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第12話 モブ執事の扱いが徐々に変化する

 前世の記憶を取り戻してから十日。


 お嬢様の「壊れたペンを元通りにしろ!」と言う我儘を解決してから7日ほどが経過して──


「不味いわ、淹れ直し」


「──はい……」


 あれ以来、俺は彼女に度々呼び出されることが以前よりも増えた。


 今は見ての通り、お嬢様の優雅なティータイムに小間使いである俺が、お茶の給しに難儀している真っ最中である。


 王都レリニアムの一等地──所謂、貴族街の更に良立地に居を構える大きなアロガンシア家の屋敷には立派な庭園がある。

 王都でも有数、アロガンシア家お抱えの庭師である叔父グリースが、毎日懇切丁寧に手入れをしているその庭園は一部の貴族たちからすれば、金を払ってでも目にしたいものだとかで有名である。


 そして、そんな立派な庭園をアロガンシア家の御令嬢も痛く気に入っており。

 日々の習い事や鍛錬が終わった後や、休みの日……とにかく、暇さえあれば彼女は四阿で紅茶をしばきながら優雅に庭の花々を愛でていた。

 所謂、一日の憩いの一時に俺は呼び出され、先ほどからダメ出しを食らっているのだ。


 ──いや、なんでぇ?


 改めて、自らの置かれた状況を整理してみるが理解が追い付かない。


 小間使いと言えど、前はこうして彼女から名指しでお茶の給仕を命じられることはなかった。

 それに自分で言うのもなんだが、どちらかと言えば俺は荒事……肉体労働を主に命じられることが多く、こういった仕事はリリ婆やリーヴェル姉さんなどのメイドらの領分である。

 俺もできないわけではないが、この現状からお察しの通りお嬢様に満足してもらえるほど給仕が得意ではなかった。


 だと言うのにここ最近、もう連日でお嬢様はこの時間に名指しで俺を給仕係に命じられていた。

 そもそも、滅多に使用人の名前を呼ばず、おざなりな態度をとることが常であった彼女が、ここ最近になって小間使いの俺を名前で呼ぶようになったことは、使用人たちの間でかなり話題になっていた。


 加えて連日の、お嬢様が一日で最も楽しみにしている時間であるティータイムの指名である。

 これには執事長である父ラーゼンも驚いていた。


 一体、これはどういう状況なのか? 一体、あのわがままお嬢様の中でどのような心境の変化があったのか? その理由を指名されている張本人である俺は、なんとなくであるが察していた。


 ───……と、言うか、あれぐらいしか思いつかん。


 お嬢様の手元には、陽の光に照らされて煌めくガラスペンが一本。

 今度は絶対に手放してなるものかと、あの日以降お嬢様は後生大事にこのペンを持ち歩き、それと同時に俺を呼び出すことが圧倒的に増えた。


 つまりは、そういうことであり。まさか、あのガラスペンの一件でここまで彼女に気に入られるとは思わなかった。


 ──ダリアに感謝だな。


 バカみたいな手伝いを強要してくるあのイカれた魔女にも、今は感謝の気持ちで一杯であった。


 俺の最重要目的であるお嬢様の更生計画には、必要不可欠である彼女との信頼関係を図らずも大幅に稼げたのは僥倖だった。

 今までは話しかけるのも色々と手順が必要だったが、こうして彼女の近くに常に居られればコミュニケーションを取れるし、この時間を利用して、少しずつ彼女の懐に入り込んで腐った性根を叩き直せるかもしれない。


 ──いや、やるしかないんだ……!


 そんな思考を巡らせながら、俺は目下与えられた仕事を必死にこなす。


「お願いいたします」


「ええ」


 新しく淹れ直した紅茶を受け取り、吟味する主人のご機嫌は先ほどの辛辣な物言いのわりに良さげだ。


 なんなら、ここ最近は常に機嫌がよくて、よほどペンの一件が尾ひれを引いていると言えた。

 心做しか、俺や他の使用人たちに理不尽に当たることも少なくなったような気がする。


「論外ね、やり直し」


「うぐっ……お嬢様、せめてもうちょっと味を確かめてくださいませんか? さっきからずっと唇を湿らせるくらいしか……」


「やり直しよ」


「……」


 いや、訂正だ。このクソガキ、全く心変わりなんてしてやいない。

 こっちがせっかく丹精込めて淹れ直した紅茶をさっきからずっとこれだ。


 しかも、お嬢様は何が楽しいのかに延々と紅茶を入れさせてくる。マジでなんなんだ。


「……聞こえなかったの?私は淹れなおせと言ったのよ?」


「畏まりました──」


 何度目かわからない作業。気が狂いそうだし、もう余分に用意していた茶葉がなくなりそうだ。


 残りわずかとなった茶葉を見て、お嬢様がどれだけ俺にこのやり直しをさせているのか分かるだろう。


 と言うか──


「もしお気に召さないのでしたら、他の者を呼んできて淹れなおさせますが……? 茶葉も底を突きそうですし、やはりいつも飲みなれているリリ婆に頼んだ方が……」


 そんな提案……もとい、俺の苦言を聞いて何故か得意げにお嬢様は笑みを深めた。


「分かってないわね、セスナ。これはまだまだ使用人として、未熟な貴方の為を思ってやってあげているのよ」


「……と、言いますと?」


 思わぬ切り返し。話の流れが見えずに、俺は首を傾げて彼女の続きを聞く。


「だから、いつまでも肉体労働の小間使いをしている憐れな貴方を見かねた、私の優しさってことね! ちゃんと使用人として、主が満足できるお茶を用意できるくらいにはならないとって話よ!!」


「はぁ……」


「そして使用人の教育は主である私の務めでしょ? だから仕方なく……ほんとーに仕方なく! 私が貴方の練習に付き合ってあげようって話よ!」


 なんとも滅茶苦茶な話であるが、彼女の言いたいことを理解した。


 どうだ、私はとても従者思いで素晴らしい主人だろうと、ドヤ顔を決め込む主。

 そんな彼女を見て、俺はとりあえず感謝の句を述べることにした。


「なんと……私の為にそこまで考えてくださっていたとは──このセスナ感動いたしました!!」


「ふふん、そうでしょう!」


 得意げに慎ましやかな胸を反らす主の姿は実に年相応な子供らしいが、そのままよいしょするだけでは付け上がるだけなので釘を刺しておく。


 これも、腐った性根を更生する第一歩だ。


「ですがお嬢様、流石にほぼ飲まずに紅茶を捨てるのは勿体ないかと思います……」


「……そんなの、セスナの淹れる紅茶が美味しくないからよ。セスナが悪いわ」


 そっぽを向くお嬢様の姿に内心、呆れを覚えながらも俺は鶴の一声を唱える。


「ですがお嬢様、流石にこれだけの茶葉を一気に使うとなると、ご当主様が何と思うか……」


 そう、これである。


 俺は暗に、大好きな父と母にこのことをチクるぞと言ってるわけだ。


 主に対して、いち使用人風情がなんと不敬なと思われても可笑しくはない事態ではあるが、そこはここ数日で勝ち得た信頼とアドリブに弱いお嬢様クオリティである。


「ッ!? そ、それはあれよ! セスナの方で上手く誤魔化しておきなさいよ!」


 現に、先程まで余裕の表情を称えていたお嬢様は急に狼狽え始めた。


 このお嬢様、本当に両親が大好き過ぎである。

 もう少しその愛を他の人達にも向けられれば、破滅なんてしないで済むだろうに。


「まぁ、お嬢さまのお気に召したお茶を淹れることができなかった私の方にも、もちろん落ち度はあります。なので、今回の件は上手く誤魔化しておきますが……それも何度も使えるわけではありません。お嬢様にご無理をさせないように、私も精進を続けます。なので、次からはせめて紅茶を飲み切ってから新しいモノを淹れさせてもらえないでしょうか? 不出来な使用人の情けないお願いではございますが、どうかご配慮を──」


 トドメに、相手の情に訴えかけるように言葉を締めくくれば、この我儘娘も流石に聞き分けが良くなるだろう。


「──仕方ないわね……分かったわ……」


「ありがとうございます」


 内心、「勝った」と思いながら俺は恭しく頭を下げる。


 これで少しは彼女の我儘も良くなるとなお喜ばしい限りである。

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