第25話 モブ執事は秘策を使う
「俺は────ただのしがない執事だ」
『戯言を──!!』
俺のふざけた名乗りを挑発と受け取ったのか、悪魔は苛立たしげに表情を歪め、瞬く間にこちらの背後──お嬢様の頭上へと次元移動した。
次元界魔の名の通り、この悪魔は属性魔術ではなく、それとは別物の奴だけが扱うことのできる固有魔術を操る。
その名も〈次元界魔〉であり、奴の二つ名と同名の魔術だ。
その能力は、お嬢様を別次元へと隔離した結界術もであるが、空間と空間を自らが定義した次元と繋げて自由に移動するもの。
その無軌道の次元移動はハッキリ言ってチートそのものであり、人智を超越した力である。
ゲームでも無理やりな移動速度と攻撃範囲で苦しめられた記憶がある。
そんな、正真正銘の規格外な存在に、ちょっとばかし武術と魔術学……それと知識ばかりが先行しているたかがモブ執事が、ただ頑張って勝てるはずもない。
『貴様のような下等生物に、私の邪魔ができると思い上がることがまず間違いなのだ! この少女は私が貰い受ける! もう決めたことだ!!』
声高らかに悪魔が叫ぶと、そのやけに鋭利な爪を携えた掌がお嬢様の華奢な体を掠め取ろうとする。
「え……?」
その不意打ちの移動速度に、原理や方法は理解できていても反応できるかは別問題。
現に、俺とダリアは反応が遅れ、瞬く間にお嬢様が危険に晒されてしまっている。
確かに、かの悪魔の言う通り、この状況がすでに烏滸がましいことなんてのは重々承知している。
そして、このまま何の策も弄せなければ呆気なく、彼女が奴に捕らわれ、闇に誘われ、奪い去られることも──
「やれるもんならやってみやがれ」
だからこそ、俺はお嬢様を助けてすぐに準備を整えておいたのだ。
「きゃッ!」
『ッ──なんだと!?』
悪魔の無遠慮な腕が白銀の少女に触れようとした瞬間、彼女の首にかかった首飾りが煌めき、悪魔と彼女の間を境界線で隔てるように、聖なる障壁が展開される。
それにより悪魔の腕は障壁に弾かれ、苦悶の表情を浮かべながらお嬢様から距離を取る。
『聖女レネシアの聖域結界……聖晶石の欠片か!?』
「ご明察~。貴方たち悪魔に嫌がらせするならこれが一番だからね。お姉さん、ちょっと奮発して頑張っちゃったわぁ」
苦しむ悪魔の姿を愉快そうに眺める鳩の使い魔。
見事に事前に準備しておいた切り札が機能してくれ一安心である。
お嬢様に渡したあの首飾りは、少し前に俺がダリアへと作成を依頼していた悪魔対策の一つであった。
〈破魔の首飾り〉
それはゲームでも実際に登場するアクセサリーアイテムだ。
ゲームに登場するその装備効果は、正直に言ってしまえば平凡。今しがた目の前で繰り広げられた効果を齎すほどの性能はゲームにはない。
詳細としては、デバフ耐性と少量の防御力上昇程度と言ってしまえば雑魚装備扱いのモノ。
けれどもそのフレーバーテキストには、今あの悪魔が言った通り、特別な石の欠片で作られた貴重なアクセサリーであることが明記されている。
曰く、「その首飾りを掛けた女性はあらゆる悪を退け、魔を寄せ付けない。聖なる御守り」であるらしい。
正直、俺自身も本当に効果があるかは半信半疑であったが、こんな見事に嵌まるとは驚きだった。
「どんな些細なことでも覚えとくもんだな!!」
我ながら、前世の自分の凝り性ぶりには恐れ入る。
アイテムコンプも『ヘルデイズ』の完全攻略項目の一つなのだ。
そしてこのアイテム、効果は雑魚のくせに異様に入手難易度が高いことでも有名で、その効果と労力の見合わなさから、プレイヤーにはかなりヘイトを買っていた呪物的存在でもある。
そして、その入手難易度の高さは、肩でドヤってる錬金術師が深く関係してくるのだが……今はどうでもいい話だ。
「さぁ、これでお前はもうお嬢様に近づけない。潔く諦めたらどうだ?」
『舐めるな!!』
俺の挑発的な言葉を受けて、宙を舞う悪魔は忌々し気に顔を歪め叫ぶ。
そして、強硬手段に出た。
『ならば邪魔者を消してからゆっくりと手籠めにするまでだ!!』
次の瞬間、宙空にて黒曜の翼を広げた悪魔は無数の次元穴を展開し、そこから無数の魔力弾が撃ち放たれる。
その怒涛の砲撃は背後にいるお嬢様もろとも打ち抜く勢いであり、そうとう怒り心頭だと言うことが窺える。
──まぁそうなるだろうな。
諦めの悪い悪魔の行動に、しかし俺は想像通りであった。
ここで潔く退くのならば、奴は世界を滅ぼそうと暗躍するラスボスなんてやっていない。
ならば徹底抗戦だ。
「お嬢様をお願いします。……それと、祝祷礼装の準備も」
「もう! 人を体のいい使い魔みたいに……これが終わったらたっぷりお礼をしてもらうからね!!」
「勿論ですとも……!!」
俺はお嬢様をダリアに任せて、今なお激しく砲撃を続ける悪魔の懐へと飛び出す。
まともな装備なんてない。身一つ、素手喧嘩でかの次元界魔へと肉薄する。
それは傍から見れば到底無謀、愚行としか思えないだろう。その実、ゲームで登場する序盤形態の悪魔と言う敵は、デフォルトで物理攻撃が無効なのだ。
おそらく、この現実でもそれは変わらず不文律であろう。
ならば、物理でしか火力を出せない俺にはあの悪魔を打倒する術はなく、ただ死にに行っているようなものなのだが……そんなことは自分が一番理解している。
だからこそのダリアへの指示であり、俺の役割はそれまでの時間稼ぎだ。
「さて、この本編すら始まっていない無理やりな顕現だ。あとどれくらい、お前はこの世にいられる?」
『ッ! 貴様、なぜそのことを──!!』
無数の魔力弾を搔い潜り、何とか攻撃の届く間合いまで距離を詰める。
そのまま予備動作なく振り抜いた右拳が悪魔の鳩尾を狙う。
「〈疾噛〉──!!」
しかし、拳は既のところで防がれる……が、確かに俺の拳は悪魔の防御を捉えていた。
『チィッ……! 悉くふざけた人間だ!!』
「そりゃどうも」
悪魔はまさか拳が届くとは思っていなかったのか忌々しげに唸る。
対する俺としては当然の結果であった。
簡単な原理だ。物理が無効ならば魔術は効果があると言うことであり、俺は単純に拳に膨大な魔力を纏わせて悪魔を殴った。
それは不安定で魔力の消費効率は圧倒的に落ちるが、属性魔術の扱えない俺でもできる、疑似的ではあるが魔術であった。
これこそが、今俺が奴に対抗できる唯一の戦法だった。
欠点と言えば、前述したとおり燃費が悪すぎて、凡人の俺の魔力量では継戦能力に致命的な問題があると言うことくらいだ。
──全力で殴り続けるなら持ってあと十分!!
それまでに眼前の悪魔の相手をしながら、俺はダリアの準備が整うまで耐え忍ぶしかない。
馬鹿げた強さを誇るこの悪魔を打倒するのならば、彼女の力は必要不可欠だ。
「まったく……聖職者の真似事なんて、愛弟子の頼みじゃなきゃやってらんないわよ……!!」
ぶつくさと文句を垂れ流しながらも、聖なる魔力で錬成陣を突貫で構築する鳩の使い魔。
その光景に悪魔は俺たちが何を企んでいるのか察しが着いたようだ。
『ッ!? 貴様、その術式は──!!』
「おっと、流石は魔帝階級第二位殿は博識であられる。まだ構築途中の錬成陣だけで俺達が何をしようか見破るとはな」
『小癪な!!』
敗北の可能性を感じた悪魔は、狙いを俺からダリアへと変えようとするが、それを易々と許す道理もない。
立ち塞がる俺を邪魔くさそうに、悪魔の攻撃は更に激しさを増し、防御も間に合うはずもなく身体の傷がじわじわと増えていく。
一人で耐え忍ぶにも、これでは予定より早く無理が出てきた。
依然として、魔力弾の砲撃は激しさを増して、同時に縦横無尽に死角から爪撃を繰り出す悪魔に舌を巻く。
そこが分岐点であった。
「っぅぐぁッ……!!」
致命的な一撃。
魔力弾を回避し、背後に悪魔の鋭利な爪が忍び寄っていることを理解しながらも、思考とは裏腹に俺の身体は反応が遅れてしまう。
そうして悪魔の爪撃が俺の背中を袈裟掛けに切り裂いた。
『はは! ざまぁないな! そのまま大人しくくたばれ!!』
「セスナ──ッ!!?」
悪魔の嘲笑が耳朶を打ち、その光景を見ていたお嬢様の悲痛な叫びが鼓膜を震わせた。
そこで追い打ちをかけるように、悪魔が彼女に絶望を突きつける。
深く、俺の背中と腹を突き刺した。
「ごぼッ……ふッ────!!?」
『希望を抱いたところで無駄なんだ! 最後はお前のような世界に嫌われた人間は独りを宿命づけられ、孤独だけが傍に寄り添う! 決して見逃すな! 今、この私がお前の希望を打ち砕いて見せてやる!!』
「いや────」
腹の中心から熱が急速に広がり、それと同時に脱力感が襲う。
そのまま為す術なく、地面に倒れ伏してしまった俺を見て、悪魔は勝利を確信し、トドメの一撃を見舞おうとする。
『無力で平凡な人間にしてはよくやった。褒めてやろう……』
「ッ──!!」
眼前に極限まで練り上げられた魔力弾が映る。
このまま何もしなければ、俺はあの魔力の暴力によって頭を打ち抜かれて死ぬことだろう。
実際、今の一撃で俺の身体は言うことをすぐには聞いてくれそうもない。
だが、それでも俺はその瞬間が訪れるのを信じて、最後まで藻掻き苦しむ。
大切な、守り抜くべき少女を決して悲しませぬよう、
「お、ラァッ──!!」
『なッ──!! 正気か貴様!!?』
「はッ! こちとら大本気だよ!!」
俺は迫りくる魔力弾を既のところで素手で掴み取りほくそ笑む。
悪魔はまさか、俺が手で魔力弾を受け止めるとは夢にも思わなかったのだろう。とても驚いた様子だ。
──それもそうか。
何せ、今の防御で俺の左手は完全に肉が削げ落ち、グシャグシャに崩れ落ちそうになっているのだ。
螺旋回転が加えられていたことで想像以上に手が酷いことになっていた。
「ははっ……これ、治るかぁ?」
想像を絶する苦痛と視覚的な鮮烈さに視界がぐらりと歪む。
平凡で、無力な自分にできる最善策を取ったつもりだった。
後悔は決してないと言い切れる。けど、流石にちょっと弱音が出た。
──でも、ただの小間使いにしては及第点だろ……!!
痛みを無理くりに振り払い、鉛のように鈍重な身体に鞭を打って立ち上がる。
それと同時に魔女の合図が届いた。
「よく時間を稼いだわセスナ! 後でお姉さんがたくさんよしよししてあげる!!」
瞬間、錬成陣が眩い光を放ち、夥しい魔力の奔流が溢れ出す。
「私の長い人生史上で最高傑作の一振りよ! 受け取りなさい!!」
その錬成陣から生み出されたのはたった一振りの短剣であり、ダリアは容赦なくその短剣をこちらに飛ばしてくる。
「──助かる」
それを反射的にまだまともに機能する右手で掴み取る。
それは神すら滅することのできる剣の出来損ないであり、成り損ない……そして、泡沫の幻であった。
『よりにもよってその剣か……!?』
悪魔も、まさか予想もしなかった存在の顕現に目を剥く。
当然だ。それは、ゲームのエンドコンテンツにて解放される最強武器の型落ちであり贋作。
名を〈神滅剣ラグナレイド〉。
どんな敵をも……それこそ悪魔だろうが神だろうがたった一振りで滅ぼす、正に規格外の剣なのだ。
聖なる魔力を帯び、全ての悪魔に致命特攻を持ったその短剣こそが俺たちの最後の秘策だ。
「終いだ!!」
『舐めるなぁああああああああああ!!』
勝負を決める。それは立ち上がった俺を押しつぶそうと動き出した悪魔も同じようだ。
白光の軌跡を描く短剣が悪魔の心臓へと奔る。しかし、それよりも早く悪魔の爪刃が迫った。
回避は……完全には不可能だ。この一撃を外せば完全に俺たちの敗北が決定する。
それだけは何としても防がなければならない。
この一撃は俺一人の力で漕ぎ着けたものではない。
寧ろ、手伝ってくれたお人好しな恩師が、命を賭して生み出してくれた奇跡の一瞬なのだ。
「絶対に外せるかってんだッ!!」
だから、俺は右目を捨てることにした。
『ッ!? 何処までも正気ではないな!』
「それだけが取り柄なんでな」
肉を切らせて骨を断つ。完全な回避はする必要はなく、寧ろ決定的な隙を生み出すために、俺は爪刃を受けに行く。
激しい痛みと衝撃が右目を中心に迸る。
思わず頭が吹っ飛ばされてしまいそうな衝撃に、仰け反りそうになる弱音を瞬時に噛み殺し、その勢いのままに短剣を悪魔の胸へと突き出す。
「終いだッ──!!」
『ウグァアアアアアアアアアアアアッ!!!?』
そうして、幸いなことにその一撃は確かに悪魔の心の臓にまで到達し、愉快な悪魔の断末魔が耳朶を打った。
それで全てが終わるかと思えた。
確実に殺したと思えた。
……だが、悪魔はまだ意地汚く足掻いた。




