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第19話 モブ執事は披露する

 前世の記憶を取り戻してから、気が付けば季節が一つ変わった。


 記憶を思い出したのが春の終わりかけ、初夏に差し掛かるかと言ったところであったが、今は夏真っ只中である。


 ──全く時が経つのは早いものだ……。


 なんて感傷に浸っている余裕は──正直に言えば、今の俺には全然なかった。


「おうセナ! なーにをボケっと突っ立ってんだ! 暇ならこっち手伝え!!」


「うん」


「あ、セナ! ちょうどいいところに……ちょっと庭園の方にヘルプ行って! リーヴェルがまたドジやったのよ!!」


「分かった。すぐ行くよ」


 いつもは穏やかに、それでいて日々の雑事に大忙しのアロガンシアの使用人たちも、この日ばかりは様子が違った。


 何故か?


 今日は年に一度のお祝い事──我らがアロガンシアの公爵令嬢、アリサお嬢様の誕生日会が開かれるのである。


 しかも、その会場はいつもの王都の屋敷ではなかった。

 王国の北東を馬車で一時間ほど行ったところに、綺麗な湖のある森がある。その中に避暑地としてアロガンシアの別荘──洋館が存在した。


 毎年、お嬢様の誕生日はその避暑地の洋館がパーティーの会場となっているのである。


「……毎年のことながら、気合の入り方が違うなぁ」


 使用人としての矜持と言うべきか、最近はお嬢様の態度が軟化しつつあることもあって使用人たちも少しずつ彼女と接することが増えた。


 そんなこともあって、今日のパーティーへの熱の入りようも顕著である。


 いつにも増して険しい剣幕の使用人(かぞく)たちの圧に若干驚きながら、俺は言われた通りにそそくさと庭園の方に向かう。


 パーティーが開かれるのは夕方ごろ。公爵貴族にしてはこじんまりとした、親交の深いお家方々を呼んでの規模が小さめのパーティーであった。

 規模が小さいとは言えど、そこは貴族の、それも公爵令嬢の誕生日会となれば来賓の方々はそれはもうビックネーム──この国の重鎮方が来られるわけで……いつもより仕事に熱が入るのも仕方がなかった。


 これで下手な料理や会場の装飾をお見せしようものならば俺たち使用人の無能さを晒すことは当然ながら、それを召し抱えているアロガンシア家の顔に泥を塗ることになるわけである。


 だからこそ、いつも以上に完璧な仕事を心掛けねばならないのだ。


「うえーん! ご、ごべんなざいぃぃぃぃぃ!!?」


「あーもう、リーちゃんったら泣かないの!」


 そんな大事な日に、俺が庭園の中に入った瞬間に聞きなれた悲鳴が木霊していた。


 パーティー用の特別な華美な装飾が施された庭園は、いつにも増して綺麗でそれでいて殺伐としていた。


 何せ今しがた、一人のメイドが大やらかしをしでかしてくれたのだ。


「不肖セスナ、お手伝いに参りました~」


「せ、セナくぅぅぅん!」


「あ、ちょうどいい所にきたわねセナ。ちょっとリーちゃんの面倒見てて!」


「承りました」


「セナくん!?」


 庭園の飾りつけを取り仕切るメイド長──母レリア・ハウンドロッドは俺を見つけると、すぐにリーヴェル姉さんを押し付けてきた。


 俺は言われた通りに姉さんを引き取って端に移動、半べそをかく彼女の頭をなでて宥めてやる。

 いつになく落ち込んだ様子の姉を一瞥してから、俺は周囲の把握を軽くする。


 ざっと見た感じ、庭園の飾りつけはそのほとんどが終わっているように見えたが、その最後の最後でリーヴェル姉さんがポカをやらかしたのだろう。


「今日は何をしたのさ、リーヴェル姉さん?」


「う……ひっぐ……最後に飾り付ける予定だった横断幕を破いちゃって──」


「あぁ……そりゃあ大変だ……」


 大騒ぎの理由を尋ねて俺は納得する。


 そして、今もそこで大胆に引き裂かれた横断幕をどうするかで、母さんたちが頭を捻らせていた。

 来賓の入場までもう時間はない。


 今から縫い直そうにも、あれだけ派手にやればそれも難しいだろう。


「ちょっと俺も様子を見てくるよ。姉さんはここで休んでて」


「……うん。いつもごめんね、セナくん──」


「気にしなくていいよ」


 まだ何をすると言ったわけでもないのに、リーヴェル姉さんは俺がこの状況を解決できると確信しているように見送ってくる。


 ──そんなに期待されてもこまるんだけどなぁ。


 姉の過剰な信頼に苦笑しながらも横断幕を見た。


 純白の布には「アリサお嬢様の誕生日おめでとうございます」とデカデカと書かれており、これがなければ誕生日会が盛り下がるのは明白だった。


 ──これぐらいならいけるか……。


 横断幕の破損具合を鑑みて、俺は内心でぼやく。


 そして今も眉間にしわを寄せて唸っている母に尋ねた。


「針と糸ってあるんだっけ?」


「え、ええ。けど、これを縫い直すには時間も、それに元に戻すのも難しいわよ……?」


 俺の質問に母さんは困惑しながらも質問に答えてくれる。


 なるほど確かに、彼女の言う通りこの真っ二つ具合を今から手縫いで直すのは、裁縫職人でもなければ至難の業であろう。

 だが、とあるズルを用いればこの危機を打開する術は幾らでもあった。


 ──本当は屋敷の中で使うつもりは無かったが……致し方ない。


「ちょっと、それちょうだい」


 適当に誤魔化せばいいだろうと、楽観的な思考を巡らせながら俺は母から針と糸を貰い、そしてそれを破れた裂け目に狭間に置いた。


「……? セスナ、なにを──」


「〈縫合〉」


 俺の突飛な行動に、更に困惑する周りを無視して俺は魔力を帯びた言葉を紡ぎ、裂け目と針と糸に魔力が通すように両手を当てた。


 瞬間、眩い光が手元で起きて、布と針と糸を包み込んだかと思えば、針と大量に巻かれた糸は瞬く間に消滅し、その代償として横断幕の裂け目が修復されていく。


「なッ!?」


「こ、これは……」


「ま、魔術……?」


 突然のことに周りの使用人たちは呆然とし息を呑む。


 その反応も納得。何せ、使用人(かぞく)らは俺が魔術がからっきしダメだと言うことを知っており、そんな俺がいきなり魔力を用いて、まるで魔術を扱ったかのように破れた横断幕を修復し始めたのだから。


 けれども残念。俺が使ったのは魔術ではなく、錬金術(・・・)である。


〈縫合〉……とは前述したとおり錬金術の一つであり、触媒を消費することで破けた布を修復する術だ。

 難易度自体はそこまで高くなく、布類にしか使えないので用途が限定される。


 しかし、侮ることなかれ。


 その術の効果は正にダリアの秘術である「再生の錬金」と同義の効果であり、その実、この〈縫合〉を極めることが「再生の錬金」を使えるようになるのが一つの条件であったりもする。


 ──まあ、今の練度じゃ到底無理だろうけど……。


 それでも、目の前の布切れを修復することは容易かった。


 度重なる彼女の手伝いの産物で簡単な錬金術を使えるようになってしまった。

 今ではその魔女に「弟子」と勝手に認定されてるくらいなのだからほんとに勘弁願いたい。


 雑念が混じりながらも、そのまま集中して魔力を注ぎ、糸がちょうど無くなったところで作業は終了する。


「ふぅ……これでよし」


「これでよし……じゃないわよ!? セナ、今のはなに!!?」


 額に浮いた脂汗を拭って大きく息を吐くと、背後から絶叫したような母の声が鼓膜を襲う。


 それに俺は驚きながら、何でもないように言った。


「何って、錬金術だけど?」


「さも当然のように……いったい、いつそんなの覚えたのよ!?」


「休みの日にちょこちょこと……最近仲良くなった錬金術師に教わってるんだよ」


「そんな編み物教室に通ってますみたいなノリで、とんでもないこと言わないでくれる!?」


 母の驚きも納得であるが、俺としてはまともに取り合う気もなかったので、はぐらかす。


「いや、本当にそれだけなんだけど……と言うか、今はそんなことより早く飾りつけを終わらせた方が良くない? あとちょっとで来賓の方々が来られるよな?」


「──ッ! それもそうね! でも、後でちゃんと詳しく話してもらうからね!?」


「……気が向いたらね」


 渋々納得した様子の母に俺はそっぽを向きながら横断幕の飾りつけを手伝う。


「凄い凄い! セナくんは何でもできちゃうね!! また助けてくれてありがとね!!」


 妙な気まずさと後悔を覚えながら、それでも横で無邪気にはしゃぐ姉の姿を見ると、そんなのどうでもよくなってしまった。


「何でもはできないよ、ただできることをやっただけ……あと、そんなに騒いでたらまた破くよ?」

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