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第17話 モブ執事は結果に驚く

 あれから約八時間。


 ダリアを寝室へとぶち込んで仮眠を取らせた俺は、せっせかと彼女に頼まれた手伝いをロクな休憩も取らずにこなしていた。


「精錬、精査、研磨、調合、合成。精錬、精査、研磨、調合、合成。精錬、精査、研磨、調合、合成──」


 いつものことながら呪文を口の端から垂れ流して、魔力を慎重に手先に流していく。


 今回、あの鬼畜魔女に作成を頼まれた「魔爆瓶」は簡単に言ってしまえば前世で言うところの手榴弾である。

『ヘルデイズ』で戦闘時に使用できる全体攻撃のアイテムであり、雑魚モブを一気に蹴散らすときに重宝される。

 しかも、この手榴弾モドキは結構な火力を誇っており、最終盤でもあればダンジョンの攻略がだいぶ楽になるので、やり込むのならば作成必須のアイテムであった。


 なのでその作成手順はしっかりと頭に叩き込まれており、万が一にも作業手順や使用素材を間違うことなんてない。

 仮に作成に失敗すれば、爆発物を扱っていることもあって、俺の身体は問答無用で吹き飛ばされることになるのだが──


「これで……終わり……」


 何とか、今回は免れた。最後の一つの錬金を終えて、俺は一気に息を吐き出す。


 窓の外を見れば既に陽が沈み始めていた。

 工房に来て作業を始めたのが昼前だったので、まぁ当然と言えば当然の光景なのだが、だとしても錬金をしていると時間が過ぎるのはあっという間である。


「それがいいことなのかは分からないが……取りあえず今日も何とか終わってよかった──」


 箱に詰め込んだ合計200個の魔爆瓶の光景は壮観であり、言い表せぬ達成感があるのも確かだった。


 ただまあ、そんな喜びは本当に一瞬ですぐに全身は疲労感やら虚脱感で草臥れ始める。


 ぐったりと椅子の背もたれに体を預けて休憩していると、不意に部屋の扉が開け放たれる。

 その勢いに何事かと視線を送れば、興奮した様子のダリアが入ってきた。


「ちょっとちょっと、セスナ! いったいこれは何なのよ!?」


「……おはようございますダリアさん」


「あ、うん、おはよう……じゃなくて! 寝る前に解析を頼まれたこの護符なんだけど──」


 ダリアは仮眠を取ってだいぶ気力を回復したのか、先ほどまでと打って変わって明らかに溌溂としていた。


 それと、寝室の方で頼んでおいた護符の解析を目覚めてからすぐにしてくれていたようで、何やら興奮している様子だ。

 下手すれば数日は解析に時間を要すると思っていたので、すぐにあちらの作業が終わっていたのは嬉しい誤算だ。


 しかもタイミング的にもグッド、流石は黒輝の錬金術師殿だ。


「その護符が何なのかわかりました?」


「解析は問題なく済んだんだけど……貴方、こんなもの何処で手に入れたの?」


 いつにも増して神妙な面持ちで尋ねてくる彼女に、そういえば経緯は後で説明するんだったなと思いだして口を開く。


「王城ですよ。この前、お嬢様が許嫁の王子殿下との逢瀬に同行しまして──その時に王城の女中が急に暴れ出して私が対応をしたんですけど、その女中が持っていました。魔力の波長的に幻覚魔術か思考を操る暗示の類が込められた護符だと思って、一応解析のお願いをしたんですが……」


「なんだかすごいことを言われたような気がするけど……まぁいいわ。セスナの言う通り、この護符の破片から幻覚魔術の魔力残滓が検出されたわ」


「やっぱりですか……それで、流石に誰がこんなモノを作ったとか、そこまでは分からないですよね?」


 無茶苦茶なことを言っているのは重々承知であるが、もしかすればこの錬金術師ならばあるいはと言った期待を込めて尋ねてみる。


 すると、ダリアは表情を顰めたまま言葉を続けた。


「術者の完全な特定までは不可能だけど、大まかな正体なら割り出せたわ」


「ん? 十分凄いのでは──」


「これ、悪魔の媒介よ」


 珍しい魔女の謙遜ぶりに首を傾げていると、とんでもない単語が聞こえてきて思考が止まる。


 もしかしたら聞き間違いかもしれないので、俺はもう一度ダリアに聞き返してみる。


「……いま、なんて?」


「悪魔と言ったのよ。この護符からは本当にわずかではあるけど悪魔の魔力残滓が検出されたの……しかも、この前のガラスペンと同じ波長のモノがね」


「……は?」


 やはり、彼女の言葉は聞き間違いではなく。加えて、更に聞き捨てならない情報が出てくる。


 ──……悪魔? この前のガラスペンと同じ魔力の波長? は? どういうことだ。どうしてここでガラスペンが……いや、待て、悪魔ってもしかして……。


 様々な情報と事実が脳内で錯綜し、一つの結論を導き出そうとする。


 だが、その直前に眼前の魔女の言葉で意識が表面へと引き戻される。


「セスナって悪魔に命でも狙われてるの?」


「狙われ……てる?」


「あのガラスペン、防御術式が壊れてるって言ったでしょ? この前は再生に意識がいっちゃって、確信が持てなかったんだけど──今回のその護符で確信したの。あのペンには悪魔が何かしらの理由で崩壊の魔術を仕込んでいた」


 事の経緯を話すダリアに俺は意識は再び、途中から思考の渦に飲み込まれていた。


 不揃いだったピースが揃っていくような感覚に、心境は複雑だ。

 何せ、今しがたの魔女の言葉によって導き出される答えは、俺にとって全く喜ばしくないものなのだから。


 この前のガラスペンが壊れたことと、昨日の女中の暗殺事件は全くの無関係で、なんの因果関係もない事柄のように思える。

 ……と言うか、実際はさっきまでそう思っていたのに、たった一つ「悪魔」と言う存在によって一気に関係性が生まれてくる。


 ──ダリアは特定までは不可能と言ったが……。


 その悪魔が一体何者なのかは大体の察しが付く。


「まさか、この時点で既に接触されていたとはな──」


 ゲーム『ヘルデイズ』の悪役令嬢アリサ・アロガンシアは、とある悪魔に唆されて闇落ちする。


 そして、そのまま精神も身体も悪魔に支配された彼女は、人智を超えた力を手に入れて主人公であるヒロインの前にラスボスとして立ちふさがる……と言うのがこの世界の今のところの筋書きだ。


 ゲーム本編では、結構脈絡なくストーリーの都合上で闇落ちする感が強かったのだが……まさか本編が始まる学園入学前に、お嬢様は悪魔にその身を狙われ、こうして実害を被っていたとは思いもよらなかった。


「こういうのはもっと物語の厚みを増すために、ちゃんと描写しておくべきことだろうが……!!」


「きゅ、急に怒ってどうしたのよ、セスナ……?」


 杜撰すぎるストーリー構成に思わず愚痴を零してしまう。


 過去のことだからとおざなりにしてしまうと、こうして実害を被ることになる。

 それに、バックボーンが薄っぺらいとキャラの魅力が半減してしまうではないか。

 だから、悪役令嬢アリサはただの理不尽なクソキャラになってしまったのだ。


 だが、現実であるこの世界では違う。


「ここが一つのターニングポイントか……」


 もしこのまま何も策を講じずに、お嬢様を狙う悪魔の好き勝手にさせれば、学園入学前に彼女が闇落ちする条件が整ってしまい、アロガンシア家の破滅が確定してしまうかもしれない。


「それだけは何とか阻止しなければ──!!」


「だから、さっきから一人でぶつくさと何なのよ!? 私も仲間に入れてよぉ!!」


 どうしてアリサがこの時点で既に狙われているのかまでは分からない。


 ともすれば、これは俺の全く見当違いな妄想話なのかもしれない。


 けれども立て続けにお嬢様の身に起きた悪魔がらみの事件は不自然であり、この憶測はバカにできるものではなかった。

 そして、破滅を何としても回避しなければならない俺は、どんな手段を尽くしてもお嬢様が悪魔に取り付かれないように、なるべく彼女の変化や機微に注意を払い、その可能性を排除するべきだ。


「よし──」


 結局、やることは変わらない。


 寧ろ、明確な敵の存在が窺えたことで警戒を引き上げる良い切っ掛けとなってくれた。

 ならば、それに備えた準備は今すぐ始めて悪いことはない。


 俺は構ってもらえず、不貞腐れてしまった魔女の方に視線を戻して、言葉を続けた。


「ダリアさん、ちょっとお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」


「……何よ?」


 恨めしそうにジト目を向けてくる魔女に、俺は万が一のことを考えて真剣な面持ちでとある依頼を頼み込むことにした。

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