコスプレを強制されて暴れまわってるだけ。


 だが一応、この大会に参加した目的の一つは件の悪魔の力を支配云々、その為の修行を云々の為であり、この建前は全く意味を成していなかった。


 そもそも、この大会、魔術(・・)は禁止ですしおすし。

 この縛りが大きすぎて、前世(ゲーム)の時のようなアホな難易度は見る影もない。もうメチャクチャだった。


 ──こんなの俺の知ってるダリアルートと全然違う!!


『ははっ、確かにこれは別物過ぎて、逆に面白く思えてきたなご主人』


「面白くねぇよ!!」


 そんな嘆きもむなしく、俺は気が付けば予選を突破していた。

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