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第29話 モブ執事は呼び出される

 様々な衝撃をとりあえず後回しにして俺がやってきたのは、アロガンシア家現当主であるリベスタス・アロガンシアの執務室であった。


 それも、その愛娘であるアリサ・アロガンシアお嬢様と一緒にだ。


「あの……お嬢様、流石にもう腕を離していただけないでしょうか?」


「ダメよ。またセナが倒れたら大変だもん。私がしっかり支えておいてあげるから安心しなさい」


「──お気遣い痛み入ります……」


「ふふん! 気にしなくていいわ!」


 しかも何故か、お嬢様は俺の腕をがっつりと胸に抱きかかえて、絶対に離すもんかと言った勢いである。

 ……いや、現にこちらの嘆願は呆気なく一蹴されたわけだが……。


 どうして俺達がここに来たのかは言うまでもないだろう。

 既に、俺が目覚めたことは他の使用人によって報告済みであり、部屋の中には当主様と執事長の父ラーゼンが俺の到着を待っていることだろう。


 できれば、すぐにでも部屋に入って色々と報告をしたいのだが……如何せん、お嬢様がこの状況で中に入るのはダメだろうと言うことで、二の足を踏んでいるわけだ。


 使用人に抱き着く公爵令嬢……うん、全然アウトですね。

 この状況で、彼女の父親であるリベスタス様にどんな顔して会えばいいと言うのだ。下手すれば俺の首が飛ぶぞ。


 だが、当のお嬢様は全くそれを気にしていない。


 それどころか──


「普通、使用人とは言え今日目覚めたばかりの怪我人を部屋まで呼び出すなんてどうかしてるわよ……。私の執事をなんだと思ってるのかしら。お父様にちゃんと文句を言わなきゃダメね──」


 我が主様は大変にご立腹の様子である。


 しかも、その理由が自分のことに対してであることは今の発言からも明白で、俺の脳はもう状況が呑み込めなさ過ぎて逆に面白く思えてきた。


 なるほど確かに、お嬢さまの言も一理ある。


 本音を言えば、俺も起きてすぐに呼び出されるのはどうかと思うが……けど、そこは使用人。

 逆に、一週間も眠りこけていたことに罪悪感すら覚える。それに、身体の方はおかしいくらいに快調なので、動けるならまあ動くかくらいの感覚なのだ。


 しいて言えば視界が少しまだふらつく程度で、本当に元気いっぱい。

 これなら自分から出向くのも当然だと思えた。


 だが、やはり隣の主はそうではないらしい。


「行くわよ、セスナ」


「あ、はい」


 んでもって、そのまま突撃した。ここら辺の大胆な思い切りは普段通りである。


「失礼します」


 凛とした声と共にお嬢様に腕を引かれ、俺は執務室の中へと入っていく。


 すると、前述したとおりの人物らがこちらを出迎えた。


「よく来てくれ──うん? アリサも一緒とは……どうしたんだい?」


 そこには巌を想起させる筋骨隆々の無頼漢──リベスタス・アロガンシアがちんまりと椅子に座り、その斜め後ろに控えるようにして父ラーゼンが控えていた。


 二人は一緒に中に入ってきた俺達に驚いた様子だ。

 そんな当主様の疑問の声に俺が弁明をしようとするが、それをお嬢様が遮る。


「お父様。これは一体どういう了見ですか?」


「……どういう──とは?」


「とぼけないでください。私の命の恩人であるセナが一週間ぶりに目覚めたというのに、すぐにこの部屋までわざわざ呼び出すとはどういう了見ですか、と言うことです。 いくら使用人と言えど、アロガンシア家の当主として礼節を弁え、礼儀としてお父様の方から出向くべきだと思うのですが──違いますか?」


「ちょ、お嬢さm──」


「セナは黙ってなさい」


「……畏まりました」


 開幕早々、ぶっこむ主様に俺は肝が冷えるが、当の本人はかなりご立腹の様子だ。


 そんな娘の様子に、流石のリベスタス様も、ことの深刻さを理解し、ぐうの音も出ない。


「う、うむ……それは至極当然。私も本当はそうしたかったのだが……いや、言い訳は不要だな。まずは謝罪と感謝を──」


 そうして、娘の言葉に当主様は立ち上がると、俺の前まで来ていきなり深く頭を床に付けた。


 それは所謂、「土下座」と言う奴であり、突然のことに俺の理解はもちろん追いつくはずもない。


「──は?」


「り、リベスタス様!?」


 後ろに控えていた父も、主人の急な行動にとんでもない顔をしていた。


 そんな使用人らの反応を無視して、リベスタス様は言葉を続ける。


「本当にすまなかった!! 今回の件と言い、こうして部屋に出向いてくれたことにも本当に、セスナには感謝してもしきれない! 本当にありがとうッ!!」


「と、当主様! そんな、顔を上げてください──! そんなことをされては困ります!!」


「いいやダメだ! アリサの言う通り、俺にはこの家の当主としての礼節が皆無だった! 仕事仕事と、何かと理由を付けてそればかりにかまけ、家族は疎か使用人たちへの気配りもできなかった! 本当に申し訳ない!」


 その言葉は心の底から出た本心なのだと、俺はリベスタス様の行動と言葉からひしひしと感じ取った。


 そして俺は当主様と目線が合うように傅き、自然と言葉を紡いでいた。


「……本当に、顔を上げてくださいませ当主様。そのお言葉が聞けただけで、私は満足でございます。いち小間使いに掛けるには過大なお言葉に痛み入ります」


「そんなことは──」


「それと、私のような小間使いが出しゃばるべきではないと重々承知ではありますが、一つよろしいでしょうか?」


「な、何でも言ってくれ! 娘を助けてくれた君の言葉だ! どんなものだろうと私は受け入れる!!」


 言質は得た。ならば、あとは言いたいことを言わせてもらおう。

 最初はいきなりの奇行に驚きはしたが……正直、この男には腹が立っていたのも事実だ。


 またとない機会だし、日ごろの鬱憤を晴らさせてもらおう。


「それでは──色々と自覚があるのならばしっかりと行動に移してくれると嬉しいです。気持ちは大事ですが、行動に移さなければ意味がありません。私たちはアロガンシア家に仕える使用人です。ですので少しばかりコミュニケーションが疎かになっても仕方がありません。……ですが、家族は──アリサお嬢様は違います」


「セナ……?」


 唐突に名前を呼ばれてお嬢様が不思議そうにこちらを見上げる。


 それに対して俺は優しく微笑み、言葉を続けた。


「お嬢様は今回の誕生日会を本当に楽しみにしておられました。普段は会うことの難しい当主様方と一緒にいられる貴重な時間です。その気持ちは我ら使用人一同も重々承知しておりました。そしてその為に最高の場を整え、用意しようとも。ですが、蓋を開けてみれば、当主様方は年に一度の大事な会に急遽ご欠席成された。その背景にはやむを得ない理由があったのでしょうが、その言い訳でお嬢様を納得させるには少々、酷だとは思いませんか?」


「う、うむ……」


 俺の問いかけに、リベスタスは肩身が狭そうに重苦しく頷く。


 たぶん、既にそのことで色々と周囲に言われて、反省もしているのだろうが、それでも言葉を続けさせてもらう。


「ご当主様がお嬢様を本当に愛しておられるのは知っております。その証拠に、お嬢様には何不自由がないように、お嬢様が望んだものはすぐに取り揃えられる環境になっております。ですが、お嬢さまが本当に望んでいるのはモノなどではなく。家族の愛、当主様たちとの掛け替えのない家族の時間なのでございます」


「……ッ」


「ですので、どうか、もっとお嬢様との時間を大事に、ほんの少しだけでもよろしいので会える時間を増やして頂けませんでしょうか。それだけで、どれだけお嬢様が日々の寂しく孤独な時間を頑張れることか……。それ以外の、お嬢さまがお独りの時は、アロガンシア家の使用人である我々が微力ながら、お嬢様の孤独を少しでも和らげられるように尽力してまいります。ですのでどうか、ご一考のほどよろしくお願いします」


 最後は俺が頭を床に付けて嘆願することで言葉の締めくくりとする。


 気持ちが高ぶって思わず土下座なんてしてしまったが……まぁ、結構不敬なことも言ったし、ちょうどいいだろ。


 そんな木っ端の小間使いの言葉を受けて、アロガンシアの当主は何も言葉を発さない。

 流石に、たかが使用人風情が出過ぎたことを言い過ぎたかと反省するが、次に出てきた彼の言葉は俺の予想外なモノであった。


「──私は今、猛省している!!」


「……え?」


 急に肩を掴まれ、顔を強制的に上げさせられた俺の視界に飛び込んできたのは、厳つい顔を盛大に歪ませて大号泣したリベスタス様であった。


「本当に、返す言葉もない! 君の言う通りだセスナ! それと同時に、私は君のような素晴らしい執事を持てたこと、そんな君が娘の側にいつもいてくれることが本当に頼もしい!!」


「は、はぁ……」


「ラーゼン! お前の教育の賜物でもあるな! 本当に、感謝してもしきれない!!」


「光栄にございます……」


 急に話の鉾が向いた父は、そつがなくお辞儀をしてその場を凌ぐ。


 あれは相当に動揺している様子だ。


 ──なにせ口の端がぴくぴくと痙攣している。


 なんて思いながらも、リベスタス様の言葉は続く。


「セスナ、キミの言う通りこれから私と妻はアリサとの時間を今まで以上に取れるように尽力すると誓おう! そして……不甲斐ない親で申し訳ないが、私たちがいない間、娘のことをどうかよろしくお願いします……!!」


 そう言って、男泣きしながら再び土下座をしたリベスタス様を俺は慌てて止める。これ以上、雇用主に土下座させるのは俺の精神衛生上まずい。


「も、もう十分にお気持ちは伝わりました! お任せください当主様。不肖セスナ、この身を賭してお嬢様の側にお仕えすることを誓いましょう」


 そうして、なんとも豪快過ぎる当主様の謝罪を切り抜けることができた。


 この時点でかなりのカロリーと精神力を消費したわけで……言ってしまえば、もう部屋を後にして今日はゆっくりしたいところである。


 だが残念。これはまだ前座であり、本番である今回の件の報告がまだ残っていた。

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