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第28話 モブ執事は説明を受ける

 話を聞くに、どうやら俺は一週間も目を覚まさなかったらしい。


「……は?」


 予想外の自分の爆睡ぶりに、呆けた声を上げてしまうのは仕方がないだろう。


 何せ一週間だ。感覚的にいつも通りの睡眠時間のつもりだったのが……確かに、そう言われると寝すぎた弊害か身体がだるいような気がした。


 逆に、そうなるほどまでに俺の身体は危険な状況だったともいえる。

 そして更に詳しいパーティーの顛末で、俺とリーヴェル姉さん──あの日の誕生日会に参加していた使用人らとの間で認識に齟齬があった。


 と言うのもあの日、大好きな両親の参加がないことに癇癪を起し、誕生日会を飛び出してしまったお嬢様を、彼らが見つけれたのは朝が明けるかどうかの時間だったらしい。

 それまで、アロガンシア家の人間総出で、俺達を捜索したがそれまで全く見つけられなかったと言うのだ。


 ──……それもそうか。


 決して広くはない森だ、人手があれば探すのは容易であるとリーヴェル姉さんたちは考えていたが、実際はそう上手くはいかなかった。


 しかも、見つけたら見つけたでその場は何かと戦った余波で荒れ果て、そして俺は瀕死の状態で地面に転がっている始末。

 当時、死屍累々の俺達を見つけたリーヴェル姉さんは酷く動揺したらしい。それにまるで、急に湧いて出たかのような俺達に、アロガンシア家の人々は困惑もしていた。


 まぁ、これに関してはあの悪魔の次元結界で別の空間にいたのだから、仕方がないのだろう。

 戦闘中は気にも留めなかったが、あの悪魔は再び結界を張り直していたし……その術が解けたのが夜明けごろと言うだけの話だった。


 そうして姉さんの話から分かる通り、どうやらダリアの方は上手く使用人らに見つからずに退避できたらしい。

 しかも、森に放置された俺とお嬢様が他の魔物に襲われないように、防護結界のオマケ付きでだ。


 彼女も相当疲弊していたはずだろうに、本当にありがたい限りだ。

 今度、しっかりと誠意をもってお礼をしなければなるまい。


 そんな考えを巡らせながらも、リーヴェル姉さんの説明は続いた。


 俺達を見つけ出し、連れ帰ったはいいものの、アロガンシア家の人々は森の中で何があったのか全く調べが付けられなかったと言うのだ。


 一番の参考重要人物である俺は今まで目を覚まさず、意識のあるお嬢様の言葉は要領を得ずに判然としない。

 それどころか、一日中俺の側を離れず、その看病を自ら買って出たのだと聞かされた時は愕然とした。


 あのお嬢様が他人を思いやって行動しているだけでもう奇跡。

 感涙必死の珍事に違いなかった。


 そんな奇妙な光景に立ち会えなかったのは残念であったが──


「なるほど……」


 大体の状況、それと謎の一つが解けて俺はようやく目覚めてからの状況が納得できた。


 対するリーヴェル姉さんは困った様子だ。

 いつも仕事で数々のポカをやらかしている彼女の困り顔は別に珍しくもないのだが、今回のそれはいつものモノと孕んでいる感情は全くの別物であった。


 そうして彼女は申し訳なさそうに俺に言った。


「セナくん。目が覚めたばかりで申し訳ないんだけど……色々と執事長や当主様たちにあの日、何があったのか説明をしてもらってもいい?」


 戦闘の傷は完治しているとは言え、だとしても精神的な疲労も含めれば身体は万全とは言いずらい、それに加えて、目覚めていきなり事情聴取ともなればなんとも気の重い話である。


 けれど、これはあの場で──横で寝息を立てる──一人の少女を守り抜いた俺の責務でもあった。

 それに、色々と言いたいこともあった。


 だから俺は姉さんの言葉に頷くことにした。


「わかった。すぐに行くよ──」


「ありがとう……それと、ごめんね……」


「姉さんは悪くないでしょ」


「でも……」


 何故か責任感を感じている姉に苦笑しながらベットから起き上がろうとする。


 だが、そこでとある問題に直面した。


「あーっと……お嬢様をどうしよう……?」


 それは今もこちらの手を、その白く細い指で絡めとるように力強く握り、離れようとしない主の対応である。


 このままベッドを起き上がるのは容易だが、そうすればお嬢様の手を解いてしまうことになり、彼女はきっと目を覚ましてしまうだろう。

 折角、気持ちがよさそうに主が安眠しているというのに、それを木っ端の小間使いが妨げてしまうのは気が引けてしまった。


「──何かいい案とかない?」


「わ、私に聞かれても困るよぅ……!!」


 妙案はないかと姉に尋ねるが、先ほどまでの凛とした様子から一転して慌てふためく。まぁ、そうだよなぁ。


「どうしたもんか……」


 頭を悩ませる俺にはやはりこの場を丸く収める妙案は浮かばず、暫しの静寂が部屋を支配する。


 そうして、もう妙案が出ないならば仕方なく強行突破するしかないかと思い始めた時だった。


「──んっ……」


「あ」


 可愛らしい呻き声を上げて、お嬢様が小さく身じろぎする。


 そうしてそのまま目が覚めた彼女は、ぼんやりとまだ意識が判然としない眼でこりらを見上げた。


「お、おはようございます。お嬢様……」


「あら、ようやく目が覚めたのね……セスナ」


 おずおずと挨拶をする俺を見て、お嬢様は普段家族にしか見せない柔らかな笑みで微笑む。


 ──……もしかしなくても寝ぼけてる?


 その初めて見る主の様子に首を傾げるが、その様相は正しかったようで彼女はそのまま二度寝に入ろうとする。


 しかし、それは途中でキャンセルされた。


「──ッ!! 目が覚めたのね、セスナ!!?」


「は、はい……ご心配をおかけ──」


「よかった! 本当に、よかったよぉ……!!」


 そして、もう一度こちらの顔を目を白黒させて見上げると、くしゃりと顔を歪めて勢いよく胸に飛び込んできた。


「……はぁ?」


 思わぬ事態に、はいつもの使用人モードから一気に素の、呆けた声が喉から鳴ってしまう。


 けど、それも仕方のないことだった。


 ──おかしい……何かが、おかしい。


 途端に俺の胸中を駆け巡る違和感。


 それは胸に抱き着いて泣きじゃくる少女に対してであり、自分の知るアリサ・アロガンシアという少女からは、全く予想もできない言葉だったからだ。


 ──なにがどうして、こうなった?


 流石にたった一週間で人格が変わりすぎていないか?


 確かに、自分は彼女の命の恩人だ。忍び寄る悪魔からその身を挺して守り抜いた。

 きっとお嬢様のこの態度の変わりようはそのことが深く関係しているのだろう。

 ……だが、そんなの俺からすれば、当たり前の話なのだ。


 だってそうだろう?


 俺はアロガンシア家の──小間使いとはいえ──主に仕える執事だ。

 幼い頃から使用人一族のハウンドロッドの子供として育てられて来た俺からすれば、主は守るべき存在であり、その主に身の危機が及べば、自分の命を顧みず助けることなんて当たり前なんだ。


 そんなの、眼前の少女だってよく理解しているはずだし、寧ろそれが当然だと思っている質のはずだ。


「あなたが全然目を覚まさないから私、ずっと心配で……!もう、一生このままなんかじゃないかって──!!」


 だが、これは一体どういうことだ。


 眼前で巻き起こっているこの光景は、たかが小間使いのモブ執事の安否を案じるような、出来た主なんかではないと痛いほど知っているからこその違和感。


「もう絶対に! 私に寂しい思いをさせないで! あの時してくれた約束通りに、ずっと私の側にいて!!」


 ──これじゃあまるで、ツンデレの「デレ」が強すぎる激甘ヒロインじゃないか……!?


 激しい衝撃に打ち砕かれたような錯覚。


 そんな感覚を覚えた俺はしばらくの間、主に抱き着かれながら放心するのであった。

 ズキリと眉間が痛みを覚えたのは果たして、急激なストレスによるものなのか。


 今の俺には判断が付かなかった。

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