第18話 モブ執事は気を付ける
ダリアの工房で護符の解析をしてもらってから数日。
今のところ王城での一件を最後にお嬢様の周りで何か異変や悪魔の影は見られない。
加えて、王城での一件も今のところ首謀者は見つかっていない。
王国の調査団がどこまで真相に辿り着けているのかは、一介の使用人である俺の知り得るところではないが悪魔が関係している以上は、王国としてもおざなりにすることはないだろう。
──仮にも王子殿下にも危害が及んでいるんだ。たぶん、今頃血眼になって騎士団や魔術師団は躍起になっていることだろう。
そんな思考を巡らせながら、俺は今日もお嬢様に呼び出されていたわけだが──
「紅茶のおかわりでございます」
「ありがとう」
どういう訳か王城での一件以降、お嬢様の機嫌は頗るよかった。
それこそ、最近は俺の淹れるお茶に文句を付けることもなく、大人しく飲んでくれるくらい。
リーヴェル姉さんにも怒鳴りつける回数が明らかに減っているくらいには、上機嫌であった。
それだけで、彼女がどれだけ機嫌が良いかご理解いただけると思う。
あんな命を狙われる危険なことがあった後だ。
普通ならば恐怖やトラウマなんかが芽生えて、精神的に不安定になっても可笑しくはないと思っていたが、なかなかどうして我がご主人様はそこらへん図太い。
「~~~」
「ご機嫌ですね、お嬢様」
「そう?」
庭園の真ん中にある四阿にてご機嫌に鼻歌を奏でる彼女は本当に楽しげだ。
思わず口からこぼれてしまった俺の問いかけに、お嬢様はとぼけて見せるが、その様子は暗に「理由を当ててみろ」と言っているみたいだ。
ほんとにわかりやすいと言うか……ここまでわかりやすいと将来は本当に貴族として上手くやっていけるのか心配である。
ほら、よくあるじゃん? 貴族同士の思慮深い腹の探り合い的な……ああいうのお嬢様が一番苦手な手合いだからな。
そんな彼女がどうして上機嫌なのか? そんなの少し考えればすぐに察しが付く。
「もう少しでお嬢様の誕生パーティー……今年はガスター様とアイネ様もちゃんとパーティーにご出席できますものね。屋敷の者たちも準備に張り切っております」
その理由の全てがこれである。……と言うか、ここ最近はこのパーティーを成功させる為に、俺たち使用人はいつもより馬車馬の如く、駆けずり回っていた。
理由を聞いてしまえば、随分と平凡で内容の割には大げさだと思ってしまうかもしれないが、お嬢様にとってはとても大事なことであった。
基本的に仕事で大忙し、屋敷にほぼいないお嬢様の両親が、この日だけは彼女の為だけに時間を作って一緒の時間を過ごしてくれる。
本人はひた隠しにしているようだが、両親大好きなお嬢様からしてみれば、滅多にない父と母に甘える大切な機会なのだ。これを喜ばずにはいられなかった。
果たして、俺の予想を装った完全解答を聞いて、お嬢様はあからさまに表情を破顔させた。あら可愛い。
「そう! そうなのよ! 今年はね、料理長のクッカーが去年より大きなケーキを作ってくれるって言ってたから、お父様たちとお腹いっぱいになるまで食べるの!!」
「それはとても楽しそうでございますねぇ」
「ええ!!」
こうして無邪気にはしゃぐ姿だけを切り取れば、普段の傍若無人さなんて微塵も感じられない。
もうずっとこんな感じで上機嫌でいてくれ。
そんな主の屈託ない笑顔を見て思う。本当に、タイミングが良かった……と。
恐らく……いや、十中八九、彼女の精神が不安定にならなかったのはこのパーティーの件が大きかった。
もしこれで、このパーティーが中止になろうものならば、お嬢様の精神は不安定になり、彼女の身を狙う悪魔に付け入る隙を与えてしまうことがある。
と言うのも、博識な黒輝の錬金術師殿の話によれば、悪魔と言うのは人間の強い負の感情に付け込んで、その人間を闇で唆して、全てを支配するのだと言う。
そして、魔術の素養とこの世界を恨み憎むほどの悪感情を持った人間は悪魔にとっては格好の餌食なのだとか。
その話を聞いて、どうしてゲーム本編でお嬢様が悪魔に取り憑かれ、闇落ちしてしまったのか察しがついてしまった。
つまりは、今のこの大好きな両親に自由に甘えられない環境こそが全ての原因なのだ。
アリサ・アロガンシアは我儘であるが、魔術の才能はこの年齢の時点でずば抜けており、それはこの国の宮廷魔術師のお墨付き。
それに加えて、年相応に未熟でいつ壊れても可笑しくない精神力に、彼女はその傲慢すぎる性格ゆえに味方が圧倒的に少なく、この世に不満を抱いているのは、これまでの我儘の数々を見れば言わずもがなだ。
ゲームでは学園生活、許嫁であるユーステス殿下に愛想を尽かされ婚約破棄されたことが引鉄となり、悪魔に付け込まれて闇落ちしてしまったが、この時点で彼女は闇落ちする可能性が十分にあると言うことである。
この考えに思い至った時は流石に愕然とした。
なにせ、俺が思っていたよりもお嬢様を更生させる猶予は残されていなかったのだから。
──正直、かなり焦っていたりする。
そしてそんな人間の弱みに付け込む悪魔を退けるためには、悪に屈しない強い心と、安定した精神力が必要不可欠なのだ。
つまり、常に幸福感を感じられて、絶望する余地を作らないほど彼女に構えばいいと言うことである。
それらを加味すればこの状況は非常に良い傾向だった。
──このまま誕生日を成功させて、彼女には闇落ちを阻止してもらわなければ。
その為にはどんな労力も厭わない。
今はどう思われていようとも、俺が彼女の味方であると行動で示して、少しでも彼女の心の拠り所になってやるのだ。
そう考えれば、意外とやることは変わらない。
何せ、使用人とは主の剣であり盾であり、都合の良い小間使いであり、それと同時に決して裏切らない絶対的な味方であるのだから。
改めてそんなことを考えながら、密かに計画を遂行していく。




