第20話 モブ執事はもてなす
錚々たる顔ぶれがアロガンシア家御自慢の別荘──その庭園に揃っていた。
「おぉ……ゲームでもちゃんとキャラデザが用意されている人たちが本当に来てる……」
許嫁であるユーステス王子殿下はもちろんのこと、古くから付き合いのある大貴族や教会の司教様に大商会の会長、果ては隣国の御令嬢まで遠路はるばるこのパーティーに出席していた。
右を向けば大物、左を向いても大物と、人によっては気を失っても可笑しくはないほど異様な空間が出来上がっている。
こんな時でもなければ揃わない顔ぶれは言い方を選ばなければ壮観ですらあった。
そんな中で平然と、来賓をもてなす為に最高の給仕をするアロガンシア家の使用人たちにかかる重圧は当然ながら凄まじい。
あがり症で緊張しいのリーヴェル姉さんが会場の表に出ようものならば、いったいいくつのやらかしを披露してくれることやら……考えただけで血の気が引けてくる。
そんな姉さんは当然ながら裏方であり、来賓を直接対応するホールを任せられた使用人らは精鋭揃いだ。
大変光栄なことに、俺もその一人としてホールに立っていた。
少しでも粗相をすればどうなることか……想像しただけでも身震いする。
それでも堂々と、アロガンシア家の使用人として恥じぬように仕事に従事していた。
「こちら、ウェルカムドリンクでございます」
「あら、ありがとう」
今しがた会場入りして、挨拶もほどほどに、手持ち無沙汰になり始めたであろう貴婦人にドリンク類の提供をさりげなくする。
状況としてはまだ来賓が会場入りしている途中。それほど数は多くないが、それは一般的な人間の感覚であり、やはり貴族ともなればそれなりの数になってしまう。
それに、本日の主役であるお嬢様の準備もまだ途中であり、会場入りはもう少し先だ。なので、パーティーの本格的な始まりはもう少し時間がかかるだろう。
そんないわば空白の時間を退屈なモノにしない為に、俺たち使用人らは来賓に先立ってドリンクや軽食の提供をしているわけだ。
──寧ろ、一部の貴族からすればこの隙間時間こそ本番だろうしな。
国でも重鎮、滅多に一堂に介すことのない面子が今日この日に揃うのだ。
運よくこの会に参加できた中堅以下の貴族たちは、意地でもコネ作りのためにこの機会を逃すべきではないだろう。
その証拠に、お嬢様の婚約者であるユーステス王子殿下や、教会の司祭様、そして大商会長の元にはたくさんの貴族が群がっている。
──これじゃあ誰が主役の会かわからないな……。
ある意味で、礼儀の弁えない輩に俺は内心で冷えた感情を覚える。
いくら今後の活動の基盤づくりの為、策謀渦巻く貴族社会を生き残る為に必死とはいえ、だからと言って何をしても許されるわけではない。
それは群がられていた件の彼らも同様であったらしい。
「ユーステス殿下! 私はアーリロント領を納めるアーリロント伯爵家の──」
「申し訳ありません。今日は王族ではなく一人の許嫁としてここに来ているので挨拶は不要です」
「バルボロッサ司教! 聖女候補が見つかったという話を耳にしましたがそれは本当で──」
「ええ、本当ですよ。ですが、今日はプライベートで来ているので仕事の話はまた今度でお願いできますかな?」
「グリームベルト会長──」
「ゴマすりは結構! 今日は美味い酒と親友の娘を祝いに来たんだ!」
悉く当たり障りのない対応をされる貴族らの不憫さに、思わず頬が緩むのを我慢しながら仕事に意識を戻す。
なかなかどうして、この国の、人の上に立つ人物らは気分の良い人物ばかりである。
なんて考えていると、一人の女性から声を掛けられた。
「そこの貴方……ちょっといいかしら?」
「──はい、なにか御用でしたでしょうか?」
振り返ればそこには見知らぬ……今回の来賓リストには見覚えのない妙齢な女性が、ひらひらと手を振ってこちらに話しかけてきた。
一瞬、無意識に感じ取った違和感から、上手くこの場に忍び込んだ賊の手合いかと勘繰るが、すぐにそれは違うと判断する。
何せ、その女性は見た目こそ違えど、雰囲気は覚えのあるものであり──その実、黒輝の錬金術師ダリアだったのだから。
「……こんなところで何をしてるんですか、ダリアさん?」
周囲を瞬時に見渡し、声を抑えて尋ねてみればなんともふざけた答えが返ってくる。
「楽しそうだから来ちゃった」
「……」
まるでサプライズが成功したことを喜ぶ無邪気な幼子のように、全く悪気の感じられない彼女の態度にはそこはかとない呆れを覚える。
そもそもどうやって厳重な警備を敷いているこの場に潜り込めたのか、完全招待制のパーティーの存在をどこで聞きつけたのか……色々と突っ込みたいことが多すぎる。
しかも理由が「楽しそうだから」と言うのが実に彼女らしい。
──かの黒輝の錬金術師ともなれば、貴族のパーティーに潜り込むのも容易だってか?
もうここまでくると錬金術とか魔術とかじゃなくて、盗賊の技術だろ。
それに、いくら自分の知り合いと言えど、こればかりは見逃すわけにもいかない。
今の俺は工房にいるときのただのセスナ・ハウンドロッドではなく、使用人のセスナ・ハウンドロッドなのだ。部外者をつまみ出す義務がある。
「いくら高名な錬金術師のダリア・メイクラッドと言えど、招待のされていないパーティーに無断で参加すると言うのは見過ごせません」
「い、いいじゃなーい。私とセスナの仲でしょ? ね?」
「いや、私はオンとオフはしっかりと区切る質なので、普通にムリですね。正直に、ここにいる理由を話さないなら問答無用で叩き出します」
こちらの言葉が本気であると雰囲気で感じ取ったダリアは、血相変えて話し始めた。
「わ、わかった! わかったわよ! 素直に話すからそんな怖い顔しないで! 私は頼まれたモノが完成したからそれを届けに来たのよ!!」
「──どうしてそれを早く言わないんですか……」
「だ、だって……最近全然工房に来てくれなかったから……」
「はぁ……」
急にしおらしくなったダリアから紡がれた言葉は予想外のモノであった。
全く、その綺麗で大人びた容姿からは想像できない、可愛らしい理由に俺は呆れ果てる。
バレたら一発アウトの貴族のパーティーに平然と乗り込んでくるのはどうかと思うんだ。
それに──
「いつも通り使い魔で知らせてくれれば取りに行きますよ……」
いつもは何か急用があれば連絡として使い魔を寄越してくるのに、全く今日はどういう風の吹き回しか。
いつもと違う行動パターンに困惑していると、何故かダリアはドヤ顔でこういった。
「大切な愛弟子が仕事で忙しそうだしね、気を使って届けに来てあげたのよ。どう? うれしい?」
先ほどまでのいじらしさはどこへやら。なんともわざとらしいその言葉に、しかしてありがたいのも事実ではあった。
──あと、弟子ではない。
できれば、なるはやで仕上げてほしいと依頼をしたのは自分自身でもあった。
その注文をしっかりと聞き届け、しかもこちらを気遣って直接届けに来てくれたと言われてしまうと、それ以上は強くモノを言えなかった。
「そういうことなので、飲み物を一ついただいてもよろしいかしら?」
「……こちらをどうぞ、マドモアゼル」
逆転の勝機を掴み取ったダリアは美しく微笑みながら、俺からウェルカムドリンクを受け取り、お返しとばかりに一つの小箱を手渡してきた。
それが依頼の品であるのは言うまでもない。そして付け加えるようにダリアは口を開いた。
「ちょっとふざけすぎちゃったけど、本当にただ会いに来たわけじゃないの。それを届けたかったのもそうだけど……一度ちゃんと貴方の主様の様子を見たかったの。今回のパーティーはそれにうってつけだと思ってね」
「──はぁ、お心遣い感謝します……」
偏に、悪魔がらみの件を踏まえて心配をしてくれての事。そう言われてしまうと、こちらとしてはもう何も言えない。
その実、今回の依頼の件も含めて彼女にはかなり助けられているのだ。
それにこの大事な日に、かの大魔術師の手助けが陰ながらでも得られるというのはありがたい限りだった。
「いいのよ。愛する愛弟子の為だからね」
ダリアは茶化すように言葉を紡ぐが、俺は本当に彼女とのパイプを作っておいてよかったと再認識した。
しかし、それを素直に言うのも癪だったので、今回はまあ見逃してやると言うことでダリアの行動に目を瞑る。
「だから、愛弟子じゃないです。……あんまりハメを外しすぎないでくださいね? お酒、そんなに得意じゃないんですから」
「わかってるわよぉ」
そんなやり取りをしていると、いつの間にか予定の来賓が全員会場入りして、後は本日の主役を待つばかりとなっていた。
そしてそのタイミングを見計らったかのように、今回のパーティーの主役であるアロガンシアの令嬢が会場に入ってきた。




