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第40話 恋するお嬢様は協定を結ぶ

 最近、私がこの世で一番信頼している執事──セナが屋敷にいない。と言うか、周囲が私と彼を物理的に遠ざけているような気がする。気がする──というより、事実として遠ざけられている。


 まぁ確かに? ここ最近はちょっと彼の側にベッタリだったと自分でも思うけど、周りがそんな敏感になるほどではないと思う。ないよね?


 ……いや、言い訳はやめよう。確かに私は休養中の彼にちょっと、本当にちょっと過剰に甘えてしまっていた。今ならばそう自己分析できるし、反省だってしている。周りが言うのだからそれは何ら変わらない事実なのだ。受け止めよう。


 それに、自分の個人的な欲を満たすために、彼に負担を掛けるのは本意ではなかった。


 けれど、ようやくお父様とお母様以外の……いや、もしかするとそれ以上に私を大切にしてくれて、絶対に私の前からいなくならないかもしれない存在と出会えたのだ。

 だって彼は約束してくれたのだ。「絶対に貴方から離れません」って。


「ふふっ──」


 あんなこと言われてしまえば期待してしまう、甘えたくなってしまうじゃないか。


 そう、これは言わば運命。誰がどう言おうとも私と彼は運命の赤い糸で結ばれているのだ。異論は認めない。


 そんな一緒にいる運命だと言うのに、結果として私と彼は物理的に距離を離され、顔を合わせる時間が極端に減ってしまった。事実として私は彼が屋敷に戻ってきた夕方以降にしか会えないし、夜の寝る前、ちょっとした時間しか一緒に過ごすことができない。


 これはちょっと極端すぎる処置ではないかと思わないでもない。


 確かにベタベタしすぎたかもしれないけど、これじゃあ全く意味がないじゃないか。


 彼との時間が着実に確実に減らされていっている。


 その最たる証拠が、最近臨時で私の小間使いの任を賜った双子らだ。

 彼らがことあるごとに私とセナの間を邪魔してくる。


 しかも、その双子はセナの実の弟妹だというじゃないか。本当になんと妬ましく、羨ましいことか!


 私よりもセナと血縁上深い関係で繋がっているという事実がもう許せないし、しかも年も私の四つ下と言うのも気に食わない。「若さ」とは力であり正義なのだ。


 なんとなく、セナは私よりも双子の方を可愛がっているように思うのだ。


 ──だって抱きしめてたし! 頭もなでなでしてもらってたし!! 私だってまだされたことないのに!! あのクソガキ共……!!


 ……おっと、いけないいけない。未来の彼の妻である私が、こんなことで嫉妬してはいけない。


 もっと広く寛大な心で子供の戯れも許してあげるべきだ。


「そうよ、私はいずれ彼と結ばれる。血の繋がっている者では決して辿り着けない場所に行くんだ──」


 そう思えば、荒立ち始めたこの心も落ち着いてきた。


 ……だが、実際問題としてこの双子は実に厄介だった。なにせ、今までは見張り役がいないから好き勝手に彼の部屋に忍び込めたが、あの双子がいることでそれが阻まれるようになったのだ。


 しかも、何故か兄弟エピソードと言う名のマウントを交えながら。


「兄様はすごい」「兄様に迷惑をかけるな」「年下の僕たちにできてお嬢様にできないのはおかしい」と来たものだ。本当に腹立たしい。くだらない挑発の類だ。だが、私の立場と目指すべき未来を考えれば「些細なことだ」と一蹴することもできない。


 それに私のプライド的にも、年下に舐められると言うのは看過できない。考え方を変えれば遠くない未来、この双子は私の義弟義妹になるわけだ。ここで友好な関係を築くのはやぶさかではない。


 何より、あの双子が私を宥めるときの見下した眼が気に入らない!


 だから──


「絶対に私をお姉様と呼ばせて見せる!!」


「ねえねえセラ。また(・・)、お嬢様が独り言を言ってるよ?」


「本当ねセル。兄様に会えなからって頭がおかしくなったのかしら?」


 なんて奮起していると、不意に背後からここ数日で嫌でも聞きなれた幼い声がする。


 いつの間にかお茶の時間らしく。双子のセイラとセイルはひそひそと内緒話をしながら準備を始める。うん、普通に聞こえてるからね?


「貧弱だねぇ」


「貧弱ねぇ」


「……」


 そしてなんか、仕える主に対して不敬すぎる言葉が聞こえた気がするのだけれど?


「「まぁ、僕(私)たちはちょっと兄様に会えないぐらい余裕だけどね」」


「フーッ!フーッ!フーーーッ!!!」


 我慢。我慢よアリサ。所詮は子供の戯言。こんなことで怒りを露にするなんて淑女のすることではないわ。


 そう、私は彼に相応しいレディになるのだから。こんな時はセナのことを考えるに限る。


 セナとの素敵な思い出を想えば、私はどんなことだって許せる。それこそ、女神ユリスヴェールのように慈悲深くね。


「はぁ……今頃、セナはどこで何をしているのかしら?」


 そんな、なんてことない疑問を呟いた時だった。


「「それ、僕(私)たちも気になる」」


「……え?」


 準備の手を止めて、グイッとこちらに双子の綺麗な顔が近づく。


 いつもは何を言っても、クソ生意気な返答しかしないこの双子が珍しく同意してきた。そして──


「最近、兄様は街で女の人と会ってるらしいよ、セラ」


「あら。兄様にも遂に春が来たってことかしらね、セル」


「……は?」


 とてつもなく気になることを言いだす。他の女……ですって?


「うん。僕、鼻には自信があるんだ。昨日も帰ってきた兄様からちょっとだけ女の人の匂いがしたよ、セラ」


「それは喜ばしいことね。あれほど素敵な殿方に今まで恋人の一人や二人、いないことの方が不思議だったの。ようやく世界が兄様の魅力に気付いたってことね、セル」


「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」


「「?」」


 思わず、私は二人の会話に割って入る。


 不思議そうな双子の視線を無視して、私は言葉を続けた。


「そ、その女っていったい誰で──」


「「そんなの僕(私)たちが知るわけないじゃないですか」」


 それはそうだ。何せ、この二人は屋敷に帰ってきてから、ずっと私の身の回りの世話をしていたのだ。彼の後を付ける暇なんて──


「「でも、ご命令くださればお調べできますよ?」」


「……え?」


「ちょうど明日、お嬢様は何も予定のない休息日です。そしてちょうど僕たちも兄様の恋人が誰か気になっていたんですよ」


「よろしければ明日、私たちと一緒に兄様を尾行しますか?」


 だからこそ、その二人の提案には目から鱗であった。「その手があったか!」とその考えに及ばなかった、愚かな自分を呪ったまでだ。


 だから、私はこの双子の提案に乗ることにした。


 気に入らないが、その若さにしてはこの二人の実力は申し分ない。街に出ても何ら問題ないと言っていい。


 ──まぁ、流石にセナにはかなわないのだけれど……。


 そうだ、気に入らないが──一旦ここは休戦と行こうじゃないか。

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