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第14話 モブ執事は見てられない

 実に一年ぶりである二人の逢瀬の詳細な予定はこうだ。


 昼頃、王城に到着し久方ぶりの再会の挨拶をしたのちに、王子とお嬢様はそのまま食事。

 その間、お付きである俺と護衛騎士アルヴィンは二人の主の逢瀬を見守り、万が一の事態に備え待機する。


 そして食事が終わればご歓談。

 王城の庭園にて優雅な時間を過ごし、陽が暮れる前に王城を発つ手筈となっている。


 ──の、だが……。


「どうかなアリサ、今日のこの食事会の為に、北方のアルブライト海から新鮮な魚介を特別に取り寄せてもらったんだ」


「は、はい! どれもこれも本当においしくて……特にこの白身魚は絶品ですね!!」


 食事が始まって凡そ二十分。


 コース形式で運ばれる料理もいよいよメインディッシュというところで、場もそれなりに和み楽しい食事会になっている予想だったのだが……如何せん、お嬢様の硬さが取れない。


 というか、普段のわがままぶりを良く知るこちらからしてみれば、今目の前にいる少女が本当に自分の主か疑わしく思えてきた。


 ──いや、本当に誰だよ?


 身分が格上の相手にしっかりとおべっかを使い、猫を被れるのは一安心であるが、それにしたってぎこちなさすぎる。まぁ、それもそうか……。


 何せ、アリサ・アロガンシアは正真正銘のコミュ障なのだ。

 まぁ、何となくお察しだろう。普段から屋敷では自由奔放にわがままを尽くし、好き勝手し放題の箱入り娘が他人を慮って、円滑なコミュニケーションを取れるはずもない。


 仮にそうしようと取り繕ったところですぐにぼろが出る。


 ──今のところなんとか騙し騙しで耐えられてはいるが……。


 別に、これが圧倒的に格下の貴族が相手であれば、お嬢様はいつものようにぶっきらぼうな態度を取るだろう。


 だが、相手はこの国の王子で婚約者だ。いくら傲慢な彼女でも自分の置かれた立場は重々承知している。てか、してくれないと困る。

 つまり、彼女の一挙手一投足にアロガンシア家の未来が掛かっており、ちょっとでもヘマをしようものならば大好きな両親の期待を裏切ることになってしまう。


 そんな二重の緊張感から我が主はガッチガチに固まっていたのだ。


 ──下手なことを口走るよりいいかと思ったが……流石にこのまま何も手ごたえがないのも後で面倒だ。


 しかも何が悲しいって、数多の社交界で鍛え上げられた王子様のコミュ強を以てしても、場がぎこちない雰囲気になっていることだ。


 恐らく……というか確実に、今日の失態を振り返りお嬢様は俺に八つ当たりをすることだろう。

 それは何とか阻止しなくてはならないが……所詮俺は使用人。たかが付き添いにできることはほぼ無いに等しい。


「ふむ……」


 どうしたもんかと、依然としてぎくしゃくとした場を傍から遠い目で眺めていると、同じく隣で主の姿を眺めていた騎士がぼそりとつぶやいた。


「腹減ったなぁ……」


「……」


 思わず、俺は隣の騎士を横目で盗み見てしまう。


 ──マジかこいつ……。


 国の守護者である騎士。それも王族の身辺を守護する護衛騎士ともなれば何時如何なる時も、毅然とした態度と風格が求められる。


 だが、今俺の横にいる騎士の姿は到底、主を守護する護衛騎士の風上にも置けないほどだらしないモノだった。

 その卑しい羨望の眼差しはテーブルに所狭しと並べられた料理を凝視しており、口元からははしたなくも涎が垂れていた。

 

 緊張感のなさすぎるアルヴィンの様子に呆気に取られていると、彼は不意にこちらを一瞥してこう言った。


「なぁ、お前も腹減ってないか? お互い、主の付き添いとはいえ損な役回りだよな。あんなに美味そうなものが目の前にあってお預けだもんな」


「はぁ……?」


 本当に思わず、奴がメインキャラであることも忘れて素っ頓狂な声が出てしまう。


 対するアルヴィンも俺の反応が予想外だったのか心底不思議そうに首を傾げる。


「え? 逆にあの御馳走の数々を見て何も思わないのか?」


「いや、特に……仕事中ですし……」


「マジかよ、流石はアロガンシアの使用人って言ったところか……」


 俺の返答を聞いてアルヴィンは何故か感心している。


 いったい、今の発言のどこら辺に彼が感心しているのかは、考えるだけ時間の無駄なので考えない。


 ──というか、こんなキャラだったか?


 前世の知識との差異に違和感を覚えながらも、その後も会食は続いた。


 結局、お嬢様は終始緊張しっぱなしだった。


 ・

 ・

 ・


 それは王家ご自慢の庭園で設けられたご歓談の場でも変わらずだった。


 大理石で建てられた四阿。優美でそれでいて昼下がり特有の緩慢とした雰囲気が流れる中、我が主の表情はやはり硬い。


「ここに来るのも一年ぶりだよね。どうかな? ここの庭園もアリサの屋敷の庭園と勝るとも劣らないくらい綺麗でしょ?」


「は、はい! あそこの──そう! 木とかがいいですね! その……あれです! 形が好きです!!」


 ──こりゃ駄目だ。


 主の残念過ぎる返答に思わず頭を押さえそうになる。


 これには王子様もドン引き……とは意外にもならず、何故か好印象。

 ゲーム本編である学院ではしっかり者で、生徒の模範となるべく優秀なできる男っといった印象だったが、この時点では天然属性も持ち合わせているらしい。


「あはは、確かにあれは見事な形だね。後で庭師のバッサイにお礼を言っておかなくちゃ」


 流石の適応能力と言ったところか。この王子はこの王子で、既にお嬢様の絶不調に完全に適応して見せた。


 この国の未来を担う未来の国王は伊達じゃあない。……それと比べると、ここまで緊張でアガりっぱなしのお嬢様がその妃で本当に大丈夫かと心配になってくる。


「ちくしょう……結局、飯は食えずじまいかよ……」


「はぁ──」


 隣の食いしん坊騎士はさっきからずっとこの調子だ。


 御馳走じゃなくて、目の前の護衛任務に集中しろよ。何のための護衛騎士だよ。

 そう思わないでもないが、だからと言って俺としてもそこまでこの状況に気を張っているわけではなかった。


 一応、お嬢様の護衛という体で付き添っているが、今自分たちはこの国で一番安全な場所にいると言っても何ら語弊のない事実であった。


 王族というのは当然ながらその立場上、いつ誰に命を狙われるかわからず、常に危険と隣り合わせの生活を強いられることになる。

 そして、そんな彼らが最も長い時間を過ごすこの王城にだって様々な危険が蔓延っている。


 だからこその護衛騎士であり、だからこそ王城のセキュリティは厳重だ。

 外敵からの脅威を排除するために高位の防御結界が張り巡らされ、万が一にも魔物が入り込む隙すらない。


 そんな環境だ。この隣の騎士にとってはこれぐらいの気楽さが常であり、それでも問題ないくらいにここは安全なのだろう。


 ──だからと言って、だらけすぎなような気もするが……。


 まぁ、こちらに危害を加えない限りは無視である。変に関わっても面倒なだけであるし、藪蛇だ。


「そういえばアリサはもう少しで誕生日だったよね。去年はちゃんとお祝いできなかったから今年はぜひ期待していてね?」


「そ、そんな! 殿下もお忙しいことでしょうし、ご無理はなさらなくても──!!」


「いいや、仮にも未来を誓い合った大切な人の誕生日なんだ。ちゃんと僕にもお祝いさせてほしいな」


「ひぅ──!?」


 感情を無にして、場の空気の一部として気配を殺していると、そんな初々しいやり取りが繰り広げられる。


 なんともまぁ微笑ましいやり取りではないか。これにはさすがのセスナくんもニッコリ。

 食後の紅茶を用意していた給仕係の女中さんも、実に微笑ましそうだ。そして確信する。


 ここはこの国のどこよりも安全で、危険の入りいる余地のない鉄壁を誇る王城だということを。

 誰もがそのことを疑わず、平穏を無意識に矜持してしまうその空気は、考えようによっては不気味ですらある。


 そして、その違和感は何ら気の所為ではなかった。

 初めてここに来た部外者である自分だからこそ、その異変にいち早く気づけた。


「ッ──」


 淡く、か細い、今にも消え入りそうなおどろおどろしい魔力の波長。


 上手く擬態しているが、長年の鍛錬によって俺はその悪意を察知できた。


「お下がりください、お嬢様方──」


 咄嗟に飛び出し、四阿の下で優雅に花々を愛でるお嬢様らの背後から忍び寄る影の刃を身を挺して弾き飛ばす。


 その一見、突拍子もない光景に、しかして遅れてその異常性と恐怖から甲高い、他の女中らの悲鳴が庭園に響き渡る。


「さて、これは一体どういう了見でございましょうか?」


 今まで平然と、微笑ましそうにお茶汲みをしていた女中が急に王子殿下らに刃を向けたのは何故か? 


 その理由を目の前の本人に尋ねてみようにも、既にその女中は自我を失い、操り人形のように虚ろで不気味な瞳と呻き声を上げながら、禍々しい魔力を発露させていた。

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