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第22話 モブ執事は駆け抜ける

 月明かりがほのかに照らす闇夜の森を駆け抜ける。


 すぐにパーティー会場を抜け出して、追いかけたつもりだったのに、お嬢様の姿は見えず、森の闇に隠されてしまった。


「クソッ、最悪の展開だ……」


 苛立ちと焦燥感が綯い交ぜになり思わず舌を打つ。


 それほど大きくはない森とはいえ、まだ成人前の少女が出歩くにはこの森は広すぎる。

 それに夜になれば危険な魔獣だって活性化するし、魔除けの結界が張り巡らされているのは洋館の周辺のみであり、少し行けばそこは野生の森なのだ。


 いくらお嬢様が魔術の天才とはいえ、まともな実戦経験のない彼女にこの森はやはり危険すぎる。

 万が一、魔獣と遭遇してその身が命の危険に晒されていると考えただけで、血の気が引いてくる。


「本当にどこ行ったんだ……!!」


 それに、悪魔のことだってある。


 悪魔は暗く全てを飲み込む闇を好み、そして人間の負の感情に敏感で、不安定になった精神に付け込もうと何処にでも現れる。

 ここ最近、お嬢様の精神が不安定になったり、悪魔が近づく気配は微塵もなかったが、最悪の事態を考慮すればあの悪魔がこの好機を逃すとは思えなかった。


 その証拠に──


「異様な濃度の魔力が森に満ちている……」


 訓練や狩りなどで何度もこの森を訪れたことがある。


 その時に感じた空気や周囲に満ちた魔力の感覚と、今肌で感じているそれは全くの別物だ。


 ──これは、確実にいる。


 そう直感させるには十分すぎるほど、森は不気味な違和感と雰囲気に支配されていた。


「早く見つけないと……!!」


 月に照らされ蠢く影がまるでそう(・・)であるかのように、不安に揺らめく双眸が幻視させる。


 だが、ここで自分まで弱気になってはいけない。結局は直感、まだ推定の域を出ないのだ。

 仮に、この森に悪魔が潜んでいるとしても、ここで俺が弱気になってしまっては奴の思うつぼだ。


「すぅ……はぁ……集中──」


 一つ深呼吸をして、俺は再び何処にいるとも知れぬ主の捜索を再開した。


 すると不意に、耳元で聞き覚えのある声がした。


「闇雲に探すのは効率が悪いと思わない?」


「ッ──!!」


 反射的に身構え、咄嗟に飛び退けばそこにいたのは一羽の白い鳩だった。


 一見、何の変哲もないその鳩は、しかしてこの森の中では警戒するに足る魔獣の一体かもしれない。

 慎重に、羽ばたく鳩の次の行動を窺い──そして俺は急とはいえ、こんな鳥畜生に驚いたことを恥じる。


「……こんなところで何をしてるんですか──」


 その鳩は確かにただの鳥ではなく、魔力を帯びた魔獣の類ではあったが……その魔力の波長はとてもなじみ深く、何せあの魔女のモノと全く同じだったのだから。


「ダリアさん?」


「何って、愛弟子が困ってるだろうと思って助太刀に来たのよ」


 こちらの疑問を嘲笑するように、鳩──黒輝の錬金術師の使い魔はドヤ顔で俺の肩に留まる。


「どうして本体じゃなくて使い魔……」


「そりゃああれよ。こっちの方が身軽だし、こっちの方が何かと便利だしねぇ」


「……」


 何が「愛弟子の助太刀に来た」だ。もっともらしいことを言ってるようで、こんな緊急事態でも平気で悪戯を仕掛けてくる性格はどうかと思う。


 ──ほんとにこの年増ポンコツ魔女は……。


 だが、今はそんなことで不満を覚えて突っぱねるほどの余裕はない。


 そもそも選り好みできる状況でもないし、どんな形であれ、かの黒輝の錬金術師の助力を得られるのは大きい。

 使い魔とはいえ、それでも彼女が齎す力は想像以上のモノだろう。


「錬金術師たるもの、いついかなる時も効率を求めなさいと教えたはずよ? もう忘れたの?」


 態度こそ鼻につくがそこは仕方がない。俺はしぶしぶ彼女の言葉を飲み込む。


「そこまで言うからには何か妙案があるんでしょうね?」


「もっちろん」


 訝しむような俺の質問に、ダリアは自信ありげに鳩胸を翼で叩いて答えた。


 ゲームでのダリア・メイクラッドは凄腕の錬金術師でありながら、魔術師の才能も特出している。

 その身に宿した魔力の属性は何と五つであり、事実上、全ての属性魔術を扱うことが可能である。

 しかも、基礎魔術の技術も卓越しており、俺なんかが使えるものと比べると天と地ほどの性能差が存在する。


 そんな彼女からしてみれば、こんな森で人を探すことも他愛ない。


「〈探し人は何処へ?(サーチ)〉」


 使い魔である鳩を中心として、伝播する魔力の津波が帯びる属性は風。


 それは所謂「人探しの魔術」であり、属性を内在していない魔力でも扱うことのできる魔術の一つだ。

 ダリアの場合は風の魔力を込めることで、その索敵範囲や精度を何段階も跳ね上げている。

 天才の彼女にだからこそできる芸当であった。


 そして、数分と立たずに森全体に魔術を張り巡らせた彼女は呆気なく言った。


「見つけた──」


「え、もうですか?」


 理解はすれど、実際にこうも呆気なく言い切られてしまうと不安になってくる。


 だが、これであとはダリアが特定したお嬢様の場所まで急行し、彼女を連れ帰るだけである。


 ──なんとか最悪の状況は避けられそうだ……。


 そんな甘い考えが脳裏を過ったのと同時に、ダリアは神妙な声音で言葉を続けた。


「でもちょっと急がないとダメね──」


「まさかお嬢様の身に何か──!?」


 一気に真剣な声色に変化したダリアが告げたのは予定調和とも言えた最悪の予想の実現であった。


「あの子、今悪魔に囁かれてるわ」


「なッ……!!」


 どうにも状況はそう単純なモノではないらしい。


 ダリアの言葉に俺は急いで案内を頼もうとするが──


「早くお嬢様の所へ──ッ!!」


「GURUUUUUGAAAAAAA!!」


 不意に背後から、荒々しい獣の咆哮と鋭い牙が襲い掛かる。


「クソッ! 何だってこんな時ばっかり──!!」


 それを反射的に躱し、再び構える。


 今度こそ敵襲。今の咆哮と噛みつき攻撃からこの森に生息するハウルウルフかと予測するが、


「……なんだこいつ?」


 しかしその獣はどうにも森で見た覚えのない種類であり、何故か覚えのある禍々しい魔力を全身から滾らせていた。


「悪魔の眷属……まずいわよセスナ」


 困惑する俺を他所に、肩に乗った使い魔は見覚えがあるのか驚愕したように言葉を漏らした。


 その中の聞き捨てならない単語に、俺もようやく状況の整理が追い付く。


「どうやらそうらしいですね。こりゃあ奴さんも本気でお嬢様を唆しに来ている」


 つまりは足止めの新手。じりじりと迫りくる主の身の危険と、強大な敵の圧力に俺は頬を引き攣らせて強く地面を蹴る。


 ここで全てを諦め、お嬢様が悪魔に唆され、その身を支配されれば破滅の未来は回避不可能となる。ここが正念場、本気の出しどころである。


「絶対に助けるッ!!」


 次から次へと行く手を阻むように現れる獣を蹴散らしながら、俺たちは主の元へと急いだ。

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