第13話 モブ執事は付き添う
前世の記憶を取り戻してから一ヶ月。
普段から、わがままお嬢様アリサ・アロガンシアの理不尽な無理難題に難儀し、振り回されている俺であるが、今日は珍しく緊張した様子の彼女の姿に違和感を覚えていた。
「……セスナ、何か面白い話をして」
豪奢でそれでいて品のある馬車の車内。
普段、俺が寝床としているベッドよりも柔らかく、寝心地のよさそうな座席にて俺の主様は落ち着かなく、両手をまごまごと遊ばせていた。
「また急ですね……えーっと──」
いつもより勢いのない少女の無茶ぶりに、俺はのんびりと思考を巡らせる。
こういう、彼女が何かしらに気を取られたり緊張している時は大体、適当に誤魔化してもお咎めがないことを最近になって学んだ。
なのでここは省エネ思考で、考えてるふりをしてやり過ごすのに限る。
そんな、余裕……もとい、いつもはその綺麗な瞳をギラつかせて、こちらの雑な仕事を見逃さないはずの眼前に座るお嬢様は、異様に緊張していた。
何故か?
理由は簡単。これから彼女は自身の婚約者──この国の王子であるユーステス・ロベルタス殿下と、王宮にて不定期で開かれる会食に出席されるのだ。
この国の王子であり、未来の国王候補であるユーステス殿下は日ごろから忙しく、婚約者であろうとそう簡単に会うことは難しい。
前回の逢瀬があったのが確か一年前。お嬢様の誕生日会を祝うために、少しだけパーティーに顔を出されただけである。
今回のようにお昼から夕方ごろにかけて、しっかりと時間を取っての逢瀬は本当に久しぶりなことであった。
──普段の元気はどこへやら。
流石のわがままお嬢様も目上……それもこの国の王子様とお会いするとなれば身分をわきまえるし、年相応に緊張だってする。
例え、親同士が取り付けた政略結婚であろうと、お嬢様の方はこの婚姻に前向きで真剣に捉えていた。
王子殿下に相応しい女性になるべく、普段の勉強や鍛錬を頑張っている背景にはそんな理由もある。
だからこその緊張、普段は当たりのキツい使用人への態度も軟化だってしてしまうものである。
──それはこの際、別にどうでもいいんだ……。
たかが一時の安寧に俺は喜びなどしない。
なにせ、ぬか喜びするだけその後の反動によってどうなるか分かったものじゃないからな。
それよりも俺を困惑させていたのは、どうして今回の会食の付き人として自分が選ばれたのか? と言うことであり。これが本当にわからない。
一年前の逢瀬の付き添いはベテランのリリ婆が担当した。
下手な使用人が付き添って、もし王族に粗相でもあれば目も当てられない。だからこそ、前回は間違いのありえないリリ婆が抜擢された。
そして今回の逢瀬も、もちろん彼女が同行すると思っていた俺としては寝耳に水な話であった。
なんならこの付き添いの任を言い渡されたときに、思わず父ラーゼンに聞き返してしまったまである。
「そういえばこの前、庭師のグリースが──」
確認した挙句、なんでも詳しい話を聞くと、今回の同行指名はやはりお嬢様自らのご指名だと言うのだから、更にびっくりであった。
──この前のガラスペンの一件から呼ばれる回数が増えはしたが……ここまで連れ回されるとは予想外だ……。
信頼を少し勝ち取れたということなのか。
その影響で以前よりもお嬢様のわがままに巻き込まれる比率が増えているような気がする……いや、確実に増えていた。
着々と彼女を更生するための下地ができつつあるのは喜ぶべきことかもしれないが……それと同時に、日々のカロリーと言うか疲労の蓄積が倍になったことを考えれば一長一短である。
「そしたらグリースが「庭師たるものこれぐらいできなきゃいけない」と言って、急に手入れ鋏を四つ取り出してお手玉を始めたんですよ。イカレてますよね、はは──」
まぁ、そのお陰か、こうしてくだらない話もできるぐらいの距離感は縮められた。
縮められた……はず?
「そう……」
俺の小粋なトークをもってしても、依然としてお嬢様は心ここにあらずと言ったご様子だ。
もじもじと指先を弄んでいる主の姿を視界に収めながら、俺は車窓の外から見えてきた目的地に息を呑む。
──ゲームでは何度も見た光景だが、まさか実際にこの門をくぐるとは思わなんだ……。
王城の周囲を囲む城壁の門を通り抜けながら、俺は深呼吸をして気合を入れ直す。
ここから先はゲームでも屈指の人気を誇るメイン攻略対象がいる場所だ。
下手なことはせずに、今日は主の補佐に徹しよう。
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ゲーム『ヘルデイズ』にはメインのゲームシナリオに関係する攻略対象が四人存在する。
それを除けば、雑多なそれこそこの間の錬金術師ダリアだったり、逆に獣人の奴隷やメインキャラの側近の使用人との恋仲ルートなどが存在する混沌ぶりなのだが……今回の会食で俺は二人のメイン攻略キャラと邂逅することが確定している。
一人は前述したとおりこの国の王子、ユーステス殿下であり、もう一人がその側近である護衛騎士のアルヴィンという熱血漢である。
王子はお嬢様やゲームの主人公と同い年で、対する護衛騎士の年齢は五つ上でいわゆるお兄さんポジのキャラである。
ゲームではどのメインキャラと恋仲になろうとも、王子殿下に婚約破棄され、それを主人公の所為だと逆恨みからの闇落ちして、お嬢様は殺される。
その際、この前述したメインキャラ二人が主導してアロガンシア家に直接手を下し、お家ごと破滅するようになっている。
ゲームのシナリオの意図としては、悪役のお家なんだから遺恨なく綺麗にぶっ潰そうってことなんだろうが、本当にその描写が容赦ないし、どのルートでも必ず明記されるので記憶に強く残っている。
つまり、これから俺は未来で直接自分たちを殺すであろう元凶と邂逅するということである。
「そう考えると、緊張してきたな……」
「なんでアンタまで緊張するのよ……?」
「いやぁ、お嬢様が緊張しすぎて変なことをしないか心配で──」
「ぶっ飛ばされたい?」
「冗談でございますよ」
会食会場である部屋の前で俺とお嬢様はそんなやり取りをする。
俺の冗談(本音)が功を奏したのか、お嬢様は強い言葉の割に先ほどまでの硬かった表情は少し和らぎ、意を決したように豪奢な扉を見遣った。
それを察して、両脇に控えた騎士が扉をゆっくりと開けてくれる。
重厚感のある開閉音と共に、お嬢様が前へ進みその右斜め後ろから俺が追従する。
そうして底抜けに明るく、天使と聞き間違えるほど甘い声が俺達を出迎えた。
「やぁ! 久しぶりですねアリサ! 今日はよく来てくれました!」
「……」
陽の光を想起させる髪色に、その双眸は深い湖の蒼色を嵌め込んだように美しい。
背丈はアリサと同じほどで、まだあどけなさが残るがその雰囲気は正に王族に相応しく荘厳であった。
「お、お久しぶりでしゅ! ユーステスでんかぁ!!」
「……」
噛み噛みで、しかもぎこちなくカーテシーをしたお嬢様と同時に、俺も粗相のないようにぺこりと綺麗なお辞儀をする。
──ガチガチに緊張してらぁ……。
内心、俺はこれから始まる会食にそこはかとない嫌な予感を覚えた。
そうして、そんな俺の個人的な予感を他所に、これから楽しい楽しい会食の始まりである。




