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第27話 モブ執事は夢を見る

 それを夢──と言うには、聊か現実味を帯び過ぎていた。


 じくじくと蝕み、苛むような痛みが全身を駆け巡っている。

 意識は朦朧として、目が覚めているのかそれともずっと気を失っているのか……その真っ只中を彷徨っているような気分であった。


 意識の覚醒は……たぶん不可能。これが夢であると認識できているが、俺の身体は微塵も言うことを聞かずに、ただその痛みと不安定な意識を彷徨うだけだ。


 いつまでこの苦痛が続くのか?


 そんな弱気な思考が巡る中で、先ほどからずっとするその声は俺を不快にさせていた。


「クソッ……どうして私がこんな目に──」


 苛立ちと困惑を隠さぬ軽薄な声には聞き覚えがあり、そして思い出したくのない声でもあった。


 ただ、意識は有れど、思うように言葉も発せられない今の状況で俺にできることはない。

 黙ってその声を聞き続けることしかできない。


 果たして、この軽薄な声がこちらに気が付いているのか、定かではないが……そのまま好き勝手にモノを言う軽薄な声に耳を澄ました。


「こんなはずでは……不完全な顕現とは言え、あんな何の取柄もないガキと、老いぼれ魔女にここまで手痛くやられるなんて……屈辱的だ──!!」


 ──へっ、そいつは残念、ざまぁ見ろ。


 忌々しげに紡がれる軽薄な声にやはり反応はできないが、その悔しげで屈辱的な反応を見るのは気分が良い。


「しかも、不完全とはいえあの神滅剣の模倣品を錬金するとは……あれは魔女の入れ知恵か?」


 ──残念ハズレ。あれは俺の前世(ゲーム)の知識でした。


 見当違いな軽薄な声の考察は愉快極まりない。


 まぁ、軽薄な声の考えも当然と言うべきか……あれは今のところダリアにしか作り出せない幻の一振りであった。

 その幻も恐らく二度と作り出すことはできないだろうが……分かっていたことだ。


 そもそもが、ゲームの知識を元に無理やり作り出した不完全な一振りだ。錬成に用いた素材を用意するだけでも一苦労だし、もう二度と集められる気がしない。

 その実、今回の錬成に用いたその素材の殆どが、ダリアの個人的な所有物であり、かなりの無理を言って使わせてもらったものなのだ。


 彼女にはまた大きな借りができてしまった。


「中途半端がゆえに、私の身体も中途半端に破壊され、苦肉の策でこんな凡人の身体に寄生しなければならないとは……」


 ──そいつも残念。俺だってお前みたいなクソを体に居座らせるつもりなんて毛頭ない。てか出てけ。


 本来の目的であったお嬢様の身体への寄生を防げた時点で、こちらの勝利は揺るがない。


 だが、だからと言って、この軽薄な声が煩く意識の中を騒いでいるのは我慢ならなかった。


「──まぁいい、所詮は代用品。ここから力を蓄えて、最後はあの少女の身体を乗っ取れれば何も問題はない。それを考えれば、このガキはあの少女の従者なんだ。常に次の依り代を監視できるのは、そこまで都合は悪くないか──」


 好き勝手に悪態を吐いて気分が落ち着いてきたのか、軽薄な声は平静さを徐々に取り戻し始める。


 そうして、本格的に入り込んだ体の具合を確かめ始めてた。


「肉体は……あの身体捌きと格闘術だ。この年にしては異常に鍛え上げられている。問題は魔力か……才能がないわけではないが、かと言って魔力が多いわけでもなし、無属性……これじゃあこの身体ではまともに私の力を使うにはだいぶ時間がかかるな──やっぱりハズレか?」


 ──おうおう、人の身体を勝手に吟味してしかもボロクソに言いやがって……。


 てか、なにをもう身体を自分のモノにした気でいるんだ、このクソは?


「はぁ……仕方ない、か。さっさと支配権を奪ってしてしまおう────む?」


 どこか諦めたような軽薄な声と同時に、俺は一層の不快感を覚える。


 しかしその不快感は長く続かず……ほんの僅かの間、我慢してみるとすぐに気の抜けた声が耳朶を打った。


「──なぜ奴の深層心理の奥底に入り込めない……? まさか、悪魔を身に宿しながら、まだあのガキは意識を保っているというのか?」


 なにやら不測の事態に慌て始めた軽薄な声に、俺の溜まっていた鬱憤がまた少し晴れる。


 と言うか、やはりコイツはこちらの存在を知覚できていないらしい。


「それにこの男の記憶は……そうか、二つの内在する記憶によってこの男は魂の重みを──常人ならざる意志の強さを以てして、私を拒んでいると言う訳か……」


 なにやら一人で勝手に盛り上がり始める声に、俺はこのまま諦めてくれないかな~とか思うが、奴も奴で生き残るのに必死らしい。まだもう少し頑張るようだ。


「たかが十数年しか生きていない小僧の身体を支配できないのは癪……私の沽券に関わる事態だが……ここまで規格外だと逆に面白くなってくるな」


 ──なにが上から目線で「面白い」だ。負け惜しみですよね? そういう強がり大丈夫なんで、さっさと消えてくれません?


「──気が変わった。その眼で貴様が何を望み、成し遂げるのか、この〈次元界魔〉のディヴァーデンが見届けてやろう。その後で、私がこの身体を貰い受ける」


 ──……またこのクソは勝手なことを……。


 一人で盛り上がる軽薄な──悪魔に俺は辟易としながらも、急に鳴りを潜めた不快感に逆立った意識も、だんだんと落ち着きを取り戻していく。


 次いで、強烈な睡魔が意識を掠め取ろうと誘ってくる。


 これでようやく、ゆっくりと眠りにつけそうだ。


 ・

 ・

 ・


 気が付けば、そこは十数年と過ごし、見慣れた自室のベットの上であった。


「……どうして?」


 予想外の光景と状況に、頭の整理がつかずに困惑するしかない俺は、呆然と自室の天井を見つめながら考える。


 何か、変な夢を見ていたような気がするが、どんな内容だったか全く思い出せない。

 

 最後に覚えているのは……夜の森にて、誕生日会を抜け出したお嬢様を迎えに行ったこと。


 そこで俺とダリアは、そのまま彼女の身体を狙う悪魔と遭遇し、あともう少しのところで奴を倒しきれ無かったこと。


 しかも、状況的には確実に死んだと覚悟もしていたと言うのに──


「生きてる……よな」


 窓の外を覗けば朝日が昇っており、どう見ても夜が明けていた。


「体はなんともない……てか、眼も治ってる!?」


 全身に無数にできた傷は完全に癒え、それどころか失ったはずの右眼と、あれほどズタズタにされた左手も元通りだった。


「本当に、なにがどうなって……」


 意識がはっきりすればするほど、状況を整理すればするほどに思考は混乱していく。


 あれほど酷かった身体の負傷や眼は誰が治してくれた?

 お嬢様とダリアは無事なのか? 

 そして、あの悪魔はどうなった?


 誰かにこの状況の説明をお願いしたかったが、そんな都合よく部屋に誰かがいるわけも──


「いた……」


 色々と重なりすぎて感覚が散漫になっていたのか、俺は自分の手を一生懸命に掴む、暖かい何かに気が付く。


 そして体をゆっくりと起こして視線を暖かい方に向ければ、そこには一人の少女──アリサ・アロガンシアが静かに寝息を立てているではないか。


「これは……まだ俺は夢を見ているのか……?」


 あの邪智暴虐なお嬢様が、いち使用人の部屋で爆睡している。


 その浮世離れしすぎた光景に俺の脳は停止寸前であった。


 ますます誰かにこの状況の説明をして欲しいと切望していると、それを見計らったかのように部屋の扉が静かに開かれる。


「入るね、セナく──って、ぇええ!?」


 果たして、部屋に入ってきたのはリーヴェル姉さんであり、彼女は部屋に入るなり目を覚ましている俺を見て大きない声を上げた。


 その、まるで幽霊でも見たような反応に俺は困惑しながらも、とりあえず挨拶をすることにした。


「お、おはようリーヴェル姉さん……入ってきていきなりで悪いんだけど、色々と説明をお願い──」


「し、知らせなきゃ! セナ君が起きたって、みんなに知らせなきゃぁあああああああああ!!?」


「えぇ……」


 俺のそんな切実な願いを他所に、姉は慌てたように部屋から飛び出し、大きな声を屋敷中に響かせ始めた。

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