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第26話 モブ執事は力尽きる

 確かに、俺とダリアが作り出した決死の一撃はあの悪魔の心の臓を貫いたはずだった。


 だと言うのに、これは一体どういうことなのか。


『ハァ……ハァ……ハァッ──!!』


「おい、それは流石にズルすぎるだろうが……!!」


 右眼を貫かれた引き換えに、短剣を突き刺した本人である俺は断末魔を上げながら、それでもなおまだこの世に顕現し続ける悪魔を見て、力なく呟いた。


 最善を尽くした。今できうる限りの、完璧とまでは言えずとも対策を立てて、眼前の悪魔を打倒するべく準備を進めてきた。

 予想よりも速く、こうして死線を交えることになるとは思わなかったが……それでもこうして必殺の一撃をあの悪魔に打ち込むことができた。


 ──それだってのに……!!


 この異様なしぶとさは想定外だ。予想外だ。話が違うではないか。


 ゲームの知識を前提とするのならば、この時点でこの悪魔にあの短剣の一撃を耐えうる道理はなかった。

 そもそもこの時点で、まだこの悪魔は力を完全に取り戻せていない不完全な状態なはずなのだ。


 そしてゲーム本編では明確な描写はされなかったが、悪魔は完全復活を果たすべく、圧倒的な才能の塊であるお嬢様を手中に収め、力を取り戻すというのが本来の──ゲームの筋書きなのだと思っていた。


 だから、事実上のラスボスと言えど不完全な状態の奴ならば、脆弱で、不完全な贋作と言えど、作中最強の剣で貫かれれば堪え切れる道理など無い筈だった。

 だからこそ勝機があると俺は踏んでいた。


 なのに、これはどういうことだ。


『本当に、予想外な事ばかり起きる……』


 眼前の悪魔──〈次元界魔〉のディヴァーデンは、確かに致命傷を受けていた。


 その証拠に、今も奴の胸には一振りの短剣が突き刺さっている。


 だが、無理をしてこの世に顕現させているはずの悪魔の象徴体が朽ち果てる様子はない。

 つまり、まだ奴はこの場に顕現する余力を残しているということだった。


 ──なんとかして、もう……一発、ぶち込まないとッ!!


 そう判断して、咄嗟に身体を動かそうとするが、起き上がるどころか指先ですら上手く言うことを聞かない。


 それもそのはずだ。既に俺の身体は限界を迎え、片眼を失ったことで常人の平衡感覚も失われていた。

 満身創痍と言って何ら差し支えないその様は、地面に倒れ伏すだけの案山子である。


 加えて、不出来な最強の一振りは、その不完全さ故に、たった一度きりの攻撃でその役目を果たした。


「ク、ソ……がぁッ!!」


 先ほどまで悪魔の胸に突き刺さっていた短剣は、気が付けば自壊を始めていた。


「セス、ナ──ッ!!」


 しかも、その一振りを莫大な犠牲の果てに錬成した魔女も戦う余力を残していなかった。


 状況は最悪だ。このままではあの悪魔の言葉通り、守るべき主が為す術なく手籠めにされてしまう。


 ──ここまで来て、そんなの許容できるかよ!


 だが、それだけは何とか防がなければならない。


 ここで諦めてしまえば、これまでの努力や過程を全てなかったことにしてしまう。

 こんな瀕死になるまで藻掻いたと言うのに、最後の最後で全部無駄でしたなんて納得できるはずがない。


「うご、けぇ……ご、らぁ──!!」


 全身の魔力を練り上げる。


 身体強化で無理くり身体の強度を補強すれば、まだ立ち上がるくらいはできるはずだと、そう当たりを付けて踏ん張ってみるが……どうやら、魔力の方もガス欠らしい。


 練り上げた魔力はすぐに霧散してしまう。


 ──ふざけんじゃねぇ!!


 自分の不甲斐なさに怒りが込み上げてくる。


 無常にも、ただ地面をのた打ち回ることしかできない自分に叱責を飛ばしたのと、


『ゥグ……ゴ、がはッ──!!?』


 悪魔が苦しげに、血反吐を吐いた声がしたのは同時だった。


「ッ!!」


 反射的に悪魔の方へと視線が引き寄せられる。


 よく見れば、悪魔の象徴体はその端からわずかに朽ち果て始め、奴は奴でもう次の策を弄するほどの余力がないことが分かった。


 姿形を保っているだけで精一杯だったのだ。


『よもや、贅沢は言えないか……』


 未だ、燦然と輝くお嬢様の首飾りを一瞥して、悪魔は忌々しげに呟いた。


 そうして、不意に悪魔が今まで一度も目をくれなかった俺を見たかと思えば、震える手を伸ばしてきた。


 ──死なば諸共ってか……。


 せめて、消え去る間際に敵である自分を手に掛けようとしている。


 俺は呆然とそう感じ取り、傍からその光景を見るしかなかったダリアの声が聞こえた。


「ッ……ダメ! それだけは────」


 逼迫した彼女の声に、俺は申し訳ない気持ちになる。


 こんな自分の個人的な目的の為に、本来無関係である彼女をここまで巻き込んでおいて、何も恩を返せずに死ぬのは本当に申し訳ない。


 剰え、殺されそうになっている俺の姿を見てあんなに叫んでくれるなんて──


「セスナ逃げて! その悪魔、貴方の身体を乗っ取るつもりよ!!」


「……は?」


 そこで、俺は彼女が叫んでいた本当の理由を、自身の勘違いに思い至った。


『凡人の身でありながら、よくもここまでこの私を追い詰めた。その強さに敬意を払い。一時的ではあるがお前のその身体、このディヴァーデンが貰い受ける。光栄に思え』


「…………は?」


 意味の分からない悪魔の戯言と同時に、いつの間にか自分の視界が悪魔と同じ高さにあると気が付く。


 そして潰れた右眼に悪魔の手が触れて、その瞬間、形容しがたい不快感が俺を襲った。


「ぁ、ぁあ……ぐぅぁああああああああああああッ!!?」


 ぐりぐりと無遠慮に右眼を失った眼窟が穿り回される感覚に為す術はない。


 先ほどまであれだけ動かなかった身体は、無意識に暴れ出し、この苦痛から逃れようとする。


 だが、悪魔がそれを許すはずもなく。奴は焦りを声音に滲ませながら言った。


『予定は大幅に狂うが、生き残る為には仕方がない。お前の身体を基盤にし、私はここからまた力を蓄えることにしよう……!!』


 ──……そういう、ことか!!


 悪魔の言葉に俺は奴の目的を理解する。


 此奴は俺が思ってるよりも力を消耗していて、このままじゃ自分の存在が完全に消滅すると判断した。

 代替案としてお嬢様の身体を諦めて、俺の身体を乗っ取って次の機会につなげようとしているのだ。


「ッ──ぅぎ、ぁ……」


 理解したのと同時に、右眼から何か、禍々しい魔力の塊が身体に流れ込んでくる。

 たぶん……いや確実に、今流れ込んできているこれこそが悪魔そのものなのだろう。


「ぅぐ、ぁあが──!!」


 抵抗もできず、体の中を好き勝手にいじられる感覚は屈辱的だ。


 

 無意識に視線を彷徨わせ、気を紛らわせようとして俺は、呆然と地面に座り込んで虚ろな視線を向けるお嬢様と目が合った。


 その姿は泣くでも叫び騒ぐでもなくて、ただ愕然と大粒の涙を流している。

 ……まぁ、人間が目の穴を穿り回されている光景など、普通にトラウマものだろうし、彼女の反応も当然。逆に申し訳ないことをしてしまったと思う。


「あ────」


 気が付けば悪魔は完全に俺の中に入り込んだらしい。


 その証拠に、持ち上げられていた俺の身体は再び地面に叩きつけられた。


 その様を見て、一つの影が近づいてきた。


「セスナ!!」


 それは、何とか魔力欠乏によって気怠い体に鞭を打ち、身体を動かすまでに復活したダリアである。


「待ってなさい! 今、助けてあげるからね……!!」


 そうして、彼女は俺の中へと入り込んだ悪魔を排除しようと無理やりに魔力を練り上げ始めた。


 次いで、彼女のその温かい魔力が俺の身体を優しく包み込む。


「むり……しないで、ください……」


「黙ってなさい! 今助けてあげるから……!!」


 彼女は彼女で、とうに限界は超えている。


 こうして魔力を練り上げるだけでも、命を削るほどの激痛を伴っているだろうに、それでも目の前の魔女は必死に魔力を灯してくれた。


 光り輝く彼女の魔力は幻想的で、ただそれだけで魔術の極致にあった。

 わずかであるが、傷ついた身体を癒してくれてもいた。けれど、彼女の行動はただ問題の先送りにしかならない。


「うぐぁ──!」


 ダリアの努力を嘲うかのように、俺の身体は悪魔に蝕まれていく。


「ダメ! ダメよ! こんなの絶対に認められるもんですか!!」


 必死に泣き叫ぶダリアの姿を見て、やはり俺は申し訳なく思う。


 ここまで迷惑をかけて、更に彼女にこんな表情をさせてしまうとは弟子失格だ。


「すみませ────」


 けれど、俺にはもうどうにもすることができなかった。


 全身の力は抜けて、意識はずるずると闇に引きずり込まれる。


『さぁ、そろそろ終わりだ』


 その間際に、悪魔の声を確かに聴いて──俺は意識を失った。

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