第21話 モブ執事は焦る
会場を埋め尽くさんばかりの拍手がその少女を出迎えた。
「おぉ!」
「あれがアロガンシアの令嬢か!」
「なんと綺麗な……あれでまだ成人前だと?」
「しかも魔術の才能もある。将来有望だな」
真紅のドレスに身を包んだその少女は艶めかしく大人びており、白銀の長髪と真紅のドレスのコントラストが幻想的で、その飛び抜けた美しい容姿に会場の誰もが息を呑んだ。
その後ろには、アロガンシア家の使用人たちを束ねる父ラーゼンが付き従い、それが更に威圧感と上位貴族としての風格を演出していた。
──気合入りすぎだろ……。
その姿はともすれば、まるでどこぞのマフィアと見間違うほど厳つく、洒落込んでいる。
多くの来賓を前にアリサ・アロガンシアは優雅にカーテシーをする。
「本日は私の為にこんな素晴らしい会と、皆様の祝福を大変うれしく思います。どうぞ今日はごゆるりと当家の素晴らしい使用人たちが用意した料理や美酒を楽しんでいただけますと幸いでございます」
そうして簡単な挨拶をすませると、パーティーの始まりの合図となる。
会場の脇で待機していた楽士らは優美な音楽を奏で始め、来賓の貴族らは料理や美酒に舌鼓を打ち、そして今回の主役であるお嬢様に祝いの挨拶をし始める。
まずは彼女の婚約者であり、この国の未来の国王であるユーステス殿下だ。
「アリサ、誕生日おめでとう。そのドレスも白くて可憐な君にとても似合っているよ」
「ありがとうございます、ユーステス殿下」
「これ、君の美しい髪に似合うと思って髪飾りを職人に作らせたんだ。気に入ってもらえると嬉しいな」
「まぁ、とっても綺麗……付けてくださいます?」
「っ!?も、もちろんだとも!」
慣れた様子で、しかし心の底から祝福するようにユーステス殿下はプレゼントを贈る。対するお嬢様はいつものテンパった雰囲気はどこへやら。
普段より余裕のある対応を見せて、何ならあの王子様を返り討ちにする勢いだ。
普段の彼女ならばそんなユーステス殿下を前に、まともな受け答えなんてできるはずもないのだが──今日に限っては平然と、落ち着き払っているではないか。
ここまで冷静で大人びた反応が返ってくるとは、殿下本人も予想できていなかったかのか、呆気に取られてように言葉を失ってしまう。
一種の絵画じみたその美しく華のある光景に、周囲の貴族たちは酔いしれ色めき立つ。
彼女にだけ向けられた笑みは極上の快楽にも似ており、横目で見ていた貴婦人らは甘いため息を吐き、失神する者までいた。
これが主役としての自覚か、それとも一つ年を重ねたことによる貴族としての成長か……来賓のほとんどはお嬢様の毅然とした態度に感心していたが、俺の所感は違った。
──何か、おかしい……。
確かに表面上は落ち着いている。
毅然としていて、貴族の淑女として普段では考えられないほど大人びてもいた。
けれどもそれは、絶え間ない貴族たちの挨拶対応を観察しているうちに気が付いた。
──いや、これは逆に落ち着きがない。
心ここにあらずと言った様子で、お嬢様の視線は一定間隔で来賓がやってきた会場の入り口を見ている。
それはまだ誰かが来るのを待っているようで……一人、また一人とお祝いの挨拶が終わるたびに彼女の表情は影を差していく。
いったい、アリサ・アロガンシアは誰を待っているというのか?
来賓はもう全員で揃っているはずだ。
次第に彼女の異変に気が付いた、一部の貴族はそんな見当違いなことを思うだろうが、俺たち使用人らは気が付いていた。
──まだか?
それはお嬢様の直ぐそばで一緒に来賓の対応をしているラーゼンが一番良く分かっていた。
本来、この時点で彼女の側にいるべきは彼ではない。先ほどからアリサ・アロガンシアは誰を待っているのか。
その答えは実に簡単。それは、彼女の誕生日を一番近くで祝うべきであろう両親の姿である。
そのことにようやく気が付いた一部の貴族らの顔色は、纏う雰囲気は少しづつ暗くなり始める。
表面上は取り繕って見せるが、こんな祝福するべき日に、一番祝ってほしい人に、誕生日を祝福されないと言うのは悲しいモノである。
パーティーも既に挨拶の列を見遣るに中盤を過ぎた頃……それがどんな理由であれ、彼らも感じ入り、同情していた。
そうして、あともう少しですべての挨拶が終わるかと言うところで、そばで使えていた執事長ラーゼンの元に一人の使用人が気まずそうに耳打ちをした。
「────」
「ッ──」
重苦しく、言伝を届けに来た使用人に確認を取るラーゼンの表情は険しい。
果たしてその使用人から報されたことは何なのか。
貴族らが聞き耳を立てる中、ラーゼンは報告を受けて今度こそあからさまに顔を顰めた。
「……それは、本当なんだな?」
「は、はい……」
それは本来、執事にあるまじき失態であった。
それに彼らしくもない、しかし俺は何となく会話の内容を察していた。
そして今しがたの報せを主に報告する義務のある父ラーゼンに酷く同情した。
「……お嬢様──」
「何かしら、ラーゼン?」
「大変、申し上げにくいのですが────」
そうして耳打ちで告げられた執事長の報せを聞き届けたアリサ・アロガンシアは、一瞬呆けた顔をしたかと思えば、一気にその可愛らしくも美しい顔を強張らせて、金切り声を上げた。
「お父様とお母様がここに来れないってどういうことよッ!!?」
「「「ッ!!?」」」
それは公爵家の令嬢にあるまじき態度であった。
しかし、何よりも大好きな両親に祝われることを楽しみにしていた彼女の気持ちを考えれば、仕方のないことであった。
劈くような彼女の悲痛な声に、場の雰囲気は一気に祝福するようなものではなくなる。
誰もがこの酷く盛り下がった場の雰囲気をどうするべきか、見計らう中で先んじて動き出したのはユーステス殿下だった。
「あ、アリサ、何か良くない報せがあったと思うけれど、そんなに悲しい顔をしないでおくれ……どう頑張っても僕らはアロガンシア夫妻の代わりになれないが、精一杯、今日と言う日が君にとって素晴らしいと思える会にするから、どうか泣かないで──」
彼は悲しさのあまり泣き出しそうな許嫁を励まそうと言葉を掛けるが、その優しは今の彼女には逆効果だった。
「うるさい! アンタなんかに私の気持ちが分かるはずがない! 別に私の事なんて好きじゃないくせに! アンタのそういう周りを気にしてヘラヘラと取り繕った顔が大っ嫌いなのよっ!!」
「ッ……」
明らかな拒絶。ともすれば王家に不敬を働いたことで罰せられても可笑しくはないほどの発言だ。
それでも、誰もそれを咎めることができず、遂に我慢できなくなったお嬢様は会場を飛び出してしまう。
洋館の横に備えられた庭園の囲いを一歩出れば、その先は真っ暗な森であり、魔除けの結界の範囲を超えてしまえば獰猛で危険な魔獣も平気で跋扈している。
突飛すぎる彼女の行動と、騒然とした会場の状況に誰もが何が起きたのか理解が追い付かない。
けれども、俺だけは違った。
「ッ、お嬢様!!」
即座に給仕の仕事を放棄して、森の奥へと消えていった主を追いかける。
これは想像以上に最悪の展開になってしまった。




